Suntoryの「響」を買ってくれた。


ネフローゼ腎には  whisky良くないと解ってはいるのだが 湯割りで呑んだ。


こくと旨さが 口腔に沁みてきた。


この頭ざる息子と能天気・頭 網娘 親としてもっと教育投資してやりたかったが 自身の経済力の無さの


ために充分してやること出来なかった。


educatoin への investment= 無形の資産と化すと自身思っているのだ。




今日は AM・PM  双眼鏡片手に 羽田発岡山行きのB767のfinal approachを確認した。


同時に上空には 何本もの飛行機雲 それらを繰り返し見上げていた。


夕刻 suit=春夏用を注文した。 


同時にまだ寒いので 1人用の炬燵も買った。むろん 湯たんぽは継続中である。


真冬でも 炬燵の必要性を感じない配偶者は 炬燵購入 笑っていた。


娘が15日にまた 帰ってくるという。




1月上旬頃~

起床時 眼を開けようとしても眼が痛くて開けられなくなった。
「なんだろう?」と思って 眼科へ。
「典型的なドライアイ。」との診断
処方された目薬さしていくと 起床時の痛みもなくなってきた。

だが下旬ごろから 起床時 洗顔後に両眼に違和感。
これも Dry eyes と軽く思っていたが
これは腎による疲労。
それも 休日だらだらとアルコールを呑んでいた為のものだと はっとした。
350㎖×1でも4日連続で呑んでいると ネフローゼでひびの入った腎臓には負担になってくる。

以前は休日が続いても 2日呑むと 3日目は我慢してジュース等にしていたのだが どこからか
緩んでしまっていた。修正である。

体が悪くとも税金は平気でかかってくる。腎臓が悪いといっても許してもらえるものではない。
自己管理して親が若いうち 親が元気な間に 病状をより安定させておくのがよいであろう。
親が元気な間は 惜しみなくback-upはしてくれる。
それは一生続くものではないことを 子は自覚していかなくてなならない。
親もそんな事実を 日頃から 少しずつでも仄めかしておくこと大切なのかもしれない。

親亡き後は自立度が問われる。

今日も資料作りに時間を割いた。 少々Fatigue感じたので 夕刻散歩。

外は 雪が接近しているとのこと  空の色は鈍色だった。

昨夕散歩していた時見えた岡山空港へFinal ApproachしていたB767の横顔もむろん Negative in sight

だった。


夕刻の散歩コース

川沿いを歩いていると 灯りが点いている家の中からTVの音。

外に届いてくるほどの Volumeだった。

日曜日の夕刻 夕食前 老夫婦団らんの一時だったのだろうか。


息子は土・日 家にはいない。泊りがけで遊びに行く。先週だったか スマートホンで宿を探していた。

「ラグビ―仲間と行くのなら 1泊5食付きのところを探せ」と言ってやると 本気で探していた。

まだ 芋である。


日曜日今の時間帯

見舞に来ている親たちも もうそろそろ帰らなくてはならない時刻か。

ネフローゼ 入院治療しても 回復速度は 本当に鈍い。自身が入院中にさらに病状悪化したことがあっただけに 医師への信頼感が揺らぎ 痺れがきれ 気持ち萎れて来るのは痛い程解る。

我が子の病室を 後ろ髪引かれる思いで 後にしなければならない親たちの姿 手に取るように胸中に浮かんでくる。


雪が幸にはならないものか。

雪が雨に変わる頃 枝ばかりの木に薄桃色の花が咲く頃には 退院という出口が見えていることを

切に願う。


今週から冷えるという。

足腰を冷やしてはならない。

さらに風邪などひいてはいけない。


ネフローゼの人達 皆よくなれ! そんな自身の思いは祈りそのものでもある。