流石に家の掃除も疲れた。「どこか行きたいとこは?」

「それなら某所のパンが食べたい」という。 パンなどどこで買っても大差ないと思うのだが GW後の出社時 話題に欠くのも可哀そうかと思い 少々遠出。

ネフローゼである自身行く場所 行く目的云々より 行くことができる体力・余力があること それ自体の方が嬉しい それが本音であった。

 

行くと人は多く 何を買うにも長い行列であった。面倒なので買い物等は配偶者に任せて

店から出て 持参した双眼鏡で空行く飛行機を観ていたら 店の東側の方で火事。

消防車にパトカー 騒々しくなってきた。

丁度止めている車の隣に消防団員が来きたので問ってみた。

「けが人は?」 「いない。あぜ道斜面の雑草焼いていたら 風にあおられ,よその樹木に飛び火。怖くなって通報」

「迷惑至極ですな」とですな私相槌。 鎮火後も現場検証か 結構な時間消防車もパトカーもいたが 配偶者はまだ店の中。

再度入ってみると真剣な表情で品定めであった。

「これは子供のもの これは会社の…さん。こっちはこの前旅行に行った人から…をもらったお返し・・・」

『これでは予め渡していたお札では足りないではないか!』という顛末であった。

帰路途中 

某病院の病院長の車とすれ違った。

家族を乗せ哄笑しながらの運転だった。

 

帰宅後

「お母さんこのチキンバーガーの肉は硬い」との息子の言葉に 「何言ってるの この肉は地鶏なのよ。硬いではなく噛み応えがある肉なのよ」と講釈を垂れていた。 正直私も硬いと思った。

モスバーガーの方が食べやすいと感じた。

 

 

 

 

自身のネフローゼ腎に見合った

自己管理の質とそれの継続が

やがて 寛解の度合いと化していくだろうという意味。

入浴後の水薬は美味である。

されど自身の腎機能の許容量をこすと 生活の質が落ちるので350ml×1缶である。

持久力 集中力が落ちるのである。

入浴時

風呂の灯りを点けず入ることができる日 自身幸福だと思う。

ということは 幸福は実体よりも 。やはりやはり まず第1義的に感じるものなのかもしれない。

 

詞にメロディーラインが加わり 人が歌う。

三身一体となり 人の心に沁みわたる。

 

自己管理に主治医様 主治医様からの処方箋

三身一体となり 君がネフローゼ  remissionとなり得る方向へ向かっているのか?!

自身の弱さから再発まみれでも

50年以上ネフローゼと共に生きてきた私が

主治医様より先に自己管理を記した理由  勇気ある意志をもって睨んでもらいたい。

まず自身 根深い当該疾病に対し 何ができるかが第1位なのである。