チラシより
とある街で起きた幼女の失踪事件。あらゆる手を尽くすも、見つからないまま3ヶ月が過ぎていた。娘・美羽の帰りを待ち続けるも少しずつ世間の関心が薄れていくことに焦る母・沙織里は、夫・豊との温度差から、夫婦喧嘩が絶えない。唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田を頼る日々だった。そんな中、娘の失踪時に沙織里が推しのアイドルのライヴに足を運んでいたことが知られると、ネット上で“育児放棄の母”と誹謗中傷の標的となってしまう。世の中に溢れる欺瞞や好奇の目に晒され続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じてしまうほど、心を失くしていく。一方、砂田には局上層部の意向で視聴率獲得の為に、沙織里や、沙織里の弟・圭吾に対する世間の関心を煽るような取材の指示が下ってしまう。それでも沙織里は「ただただ、娘に会いたい」という一心で、世の中にすがり続ける。その先にある、光に----。
製作:「missing」Film Partners
監督・脚本:吉田恵輔
撮影:志田貴之
装飾:吉村昌悟
音楽:世武裕子
出演:石原さとみ 青木崇高 森優作 有田麗未 小野花梨 小松和重
細川岳 カトウシンスケ 山本直寛 柳憂怜 美保純 中村倫也
2024年5月17日公開
石原さとみの壊れっぷりに思わず魅入ってしまう映画でした。本編が始まって間もなく、行方不明になった娘のビラを配る夫婦と、二人を撮影するテレビ局の番組スタッフが映し出され、いきなり物語の核心に触れていきます。
※ネタバレしている箇所がありますので、未見の方はご注意ください
沙織里(石原さとみ)は娘が行方不明になった当日、アイドルのライヴに出かけていたため、ネット上で叩かれていて、そのことが少なからず彼女の精神状態に影響を及ぼしています。沙織里には夫の豊(青木崇高)や弟の圭吾(森優作)が娘の美羽(有田麗未)を本気で捜しているようには見えず、番組スタッフにも興味本位で報道していると当たり散らします。
圭吾は行方不明になった美羽の最後の目撃者だっただけに、番組スタッフは彼に出演交渉をしますが、色好い返事がもらえていません。そこで、姉の沙織里に出演を促すように頼むものの、圭吾は頑なに拒もうとします。元々彼はコミュニケーション障碍がある上に、学生時代にいじめに遭った経験から、人前に顔を曝したくない気持ちが強いです。更に、表沙汰にしたくない秘密も抱えて、かなりプレッシャーに押しつぶされそうな状況にあります。
それでも沙織里は容赦なく弟を責め、無理矢理出演させてしまいます。ある意味、この映画では石原さとみのパワハラとキレ気味の芝居が見ものと言えるかもしれません。豊はそんな妻を抑えようとしますが逆ギレされます。豊は妻のことを十分気遣いながら娘を捜すことに尽力しているように見えるのですが、妻の目にはそれでも足りないように映ります。
豊は沙織里の精神状態を危ぶみ、ネットの掲示板の書き込みを見ないように注意するにも関わらず、沙織里はそこに手掛かりが僅かでもある可能性を考え、ついつい見てしまいます。沙織里の気持ちも理解できるだけに、彼女がいくら悪態をついても責める気にはなりません。
一方、娘の美羽が行方不明になった夫婦を取材する砂田(中村倫也)は、テレビ局と夫婦の狭間で葛藤します。上層部には視聴率の数字が上がるニュースを求められるのに対し、砂田には夫婦や圭吾に真摯に接して中立公正な報道をしたい思いがあります。砂田はテレビ局の中では良心のある記者ですが、そんな彼も美羽の誕生日に託けて一種のヤラセを看過し、圭吾に対しては美羽が行方不明になってから暫く連絡が取れなかった理由を明らかにするため、立場の弱い彼を糾弾してしまいます。
沙織や彼女の周辺がこうした負の連鎖に陥る中、美羽と同じ年頃の少女さくらが行方不明になる事件が発生したことにより、そのことが沙織里にとって一つの転機となります。沙織里は行方不明の少女をビラに載せることで、二人の少女の手掛かりを掴もうとします。その結果、さくらは無事保護された一方、美羽は依然行方不明のまま。それでも沙織里は、他人の子供が戻ってきたことを喜べるまでに精神が回復します。個人的にはここでの沙織里の描写が一番心に響きましたね。
ネットによる誹謗中傷の悪意がある一方で、地域や沙織と豊の職場には、夫婦に惜しみなく協力をしてくれる善良な人々もいます。要は沙織里が孤立無援と感じずに、彼女以外にも娘のことを真剣に心配してくれる人々が大勢居ることを実感できるのが、映画の肝だったように思います。
美羽が行方不明になってから2年が経ち、状況は2年前と然程変わりません。それでも、沙織里が出口の見えない絶望の中でもがいていた2年前より、希望が持てるようになった分、夫婦にとっては良い方向に向かったと思わせるのが僅かな救いになっていました。