被災地は冷えているという。


私も発病後3年ほどは 身体が冷えると よく腹痛に見舞われたものだ。


腎臓への血流量が減り 早く 身体を温めて 安静にしてくれというサインだったようにも思いだす。


腎臓病や血圧が高い人々に カイロや毛布は届いただろうか・・・・?。


病状悪化を懸念して 気持ち落ち込んではないだろうか・・・?。


持病のある人々の病状の悪化は・・・・・?と思うと 我がことのように心配になってくる。


まずは自身にできうること 節電。 不要不急の携帯電話等も控えよう。


そして 子どもたちに生命の尊さ 人生のありようをさり気ない口調で話してみようかと思った。


人々はみんな 自身のできうる範囲で協力すべき時ではないかと 改めて思う。

被災された同じ病気(ネフローゼ症候群)の方のことを思うと 心 引き裂かれ想いであります。


寒さや食事のことが気になってやみません。


体を温めるカイロや毛布等はいきわたっているのでしょうか?。


何か私にできうることがありますか?。


我がことのように心配です・・・。

といっても映画の話ではない。


人生においての病いの捉え方の相違である。


長い病気を介して何度か感じたことがある。


男:自身も含めて 病いに対して 絶対うち勝ってやる。克服してみせる等 意志的でかつ挑戦的である。 だが半面 精神的に意外ともろく さくい。直ぐやけにもなる。


そういえば ラット:ストレスを加えると オスはそれに反発。それを克服すべく激しく動く。

 一方 メスは 余り動かず そのストレスそのものを 受容しようとするのか あまり動かないという。


同病のある女性に対して 同じようなこと感じた記憶がある。

 病状増悪化していくなかでも あまり 辛がるわけでもなく それを自然なる成り行きとして受容していたように感じた。そして 温かい笑顔もあった。 太陽のようだった。

自身には 笑顔を作る、そんな心的ゆとりはなかった。

病状や血液結果の対する不安と不満で心いっぱいだった。心はせまかった。


自身も若いころ まず自分の病気を素直に受容。次にそれを基軸として生活を送ってくればよかった

そう悔いるときがある。

若いころのつけが 50代になって じわじわと出てきたか・・。そんな時がある。


ちなみに その女性 結婚して長女1人出産。

 その長女と同じ職場になったことがあった。

だがその長女に 母親の当時の病状等については絶禁のスタンスの私だった。