奇抜な設定と曲芸的な推理で楽しませる 阿津川辰海「透明人間は密室に潜む」を読んで | パンクフロイドのブログ

パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

 

透明人間は密室に潜む

内藤彩子は、透明人間のDV被害が増加している記事を読み、気分が悪くなります。彼女自身、10年前に透明人間病に罹患し、薬によって透明化を防いでいる身でした。幸い夫の謙介からはDVを受けておらず、彩子が透明人間であることにも理解がありました。そんな彩子は、透明人間病研究の大家・川路昌正教授を殺さねばならなくなります。彼女はそのために、透明人間になった状態で川路教授を殺す準備を進めて行きます。一方、夫の謙介は彩子の怪しい行動から妻の不貞を疑い、探偵の茶風義輝に彩子の行動を探らせます。茶風は彩子を尾行し、彼女が浮気をしていないことを突き止めますが、彩子が透明人間になって川路教授を殺そうとしている節が見受けられることを告げます。そんな中、彩子が殺害計画を実行に移す日がやって来ます。

 

六人の熱狂する日本人

アイドルグループ『Cutie Girls』のメンバーを巡って、熱狂的なファン同士が口論に及んだ末、殺人に発展した事件の裁判が行われていました。容疑者が自供していることから、裁判長並びに二人の判事も、裁判員裁判の審議はスムーズに進むと楽観視していました。ところが、休憩から戻ってきた裁判員の一人が、『Cutie Girls』のロゴ入りのTシャツに着替えてきたことから、雲行きが怪しくなります。更に審議が進むうちに、大小の差はあっても、一人また一人とアイドルオタク、もしくは元地下アイドルが裁判員の中に混じっていたことが明らかになります。そればかりか、犯行現場に“第三の人物”が居た可能性まで浮上してくるのです。果たしてこの裁判の行方や如何に?

 

盗聴された殺人

大野糺が所長をしている大野探偵事務所は、国崎昭彦の依頼を受け、妻の千春の浮気調査を行なっていました。テディベアのぬいぐるみに盗聴器を仕掛け、国崎の自宅に置いたことで、千春の通うスポーツジムのインストラクターの黒田佑士との浮気が証明されます。同時に夫の昭彦も、社内の若い女性・間宮亜紀と不貞の関係にあることが発覚します。ところが、千春が自宅のリビングで撲殺されたことで事態が一変します。更に、盗聴器には殺人時の音が録音されていました。警察はテディベアから盗聴器を回収し、大野は重要参考人として取り調べを受けます。ただし、彼には事件当日にアリバイがあったことから間もなく釈放されます。盗聴器は事務所のパソコンとインターネットで繋がっていて、音声データをUSBメモリーにコピーしていました。大野は異常に耳の良い所員の山口美々香を使って、音声データから事件の犯人を突き止めようとするのですが・・・。

 

第13号船室からの脱出

高校生のカイトは、一泊二日の東京湾クルーズに招待されました。船の中では脱出ゲーム企画会社『BREAK』が主催する新作のテストプレイが行われ、カイトもその脱出ゲームに参加する予定でした。その船には同じクラスのマサルとその弟のスグルも乗っており、何かとカイトに張り合おうとするマサルを、カイトは苦手に思っていました。ところが、カイトとスグルが何者かによって、船の一室に監禁されます。しかも、犯人グループがマサルとカイトを間違えて誘拐したらしいことが分ってきます。その頃、マサルは脱出ゲームに参加していました。実は誘拐を仕組んだ黒幕はマサルでした。彼は父親から金を引き出すため、狂言誘拐を仕組んだのですが、実行部隊が彼とカイトを間違えたために、マサルはカイトに成り済ましてゲームに参加せざるを得なくなります。果たしてカイトは監禁されている船室から脱出し、マサルの企みを暴くことができるのか?

 

ここからは感想です

 

「透明人間は密室に潜む」は一見バカミスのように思わせつつ、実は立派な倒叙ミステリーになっています。透明人間とて犯罪を実行するのに万能ではなく、犯行場所に辿り着くだけでも並々ならぬ苦労があります。まず、女性は真っ裸で目的地まで行くことに、心理的に抵抗感があります。また、僅かなゴミでさえ空中に黒い汚れが浮いているように見えるため、念入りに体を手入れする必要があります。いざ事が及ぶ時にお腹が鳴って居場所がバレる事態になるのは避けたいため、桃をミキサーにかけ、スプーンでこまめに掬い、よく噛みながら飲み込み、目的地に着く頃には体内組織と同じ透明になるよう逆算して行動するなど、涙ぐましい努力をします。その甲斐あって、教授の殺害に成功するものの、犯行直後に夫と探偵が研究室に踏み込んだため、彩子は逃げ場を失います。彼女が部屋に潜む場所の驚きも然ることながら、犯行動機も意外性があります。二つの謎が解き明かされても尚、もうひとひねりして読者をアッと言わせる仕込みがあり、サーヴィス満点の一篇でした。

 

「六人の熱狂する日本人」は、裁判員が次々とアイドルオタクだったことが分って来る愉快な一篇。ただし、裁判員による審議を繰り広げるうちに、新たな事実が浮かび上がる法廷ミステリーとしての醍醐味も持ち合わせています。その新事実もアイドルオタクの目で見なければ、見過ごされてしまいそうな着眼点で、悪ふざけの中にも一本芯の通った佇まいがあります。審議の末に、最終的に多数決で結論が下されるものの、例え裁判員が全員一致したとしても、その中に一人でも職業裁判官が含まれていなければ有効とならぬ縛りがあります。この高い壁をどのようにクリアするかも読みどころのひとつになっています。オチはほぼ予想できるため然程驚きはありませんが、相手の意を汲もうとする日本人らしい判決と言えます。

 

「盗聴された殺人」は探偵事務所の所員の山口美々香が異様に耳の良い特徴を活かして手掛かりを掴み、所長の大野糺が美々香の手掛かりを頼りに推理を構築していきます。このコンビは後の長編「録音された誘拐」にも再登場し、二人の活躍が見られます。この短編では意外な犯人に驚かされますし、大野のうっかり屋さんの面も窺えて楽しめます。

 

「第13号船室からの脱出」は、著者があとがきで触れているように、ジャック・フットレルの「十三号独房の問題」を参考にしています。ただし、「十三号独房の問題」に出てくる思考機械が刑務所の独房から脱出しようとするのに対し、本書のカイトは監禁された船室からの脱出の他に、マサルの狂言誘拐を阻止しようとする任務も含まれます。カイトはマサルの負けず嫌いの性格と承認欲求の強さを利用して、彼を“表舞台”に立たせることで、マサルの父親に息子が誘拐されていないことを報せようとします。しかし、マサルは狂言誘拐を秘密裡に行ないため、ゲームに参加しながらも最初から賞を獲ることをあきらめています。この状況から脱出と狂言誘拐の阻止の2つを達成できるかが読みどころとなっています。カイトの上を行く”伏兵”によって、高校生2人が意のままに操られていた真相が楽しいですし、未成年の犯罪という点でも良い落としどころになっていました。