時にその自由を制限してでも、我が子が致命的に失敗しないよう護りたい親。
それがあるから安全なのは承知の上でも、頭上にかかった網を超えてその先へ進みたい子ども。
互いに愛もある。不満もある。
だからこそ、親子という関係性から学べることはきっと多い。
今は2人の息子を育てており、特に普段わがまま放題の二男については、毎度向き合うのに苦慮しているところ。
よそのお子さんなら『子どもらしくて可愛いじゃない』で済む話でも、親としてはいつどなたにご迷惑をおかけしたり、不快な思いにさせてしまうかと思えば気が気ではなく、連れて歩く際かなり気を張ります。
結果的に声も大きくなるし、なんならそれで喉を痛めることだってあるし…しんどいです。
母という立場でなければ、恥も外聞もかなぐり捨てて子どもを怒鳴ったり、半ば無理やり体を押さえつけて制止させることだってなかったと思います。
でも多分、二男は二男で自分のわがままが通らずしんどいはずで、だからなのか特に私と一緒には外出したがらず、家で誰にも邪魔されず自由に遊んでいたいようです。
親として、いつ何時でも本人の好きにさせておくだけで良いのであれば楽です。
だけど、それが彼のためになるのかといえば、私はそうはならないと思っています。
大人になる前の段階で、ある程度は決められたルールに適応できる人になっていてほしいと願い、そのために動くのは、親のエゴであると同時に社会に対する義務でもあると思うんです。
書いていて気づいたんですが、私は二男が家族以外の社会から見捨てられることを危惧していて、なんとかそんな未来を避けたいんですね。
余計な心配であることを心から祈りたいし、今後少しずつ成長に伴って変化する部分があることを期待してもいますが、正直どうなんだろうな〜…
そんな二男、来年いよいよ小学生になる予定です。
さて、長々と我が家の事情について書きましたが、冒頭の画像にある通り、私の母としての気持ちは《コーラル》という色で表されています。
子育てがつらい、うまくいかない方…私が言うのもなんですが、もしかしたら気になる色を選んで話してみることで、少なくとも自分がなぜつらく感じているかの理由が見えてきてちょっと楽になったり、何かしらの対策が見えてくるかもしれません。