この街は何かおかしい・・・五十嵐律人「魔女の原罪」を読んで | パンクフロイドのブログ

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鏡沢高校2年の和泉宏哉は、同じクラスの水瀬杏梨と共に、両親の経営する透析クリニックで、週3回人工透析を受けていました。宏哉の通う鏡沢高校は、校則がなく生徒の自主性が尊重される一方で、違法行為を行なった場合は厳重に処罰されていました。また、鏡沢町はバブルが弾けて以降、昔から住んでいた世代は都心に移り住み、代わって他の土地に住んでいた人々が転入してきていました。そのため、初期から住んでいた住人と新しく移り住んできた住人との間には、目に見えない軋轢が生じていました。

 

そんな最中、鏡沢高校1年の柴田達弥が女子硬式テニス部の部室で窃盗事件を起こします。宏哉は柴田を全校生徒の前で晒し者にした学校の対応に憤ります。それから数日して、宏哉はスーパーマーケットで柴田が母親に唆されて万引きをする現場を目撃します。柴田が生活のために窃盗を働いていたことを知ると、宏哉は彼がクラスで無視されていることに見て見ぬ振りができず、校長にイジメを止めるよう直談判します。

 

しかし、校長は生徒の自主性に任せると答えた上で、柴田の退学願いを受理したことを告げます。宏哉は柴田に会い、彼の父親が強盗事件を起こして服役していることを知らされます。父親が刑務所に入っている間に、母子はこの町に逃げてきていたのでした。柴田はスーパーマーケットの店長から、警察沙汰にしない代わりに鏡沢町から出ていくよう約束させられ、宏哉は改めて町と学校の異常さを思い知らされます。

 

そのことだけに留まらず、翌日から宏哉に対する集団無視が始まります。教室での居場所を失った宏哉は、このような状況に突然陥った手掛かりを得られず、透析クリニックで杏梨から事情を訊こうとします。しかし、彼女はクリニックには姿を見せず、学校も休んでいました。やがて、鏡沢高校の裏手にある小高い丘で血を抜き取られた杏梨の遺体が発見され、二週間後に宏哉の母親の静香が逮捕されます・・・。

 

ここからは感想です

 

本書は二部構成になっていて、宏哉の母親が逮捕されるまでが第一部であり、第二部からは裁判に向けての準備が始まると同時に、鏡沢町が抱える秘密も炙り出されていきます。町も高校も特有の秩序があり、宏哉は理不尽なことを見過ごすことができず、波風を立てたために悪循環に陥っていきます。

 

町に隠された“秘密”を共有できていれば、宏哉も慎重に事を運んだでしょうが、生憎親から事情を一切聞かされていなかったため、まずい状況に追い込まれていきます。親が息子に説明できなかったのも切実な事情があるからで、宏哉を思うあまり、逆に追い詰める形になるのが切なく感じられます。

 

彼の担任の佐瀬友則は数少ない宏哉の理解者で、弁護士から高校教師に転身した異色の経歴を持ちます。彼が教師に転身してこの町に転入し、鏡沢高校に赴任した理由も、彼の身に起きたことが明かされると腑に落ちてきます。佐瀬と宏哉は終盤に裁判の場で、被告側と原告側に分かれて対峙することとなり、佐瀬の苦悩は深まっていきます。

 

被害者の杏梨は、生前宏哉に対して「魔女と魔法使いの違いを知っている?」と問うています。その上で、彼女は「魔法使いの中にも善人はいる。でも魔女は、存在自体が悪なの」と答えています。生まれつきの犯罪者が存在する一方で、人々の不寛容が悪を生み出すことを暗に匂わせもします。真相を知れば知るほど、「魔女の原罪」というタイトルがより重みを増してきます。