一度は破談になった男女が神戸で再会して・・・「土砂降り」を観て | パンクフロイドのブログ

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神保町シアター

生誕110年記念 映画監督 中村登 女性讃歌の映画たち より

 

製作:松竹

監督:中村登

脚本:椎名利夫 中村登

原作:北条秀司

撮影:長岡博之

美術:芳野尹孝

音楽:武満徹

出演:佐田啓二 岡田茉莉子 桑野みゆき 沢村貞子 山村聰 日守新一

1957年6月11日公開

 

連込み宿の“ことぶき旅館”の女将阿部たね(沢村貞子)は初枝(三谷幸子)という女中を雇いながら、役所勤めの長女松子(岡田茉莉子)、大学生の竹之助(田浦正巳)、高校生の梅代(桑野みゆき)の三人の子供と暮らしていました。たねは週に一度家を訪れる大久保和吉(山村聰)の妾で、子供たちはその事を承知しつつ、父親とわだかまりなく接していました。

 

松子は同僚の須藤一夫(佐田啓二)と結婚話が進んでいましたが、一夫の母滋子(高橋とよ)がたねの家の事情を知るに及んで大反対し、破談となります。一夫が気の進まぬ見合結婚をしたため、自暴自棄になった松子は家出しました。

 

それから二年後、松子は神戸元町のクラブでダンサーをしていましたが、ある夜、思いがけず一夫を客として迎えます。その夜、二人は安ホテルで結ばれ、一夫が汚職事件に巻き込まれ東京へ戻れぬ身であることを知った松子は、彼を自分のアパートに匿いながら養う生活を続けました。一方一夫は望郷の念に駆られ、東京に居る母親に、松子が放さないので帰れないと手紙で訴えました。

 

ある日曜日、買物に出た竹之助と梅代は、ふと正妻の息子たちを連れた父和吉の姿を目撃します。梅代は居たたまれず、その場を立ち去ります。土砂降りが続くその夜、家に戻らぬ梅代をたねと竹之助が案ずる中、尾羽打ち枯らした松子と一夫がことぶき旅館に現れます・・・。

 

本作は世間から祝福されずに別れた恋人たちが、焼木抗に火がつくメロドラマである一方、妾とその子供と言うだけで肩身の狭い思いで暮らさねばならぬことがひしひしと伝わってくる家族ドラマでもあります。

 

松子と一夫は同じ役所に勤める恋人同士で、課長の力添えで結婚話が持ち上がります。ところが、一夫の母親の滋子が事前に挨拶に伺ったところ、松子の母親のたねが連れ込み旅館を経営していることが発覚し、破談になってしまいます。

 

昭和30年代には職業や生い立ちに関して過剰な偏見があり、ヒロインが恋人に本当のことを打ち明けられず、父親は亡くなっていると嘘をついたり、連れ込み旅館を由緒ある旅館と誇張したりするのも頷けます。一夫を演じる佐田啓二の煮え切れなさ、優柔不断な姿勢も然ることながら、母親役の高橋とよの憎々しさも相まって、松子が絶望感に捉われるのも無理はありません。

 

松子の家族はいずれも気遣いのできる人物ばかりで、たまに家を訪れる父親の和吉を歓待するなど、分を弁えた振る舞いをします。ただ、家族は松子から事情を全く知らされていないため、危険信号に気づけず対処できていません。風紀の悪い環境にいながら、子供たちが親の商売を十分理解した上で、健気に暮らしているのがいじらしいです。

 

妹の梅代は、旅館の部屋が満室になると、勉強しているにも関わらず部屋を明け渡さねばなりません。自分のベッドで訳ありの男女が交尾していることを踏まえた上で、年頃の娘の気持ちを思うと切なくなってきます。

 

長男の竹之助は冒頭の遣り取りを見る限りではボンクラかと思いきや、なかなかどうして、ダメンズの一夫より遥かに大人の振る舞いをします。妹が和吉をなじる場面でも、苦しい立場の父親を慮って擁護するのです。

 

母親のたねは本来和吉と結ばれる筈でしたが、和吉が共に奉公していた大店の旦那から見込まれ、その娘と結婚話が持ち上がり、自ら身を引いた経緯があります。たねが昔ながらの尽すタイプの女だからこそ、和吉が家庭を持っても、長年彼女とその子供の面倒を見てきた事情も頷けます。

 

その和吉は酸いも甘いも嚙み分けた温厚な大人の男で、日陰の身のたねと子供たちへの負い目も十分感じられます。ただし、理想的な父親である反面、やや無神経な面も見受けられます。本妻との子供と一緒にいるところを、偶然竹之助と梅代に見られ狼狽するのは致し方ないにしても、目撃された当日は都合で二人と一緒に過ごせないと嘘をついていただけに、非常にバツの悪い思いをします。ちなみに本妻の子供二人は如何にも出来の悪そうなガキなのが笑えます。この父親役を、佐分利信でも上原謙でもなく、山村聰にしたのは絶妙な配役でした。

 

実家を出た松子は神戸のクラブに勤めていたところ、突然一夫が現れます。彼は汚職に巻き込まれて、妻子の居る東京に戻れないまま、結果的に松子が一夫を匿うことになります。彼女は男に関しては母親と違い、独占欲が強く、追われる身の一夫をむしろ好都合と思っている節も見受けられます。

 

しかし、一夫との潜伏生活は続かず、松子は恥を忍んで彼を連れて、実家の連れ込み旅館に戻ってきます。松子の心の拠り所は一夫と一緒に居ることのみでしたが、彼女の母親から知らされたある事実により、彼女を支えていた一縷の望みが断たれ悲劇へと繋がります。松子役の岡田茉莉子は、不幸になればなるほど、憂い顔の美しさに磨きがかかってきます。

 

気の滅入る物語の中、たねの弟役の日守新一と愛人に見切りをつけた中村是好のコメディリリーフが一服の清涼剤となっています。日守は占いに凝る女房にゲンナリさせられ、中村は愛人に居留守を使われ、竹之助に電話をかけさせた上で手を切るところが笑えます。

 

中村登は一人一人の人物を丹念に描くことによって、家族に起きた不幸を我が身の事のように感情移入させる演出をします。悲劇が起きた後も暫く家族のドラマは続き、家族が今までの生活を見つめ直し、再出発するまでを見せていきます。そのことにより、土砂降りが続いてもやがて雨が止み地も固まることを示唆し、重苦しいドラマにも一縷の希望を与えています。