行く途中


流れる車窓を眺めながら 胸中に浮かんできた想い2つ


1:自身が 一番最初に自立できた方向を これからも大切にする。


2:学業とネフローゼ腎 仕事と ネフローゼ腎 ともに後者ほうが より大切と自覚できた時には

病状は悪化してしまっていたこと。


久しぶりに歩き回ったら 膝より 股関節のほうが痛くなってきた。


昔日 彼女と歩いていた街あたりを 歩いていることにふと 気がついたが そこには 今の自分自身と


これからの生き方を如何にしようか? そんな自分しか見えてはこなかった。


ネフローゼで日々平均以下のままの生活 否!時の流れが 自身をそうさせたのかもしれなかった。



あと 数年ぶりに 知人たちとも会った。


みな 鬢が白くなっていた。


本当に手間暇かかるネフローゼ腎の為にも 早く 床にはいろう。





柿の種を食べながら 亀田関連の様々なブログを読んでみた。


人さまざま 想い様々であった。


明日のためにも 早く休もう。

明日も濃霧の中の出勤か?。

なんとか 倒れず1日をクリアーした。食後は 風邪薬。食間はめまい薬。

昼から眠くなってきた。

まあ 来る人すべてが 頭脳明瞭な人々ばかりではない。

眠たい感じ人も来る故 何とか凌ぐこともできた。明日 明後日でなおしたいと決している。


私のネフローゼ腎に対してのスタンスは

1:低塩分 2:節 蛋白食 3:安静・保温 4:疲労の回避 等である。

だが 4要素等すべてが 納得いく日は少ないと思う。座標軸で表現しても

いびつな4角形を呈していると感じる。


取り組みの要素や優先順位は 人それぞれと感じる。

それは 同じネフローゼであっても その病状や度合いは 様々だから故に当然であろう。


ささやかな事柄であっても自身のネフローゼに対して 目標を持つことは大切と感じる。

たとえば 2週間 きちんと病状を安定させることを目標にしてもいいと思う。

クリアーできたら 今度は3週間・・・次は1月・・・・。大切なことだと思う。


一方 何を食べても 何をどれだけ呑んでも 力一杯仕事しても 平気で就労出来うるネフローゼ腎になる・・・・・、それは 少なくとも私のネフローゼ腎にとっては 目標ではなく 夢となってしまう。


目標を取り違えると しんどい。つらい。惨めにもなる。

されど 様々なネフローゼ腎を宿す人々の中には 私にとっては であっても それを身近な目標として

自己管理に注力している人々があっても不思議ではないと思う。

否定するどころか 羨ましい限りである。


朝 薄氷がはっていた。