◆加害電磁波の科学技術◆No3
◇加害組織の要員は、複数でターゲットに入れ代わり立ち代わりしてもターゲットにわからない
奴らの要員は、入れ代わり立ち代わりできるのは、もともとターゲットに対して「なりすまし」しているからである。
なりすましをする場合の加害技術の使用方法は、加害要員にとってターゲットを掛け持ちで担当でき、ターゲットに対して交代可能になる。つまり、24時間いつでも加害相手がいるという状況をターゲットに思い込みさせられるから、ターゲットは、特定の加害相手がいつでも加害していると妄想することにもなりえる。
加害組織がなぜターゲットに成りすましで加害を行うのかの理由は、加害要員が全てのターゲットに対して担当できることになるから、加害要員が複数いれば、複数の加害要員は、すべてのターゲットに対して「同じなりすまし」が可能になり、ターゲットにマインドコントロールした加害相手の素性の認識に同一の相手を意識させることが可能になる。(加害相手の声の違いに惑わされるな)
それゆえ、「加害相手(特定の相手)はいつでもどこでも付きまとっている」と思わせるようにターゲッティングできる。
なりすましの方法を加害技術の使用方法に採用している理由は、ターゲットをマインドコントロールしつつ、対人関係(加害相手と自分)をターゲットに対して現実に思わせることが可能になる。
つまり、奴らは、ターゲットに対して人為的な対人関係を「ねつ造・創造」することが可能になる。
対人関係を目的にしているのは、加害技術の使用方法を模索した結果であると考えれば、現在もその目的に特化してターゲットを選び出して加害を実施していることになる。(声でも電磁波攻撃でも同様)
加害技術で対人関係をねつ造する理由は、加害技術が対人用の科学技術だからである。
その対人用の科学技術を加害組織が対人関係をねつ造するためにターゲットに身元を「成りすます」訳である。
マインドコントロールそのものを目的にしているためにねつ造する対人関係をターゲットに対して「成りすまし」を使用方法に採用していることを意味する。
加害組織において、加害技術そのものの科学技術が対人用のものであることは、対人関係を創造・ねつ造する方法を考案することになった。その結論がターゲットに成りすまして対人関係を作る方法を考案することになった。
その対人関係をターゲットに成りすましてねつ造することになった。その結果は、ターゲットが被害を訴える場合の加害被害の現実認識にマインドコントロールを仕掛けるものとなった。
加害組織の要員が複数でもターゲットにとっては、特定の相手のように認識するのは、必然的になる。それは、ターゲットが声とか喋り方で加害相手を「特定する認識」をマインドコントロールされる結果になる。
ターゲットが加害相手を特定の相手のように妄想させられることになる。
逆に加害組織は、ターゲットに相手を特定する認識をいろいろな加害で誘導することになる。ターゲットの先入観を利用しながら、ターゲットの感情の誘導を利用しながら。
◇加害電磁波の科学技術ーーー理論的なもの
加害電磁波は、光の物理的な運動でターゲットの細胞内のミトコンドリア遺伝子に対して作用する。
従って、加害組織のターゲットにされれば、近くに人がいても自分だけに加害電磁波が作用し、車やジャンボジェット機で移動していても加害電磁波が確実に自分だけに作用することになる。
細胞内のミトコンドリア遺伝子は、同じ種類の細胞でも個人ごとに物質的に異なり、同一人物の別の細胞のミトコンドリア遺伝子とも異なるから加害電磁波に狙われると狙われた細胞だけに加害電磁波の作用が生じることになる。
なお、加害電磁波として推定しているテラヘルツ波だが、周波数が高いために電磁波としての性質は、電波暗室のような物でも防げないと考えている。
被害者の中には、マイクロ波を使っていると妄想しているものに妄信しているが、マイクロ波では、ある程度の物質で遮蔽は可能である。
そのため、マイクロ波を妄信している被害者に加害組織は、遮蔽物として購入したステンレス板とかアルミ板などで効果があるかのように妄想のマインドコントロールを施す。
そのマインドコントロールが重要なのは、加害組織の目的の一つが被害者の社会的な対人関係に被害者同士のマインドコントロールを施すためにマイクロ波聴覚効果説のような妄想技術論や遮蔽可能なステンレス板などの情報を被害者として発信させるために行われるものである。
加害組織のターゲットにされた被害者が妄想のマインドコントロールを施されている限り、科学技術風の妄想情報を拡散させるようにターゲットを加害しながら誘導する。
その際、加害しながらターゲットに遮蔽物を意識させ、無駄にステンレス板などを購入させ、実効性を加害の強弱を加えることで納得させるのである。
つまり、加害組織は、ステンレス板などが効果があるかのように妄想のマインドコントロールを施すということである。この手の加害方法に引っかかった被害者は、インターネットでその手の情報を発信する。それでその被害者は、加害組織の行うマインドコントロールの片棒を担ぐ「しもべ」となるのである。
加害電磁波を使った加害組織の加害方法は、細胞レベルの物理法則とそれで感覚などを認識させられた被害者自身におこる意識変化で成り立つ。
もし、最初から加害技術を知っていれば、ただ単に自分に鬱陶しい加害方法を施されるだけになる。むろん、加害組織の行う妄想のマインドコントロールは、実現が困難になる。
◇加害の現実は二つある
加害は、物質的な事実としては、加害電磁波とターゲットの個別細胞におこる物理的な運動であり、その結果が例えば「聴覚効果」のような耳で聞こえる声とか頭の中に聞こえる声である。
従って、加害相手から聞かされる声とか音は、加害の物質的な事実の一端を含んでいることになるが、そこが妄想のマインドコントロールを施す領域である。
したがってまた、加害の物質的な事実は、ターゲットにされた被害者が認識する加害の現実という別個の「被害者が主張する物的事実」との二つの加害の現実に分裂する。
観念論的な思考に従った加害の物質的な事実は、被害者の主張する加害の物的な事実に転換されたものになるのが今の被害者の共通理念である。
すなわち、本当の加害の物質的な事実は、被害者の主張する事実に翻訳されるのである。つまり、本当の加害の物質的な事実は、認識の外に絶対化されるのと同時に被害者がその事実から「逃避」するものとなることである。
自分の被害の本当の事実から目を背ける精神は、自分の主張する加害の現実を否定するものだから、それを拒否するなり、否定するなり、あるいは、存在しないと主張するのである。
特に私の主張する加害の現実を存在しないと主張する被害者の頭脳には、「自分の認識しない物」「自分の納得しない物」「自分の認識を正しく表現しない物」は、何らかの形で自分の認識の外に追いやって要は、「捨象する」意識がよく働く。
残り物に福があるかのように主張する被害者の魂は、「捨象」を簡単に済ませたり、長ったらしい言葉のあやとりで捨象した現実の認識を「無」に転化するのである。
ここで述べている点が重要なのは、被害者の加害についての主張が被害者同士では通用しても社会的には全く通用しないために加害組織から施された妄想のマインドコントロールで認識した「妄想の事実」を一方的に非分析的に、非批判的に、自分を社会からも物質的な現実からも隔絶するような主張を続けるだけとなる。
被害者が主張する加害の事実を主張し続けるのは、加害組織にとっては、有能なしもべとしての「職務」のようなものである。したがって、公務員天国のような「公務」にもなりえるのである。
そのような被害者は、盛んにブログに記事を出す。そして、他の被害者と共通する理念にほぼ一致している。
その理念だが、抽象的には、加害相手の決めつけと加害技術の基本的な物理的関係からなる。
マインドコントロールされたターゲットの共通の理念は、加害組織がターゲットに施す妄想の現実の基本的な物理的関係に一致する。
それゆえ、加害組織にとっては、被害者が「●●●●が加害者だ」「加害の目的は●●●●するためだ」などの主張をブログなどに情報発信したり、別の被害者がそれを拡散情報として拡散することは、集団的マインドコントロールに寄与する「公務」のようなものになるから、加害組織にとっては、大歓迎するものである。
つまり、被害者が「●●●●が加害者だ」、身の回りの有象無象は、加担者だ、などの主張をしてくれるほどそれらの被害者は、加害組織の「しもべ」にふさわしい他の被害者へのマインドコントロールの実施者に変身するわけである。
むろん、マインドコントロールされた被害者の基本理念は、どの被害者でも共通である。そして、その基本理念が被害者にとっての唯一の絶対的な「加害の現実」であるから、本当の「加害の現実」は、被害者たちの認識の外に存在するものとなるから実質、「無」となるわけである。
その手の被害者の意識は、本当の加害の事実を認識しないように意識するものである。
被害者が本当の加害の現実を認識しないように意識するのは、本当の加害の現実を認識することが自分の加害被害の主張を根底から覆すものだからである。
従って、私が加害相手の声や音などの音源をターゲットにされた人間の頭脳にある聴覚記憶であると主張すれば、その現実を拒絶したり否定するだけである。
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とはいえ、であるが、加害の現実は、れっきとした科学技術だから物質的な現実から逃避して観念的に加害の現実をあれこれ解釈した文言を発表しようと、加害の現実は、多くの被害者が認識しないようにしている事実だから、マインドコントロールされた自分の加害の現実認識にしがみつくしかない。
そのため多くの被害者は、被害自慢の記事を出したり、本当の加害の現実を認識しないようにその存在を絶対的に「無」に「還元」するしかないのである。
その代わり、もともと物質的に無でしかない観念的な「有」を物質的な「有」に置換(簡単に言えば言葉上のちょろまかし)するのである。
その典型的な表現は、「飛ぶ矢は止まっている」などの観念的な「有」を物質的な「有」にちょろまかし表現したものである。もっとも、その言い分は、「飛ぶ矢」と言った時点で物質的な「有」を観念的な「無」にちょろまかしたものであるのだが。
言葉は便利なものだ。
言葉の上っ面にしがみつくしかなくなっている多くの被害者は、まあそれで、人生を送ることになるから加害組織にとっては、私のような科学的に加害の現実を分析するようなことをせずに加害組織にマインドコントロールされた妄想の現実にしがみつきながら生きればいいのである。
一生浮かばれることがない妄想の加害の現実は、主張を続けてもただ唯一自分だけ「真実」である。(唯我論の一種)
その唯我論的な加害被害の主張を加害組織は、集団的マインドコントロールで妄想の現実をマインドコントロールされた被害者たちを「優しく包み込む」のである。
いわば、集団的マインドコントロールは、加害組織の奴らが私に主張した言葉で表現すれば、「後ケア」なのである。
集団的マインドコントロールは、妄想の現実をマインドコントロールされた複数の被害者の孤立傾向を社会的な対人関係として「優しく包み込む」ものである。それだから、情報の拡散という被害者特有のブログなどでの行動パターンがしばしば生じているのである。
私について言えば、私はその集団的マインドコントロールを成り立たせている共通理念を粉砕するような攻撃性を持っている。なぜなら、二つある加害の現実の片方を唯一のものとして主張する被害者の共通理念こそは、加害組織が何よりも頼りにしている「公務」のようなものだからである。
被害者としての行動として、マインドコントロールされた妄想の「加害」現実を互いに確認し合い、互いに賛同し合うその様子は、加害組織の奴らの言う「後ケア」でもあるからである。
私の主張はそれとは正反対であるだけでなく、攻撃的である。完膚なきまで叩き潰そうとしているわけだが、並々ならぬ加害組織の奴らのマインドコントロールは、かなり強力だ。
もっとも、それだからこそ、加害組織のマインドコントロールは、精神的にも心理的にもターゲットのそれぞれの心中にある先入観や利害に食い込んでいるために強力なのであるが。
何はともあれ、ターゲットにされればよろしく!
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2019年10月10日。
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