ヒッチコックの「めまい」を巧みに転用した「夜霧の訪問者」を観て | パンクフロイドのブログ

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シネマヴェーラ渋谷

生誕100年記念 映画作家 井上梅次 より

 

製作:松竹

監督・脚本:井上梅次

原作:結城昌治

撮影:小杉正雄

美術:重田重盛

音楽:青山八郎

出演:島田陽子 森田健作 清水章吾 南原宏冶 栗塚旭 クロード・チアリ

1975年10月10日公開

 

市木江津子(島田陽子)は、奈良川信二(森田健作)をリーダーとする若い写真家グループ「フォート・L」のメンバーの一員でモデルも兼ねていました。霧の深い夜、信二が江津子のマンションの暗室を借りて仕事をしている時、一人の男が訪ねてきます。男は山野雅夫(清水章吾)と名乗り、フォート・Lの作品展を見て、会社で使用する来年のカレンダーを製作してほしいと依頼してきました。多額の手付金を差し出され、信二と江津子は早速準備にとりかかります。

 

山野は九州から上京するたびに江津子を食事へ誘い、その都度プレゼントを贈りました。山野には昔、田沢のり子(島田陽子:二役)という江津子に瓜二つの許婚がいましたが、彼の運転中に事故で死なせてしまったと告白します。そして、江津子に会ったおかげで、のり子の幻から開放されたとも語ります。信二の心配をよそに、江津子は次第に山野に心を奪われていきます。

 

ある日、山野は会社の都合でアメリカに長期滞在することになり、結婚して一緒に行ってほしいと江津子にプロポーズします。それが駄目なら最後の思い出として箱根に一緒に過ごしてほしいと頼むのです。江津子は結婚を決めかねながらも、信二に内緒で山野と箱根へ旅行します。ところが、彼女は入浴中に謎の二人組から襲われそうになったばかりか、その後、終始紳士的な振る舞いをしていた山野から犯されそうになります。部屋にかかってきた電話で、江津子は身を護ることはできたものの、山野に「諸事情でアメリカに連れて行けなくなった」と言われます。

 

翌日、油壷の別荘で死体が発見されます。殺されたのは加奈(ひろみどり)という女で、数年前、銀行強盗で捕まり、現在服役中の荒尾(南原宏冶)の情婦でした。それから一カ月後、江津子と信二は競輪場で写真を撮っていましたが、江津子はそこでアメリカに行ったはずの山野を目にします。更には箱根の風呂場で襲ってきた二人組も、山野の様子を窺っていました・・・。

 

本作では、山野が江津子をモデルにした写真を気に入り、カレンダー製作を依頼するうちに、二人の仲が発展していく恋愛ドラマと並行して、囚人の荒尾が娑婆にいる手下を使って、情婦が隠した金の在処を探ろうとしている話が描かれます。この二つがどのように結びつくのか、観る者の興味をそそりながら、徐々に犯罪の輪郭が見え始める話の運び方が巧いです。

 

特に物語の鍵となる山野を演じる清水章吾の女たらしぶりが素晴らしい。亡くなった婚約者に似ているからという理由で好かれるのは、女性としてはあまりいい気分ではないでしょうが、山野はそこを逆手に取って口説くやり方が女たらしの手口として巧妙。信二ならずとも男ならば山野を胡散臭く思い、何か裏があるのでは?と勘繰りたくなります。

 

しかし、彼は金払いが良い上に、下心を感じさせず、常にスマートな物腰で接するため、女がよろめいてしまうのも無理はありません。山野に呼び出されホテルの一室に入る江津子も無防備すぎますが、ドアを開け放しにして、密室状態にさせずに、警戒感を解いて信頼を得ようとする山野はなかなか狡猾な男と言えます。本体イケメンの森田健作が、そんな山野に嫉妬して江津子に注意を促すものの、空回りした挙句とんだ三枚目に映るのが笑えます。

 

江津子を演じる島田陽子は、清楚さを前面に出しながらも、入浴シーンや手籠めにされそうな場面もあります。ただし、肝心な部分は露出していないので、彼女の裸を期待すると肩透かしを食らいます。江津子には、前述したような女一人で男の泊まるホテルの部屋に入って行ったり、山野の所有する別荘で殺人があったことを知らされた直後に彼のアパートを訪ねていったりと、些か不用心すぎるところがあります。彼女の行動にハラハラさせられるか、イライラさせられるかは見る人次第で変わってきますね。

 

江津子から好感度を上げていた山野でしたが、彼が髪型、洋服等によって、意図的に江津子を別の女に変えようとしている辺りから、この人物に対しての胡散臭さが垣間見えてきます。更に、江津子が箱根のホテルで入浴中に謎の二人組に襲われそうになり、アメリカに居る筈の山野が、日本の競馬場で江津子に似た女と一緒にいるところを目撃したことで、疑惑が頂点に達します。

 

この映画は2時間サスペンスドラマの走りを思わせるような内容で、ラスト近くには崖の場面も用意されています。島田陽子のファッションに目を奪われる一方、清水章吾の裏表のある優男、南原宏冶の安定した悪役芝居、森田健作の三枚目に見えるキャラも楽しめ、哀愁を帯びたクロード・チアリ(本人も出演)のギターの音色が映画に彩りを添えていました。井上梅次監督の職人技と相まって、結構面白く観られましたよ。