先住民の血が流れていることを知らされた養女は・・・「許されざる者」(1960年)を観て | パンクフロイドのブログ

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こうのすシネマ

午前十時の映画祭 より

 

製作:アメリカ

監督:ジョン・ヒューストン

脚本:ベン・マドウ

原作:アラン・ルメイ

撮影:フランツ・プラナー

音楽:ディミトリ・ティオムキン

出演:バート・ランカスター オードリー・ヘップバーン

             オーディ・マフィ リリアン・ギッシュ

1960年10月6日公開

 

テキサスで牧場を営むザカリー家は長男のベン(バート・ランカスター)、母親のマティルダ(リリアン・ギッシュ)、次男のキャッシュ(オーディ・マフィ)、三男のアンディ(ダグ・マクルーア)、養女レイチェル(オードリー・ヘップバーン)の5人で暮らしていました。ベンはインディアンに殺された亡き父の跡を継ぎ、牧場経営も順調に行っていました。

 

また、近隣の牧場主ゼブ・ローリンズ(チャールズ・ビックフォード)はベンを信頼し、一家と親しい付き合いをしていました。ゼブは、美しく成長したレイチェルを長男チャーリー(アルバート・サルミ)の嫁に、長女をザカリー家の息子に嫁がせようと考えていました。

 

そんな矢先、エイブ・ケルシー(ジョゼフ・ワイズマン)という怪しい老人が近辺をうろつき、「レイチェルにはインディアンの血が流れている」との噂を吹聴します。やがて、カイオワ族の首領ロスト・バードがザカリー家を訪ね、生き別れた妹を返せと迫ります。

 

ベンはその要求を拒絶しますが、ある夜、レイチェルとの婚約のため一家を訪ねたチャーリーが、帰途待伏せたカイオワ族に惨殺されます。その結果、ゼブの妻は罪のないレイチェルを責めます。ベンはケルシーを捕らえ、縛り首にしようとします。すると、ケルシーはベンの父親ウィルに纏わる恐ろしい過去を語り出すのです。

 

オードリー・ヘップバーンは、「午前十時の映画祭」では何故か優遇されていて、彼女の主演映画は必ず一本ラインナップに入っています。一方、マリリン・モンローは「お熱いのがお好き」「ショウほど素敵な商売はない」、端役の「イヴの総て」くらいで、その扱いの違いにボヤきたくなります。

 

ただ、優遇のおかげで、スクリーンで観ることは叶わないと思われた「いつも2人で」を観られたのですから、文句を言う筋合いでもないでしょうね。こうなると「暗くなるまで待って」は勿論、「緑の館」「尼僧物語」「噂の二人」も期待したくなります。

 

「許されざる者」もスクリーンで観られないと思っていた一本で、ジョン・ヒューストンとオードリー・ヘップバーンの組合せが作品にどのような作用を引き起こすのか、興味津々で観ていましたが・・・。

 

結論から申すと、オードリーはかなり重要な役柄なのに、ヒューストンが彼女の魅力を存分に引き出したとは言い難かったです。ヒューストンの作風からランカスターの苦悩のほうに焦点が向いてしまうため、オードリーにあまり見せ場はないように感じました。そもそも彼女でなくても務まる役に思え、ヒロイン役なのに添え物のようにしか見えませんでした。

 

その一方で、従来の白人が正義でインディアンが悪の構図を覆し、開拓民の負の部分を描く点では画期的な西部劇でした。何しろ白人側の所業が酷い。ベンの父親のウィルは、流産したばかりの妻マティルダの為にカイオワ族との戦闘の勝利後に彼らの赤子を攫い、カイオワ族が人質との交換を申し出てもそれを無視する非道ぶり。

 

そのせいで、かつてウィルと交流のあったケルシーは、人質に囚われた息子が殺されたため、ザカリー家に恨みを抱くのも無理はありません。また、ベンが牛追いに雇ったインディアンに、無報酬でケルシーを追わせるくだりも、白人の底意地の悪さを感じさせます。本来正義に立つ側が、悪党とさして変わらぬ立ち位置に居る点に、この西部劇の奥深さが垣間見えます。

 

終盤のカイオワ族の襲撃の際に、オードリーが取った行動と犠牲者を出したことはほろ苦さが残り、必ずしも大団円とはなりません。そもそもの元凶はカイオワ族の赤子を攫ったことにあり、一番の“許されざる者”は一度もスクリーンに映らなかったウィルであることを思うと、タイトル自体が何やら皮肉めいたものを感じさせました。