慕っていた上司の死をきっかけに4人の若者が大企業に立ち向かう 太田愛「未明の砦」を読んで | パンクフロイドのブログ

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ともに苦難を乗り越えよう!

 

KADOKAWAサイトより

その日、共謀罪による初めての容疑者が逮捕されようとしていた。動いたのは警視庁組織犯罪対策部。標的は、大手自動車メーカー〈ユシマ〉の若い非正規工員・矢上達也、脇隼人、秋山宏典、泉原順平。四人は完璧な監視下にあり、身柄確保は確実と思われた。ところが突如発生した火災の混乱に乗じて四人は逃亡する。誰かが彼らに警察の動きを伝えたのだ。所轄の刑事・薮下は、この逮捕劇には裏があると読んで独自に捜査を開始。一方、散り散りに逃亡した四人は、ひとつの場所を目指していた。千葉県の笛ヶ浜にある〈夏の家〉だ。そこで過ごした夏期休暇こそが、すべての発端だった――。

 

大手自動車メーカーのユシマの生方第三工場で働く派遣工の矢上達也は、同じ工場で働く班長の玄羽昭一に誘われ、夏季休暇を利用して玄羽の亡き妻の実家で過ごそうとします。現地に到着すると、矢上以外にも、同じ派遣工の秋山宏典、期間工の脇隼人と泉原順平も玄羽に呼ばれていたことが分かります。同じ作業ラインに入っていながら、4人ともさして付き合いはなく、玄羽が会社の尞にスマホを置いておくことを条件に、何故4人を実家に招待したのか謎でした。

 

彼らの働くユシマは世界的な企業である反面、労働条件、労働環境が過酷だったにも関わらす、それを当たり前のものとして受け入れていました。しかし、玄羽と一緒に暮し、彼と話していくうちに、自分たちの働く職場が異常であることを自覚し始め、雇い主に言い様に扱われていたことを思い知ります。4人は玄羽の話に触発され、彼の義従姉にあたる宗像朱鷺子の土蔵にある労働法関連の本を読み漁ります。

 

やがて、夏季休暇が終わり、4人は工場に戻り、再び作業ラインに入ります。ところが、作業中に玄羽の姿が見えなくなり、不審を抱いた彼らがユシマ病院に行くと、玄羽の遺体がユシマ葬祭に運び込まれたことを知らされます。更に4人が調べると、作業中に容態の悪くなった玄羽を医務室に運ばず、休憩室に寝かせておいたことが判明します。ユシマで働いていた小杉圭太が過労死したのを労災認定されず、玄羽は裁判で原告側の証人として法廷に立つ矢先の出来事でした。

 

圭太と玄羽の労災隠し、御用組合に過ぎないユシマの労組、新しい賃金制度への移行に憤った矢上たちは、巨大企業に抵抗するため、はるかぜユニオンの國木田を相談役として協力してもらいながら、闘おうとするのですが・・・。

 

ここからは感想です。

 

共謀罪(テロ等準備罪)の疑いをかけられ、官憲に追われる非正規社員の若者たちが、一体何を仕出かしたのか?この一点の興味で現在と過去を交互に描きながら物語を引っ張っていきます。同時に政財官一体となって、権力者にとって都合の悪い人物を排除していく怖さも浮き彫りになります。

 

物語は矢上、脇、秋山、泉原の4人を中心に展開され、そこに共謀罪が始動される真相に迫っていく所轄の刑事、不祥事を揉み消そうとする大企業の副社長、超法規的な手段で警察権力を一変させたい公安課長、不穏な動きを察知して取材に走る週刊誌記者などが絡み合う群像劇になっています。

 

持たざる者が巨大な権力に立ち向かう物語、負け犬の逆襲の物語は大好物なのですが、著者は左寄りと思われ、それがしばしばノイズとなって撥ね返ってくるのが惜しまれます。活動家によく見られる煽りのような箇所は同意できませんし、かなり誇張された部分も目につきます。零細企業ならばいざ知らず、法令遵守が厳しく求められる大企業はさすがにそこまでやらないのでは?と疑問符をつけたくなります。

 

とは言え、その欠点を差し引いても、先を読みたくなる面白さは貴重ですし、登場人物に肩入れしたくなる描写も巧みです。それだけに、もう少し政治的な思想信条を抑え目にして、若者たちが現状を打破しようとする物語に焦点を絞っていれば、もっとスリリングな展開ができたかもしれません。

 

官憲による厳しい追及やメディアスクラムによって、4人の青年たちは追いつめられていきます。ただし、彼らは卑怯なテロリズムに走るのではなく、あくまで法を武器に闘おうとする姿勢を崩さないため、読者が4人に味方したくなる気持ちは変わらないでしょう。結末は少々甘く感じられはするものの、悪い終わり方ではありませんでした。