元旦 初詣 高校の同級生A子にあった。

コートにブーツ バッグも有名ブランド。

「ASB48かと思った。」と よいしょ一発。 A子 破顔一笑。


神社から出た所で 後から私を呼び止める声。振り返るとまたA子。

「もう一回言って。」と真顔。

そんなこんなの性格ゆえに

「女優にでもスカウトされるで、来年の元旦はハワイだ。」

ともう一発 よいしょ。


PS そういえば 高校3年生の体育祭

下級生を連れて 1・2年生のクラスへ行き

「1年生はあの娘。」「2年生はこの娘を俺の隣に座らせろ。」と指示

ところが 私の周囲には別嬪の娘は来なかった記憶がある。

相手が嫌がったらしかった。 そんなことには私は屈託しなかったがネフローゼには屈託させられていた。


関空から 

トルコ航空 A330 30分ほど前だったか通過していった。

宍道湖上空をつき抜け イスタンブールへと向かっていった。


カタール航空  A330もドーハ向けていった。


エジプトエアー A330もカイロに向けていった。


エミレーツ航空も A330がドバイに向けていった。



同じ人間であっても 病状により心は様換る。今日の雪のように揺らぐ。


体調が安定している時に第1位に欲するものと

それが不安定になった時に第1位に欲するもの 容易に様換るのが 凡人の常ではなかろうか?。


人間が 理屈どうりに生きられるのならば


 10+10が 100になったり マイナス100になったりするギャンブル

 遠い夢も 今すぐ叶ってしまうように思えてくる液体: アルコール

 ヒルティ やバートランドラッセルが書いた 幸福論

 ネフローゼという厄介な症状にさいなまれ 職場 家庭 学校からdrop outし 心挫けてしまい

 結果 ネットサーフィンを繰り返し 不安定な心の置き場所を探そうとしている様な行為等


それらの何割かは不要の存在と化して行くのではなかろうか?。



PS

死を告知され 示された治療の中から1つを選び 遠方へ通院していた友人でさえ

数ある検査項目のなか1つ検査結果が改善しても喜んでいた。

いよいよ死期が迫りくるまで 「自分にだけは奇跡が起こるのではないか!。」

そんな想いしか彼の胸中にはなかったように思う。