神保町シアター
製作:松竹
監督:野村芳太郎
脚本:新藤兼人
原作:大岡昇平
撮影:川又昴
美術:森田郷平
音楽:芥川也寸志
出演:永島敏行 松坂慶子 大竹しのぶ 渡瀬恒彦 山本圭 丹波哲郎 芦田伸介 佐分利信
1978年6月3日公開
神奈川県の山林で、若い女性の刺殺死体が発見されます。殺された女性は地元出身の坂井ハツ子(松坂慶子)でした。彼女は新宿でホステスをしていましたが、地元に戻りスナックを営んでいました。
数日後、警察は19歳の造船所の工員・上田宏(永島敏行)を容疑者として逮捕します。宏はハツ子が殺害されたと推定される日の夕刻、現場付近の山道を、自転車を押しながら下りてくるのを、知り合いの大村吾一(西村晃)に目撃されていました。警察が調べていくうちに、宏はハツ子の妹、ヨシ子(大竹しのぶ)と交際をしており、彼女はすでに妊娠3ヶ月の身でした。宏とヨシ子は家を出て横浜方面で暮らし、子供を産んで、二十歳になってから結婚しようと計画していました。
ところが、ハツ子は二人の秘密を知り、子供を中絶するように二人に迫ったのです。二人が中絶するのを拒んだ結果、ハツ子が親に言いつけると宏に詰め寄ります。後日、ハツ子と宏は山林で子供を産む件で揉め、宏はとっさに登山ナイフをかまえて彼女を威嚇し、気がつくとハツ子は血まみれになって倒れていました。以上が宏の警察における供述でした。やがて、宏は殺人、死体遺棄の容疑で起訴され、裁判が開始されます・・・。
第1回公判における岡部検事による冒頭陳述が、事件の概要を観る者に伝える役目があるとは言え、些か長く感じられるのは難があると言えましょう。ただし、裁判が本格的に開始されてからは、法廷劇として存分に楽しめます。
裁判長に佐分利信、検事に芦田伸介、弁護士に丹波哲郎と、この顔ぶれだけで重厚感があります。芦田と丹波の法廷内での火花を散らすような応酬、双方の言い分を公平に捌く佐分利の裁量もお見事としか言いようがありません。
加えて、証人尋問に呼ばれた面子も、西村晃、北林谷栄、森繁久彌と言ったベテランの曲者揃いで、大いに法廷を沸かせます。裁判中にも関わらず、思わず苦笑や失笑が起きるユーモラスな場面があり、それがお堅い法廷劇の箸休めの役割を果たして、映画の中で程よいアクセントにもなっています。
また、渡瀬恒彦の憎みきれないろくでなしのやくざも素晴らしい。松坂慶子のヒモの身分でありながら、夏純子とも関係を持つなど女に対してのだらしなさがある上に、法廷内では自分の印象を少しでも良く見せたい小心さと小賢しさが窺え、可愛げのあるチンピラが似合っています。
山本圭はかつて教え子だった永島敏行のために尽力する教師を演じていて、日教組が幅を利かせていた時代だったことも重ね合わせると、相変わらず社会に問題があると主張する左翼思想を抱く役柄がしっくり来ます。
あばずれ感のある松坂慶子が純情な一面を見せるのに対し、可愛い顔をした大竹しのぶが結構したたかな部分がある点も逆転現象が起きていて、徐々に真相が明らかになる裁判劇では効果的に働いていたように思います。この二人の女優がいずれも永島相手にビーチクを一瞬拝める濡れ場を演じているところも、70年代の映画の片鱗が窺えました。
久しぶりに観ると、スナック経営をしているハツ子の哀れさが際立ち、宏の優柔不断さが招いた悲劇である印象を抱きました。そして、豪華なオールスター映画だったことも改めて感じられました。