良好な時は

口笛吹きながら

喜んで自己管理できた。

 

されど検査結果が悪いと すぐスネた。

投げやりになっていた。

再発ともなると 自暴自棄さえ起こしていた。

再発を絶対認めたくなくて わざと呑んで食べた。

 

腎臓病根が深いだけに みんな似たり寄ったりであろうか。

 

悪化したときこそ 

再発したときこそ 

腐らず淡々と ネフローゼに対峙しなければならなかったのだが 

病いが長すぎて

後塵を拝しているばかりなので

自身の体・自身の人生が情けなくて仕方なかった長い年月がある。

 

自信

時にはこのネフローゼという病を前面に出し 自身の大事を人任せにしたり 

病ゆえに 恋愛をあきらめ 周囲からの安易な見合い話に逃げようとしたり

ある時期 逃げの人生であった。

 

 

日頃からの自己形成 慢性病を宿して生きている人にとっては不可避であろう。

様々な人との感情的交流は大切と思う。

1人では淀みない決意ができないときが 人にはある。

 

真夏の疲れをお出しにならないように。

 

 

 

 

 

疲れが来た。

今週特に 水・木がきつかった。

木曜日は 車で通勤したが帰路がつらかった。

信号待ちの時間がやけに長く感じ、イラついた。

集中力が落ちていることが自覚できていた。

 

今日

土曜日 起床時違和感はなかった。

だが朝食後の珈琲の味が やけに濃いく感じ 飲みづらかった。

飲み終えPCにむかい 書類の整理をしたが どうも気が乗らなかった。

そのうち動悸がしてきた。

PCをやめ 再び布団へ そのうち眠気がやってきた。

3度の仮眠で 何とか疲労感はぬけてきた。

 

朝やりかけていたPCに再び向かい読み返したら誤字が結構あった。

修正して12日(月)用の準備を終えた。

 

PS 果物(ぶどう・桃等)でも 眼につく度 食べていたらどうも私の腎臓には合わない様子である。

過食・過労 一度ひびの入った腎臓には不適である。

 

 

思春期の子がネフローゼに泣いていたら

「この病の性質はこうだから その為には 副作用があってもこんな治療が不可欠。」

さらに

「これからの人生の方が長い。だから 生命力あふれている今 しっかり治療に専念しましょう。」 そんな心情的アドバイス。

 

結婚後にネフローゼ発症 夫婦生き方に迷い 自分たちの立ち位置が分からず途方に暮れる2人がいたら「今のネフローゼと就労・家事・出産との安定バランスはこのあたりか」

さらに

「それ故 ある夫婦に於いては 価値観の選択替えや進む方向として こんな方向を選択された人もあります。」 そんな心情的アドバイス。

医学的治療と同時に そんな心的アドバイスをしてくれる医療機関はないのだろうか?

上記のような心的アドバイスをすれば 思春期のネフローゼを持つ母子 泣いて喜んでくれるとも感じるのだが・・・。

長い~、慢性病を宿している人々にこそmedical面同様 mental面のcare必須と思う。

「慢性病治療と共に心的アドバイスやります。」そんな標榜をしてくれる医療機関の出現を望む。

もう 体を横にします。 明日も仕事なので。