野村芳太郎&橋本忍コンビの珍品 「糞尿譚」を観て | パンクフロイドのブログ

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ラピュタ阿佐ヶ谷

蔵出し!松竹レアもの祭り より

 

製作:松竹

監督:野村芳太郎

脚本:橋本忍

原作:火野葦平

撮影:井上晴二

美術:桑野春英

音楽:芥川也寸志

出演:伴淳三郎 森繁久彌 渋谷天外 嵯峨三智子 柳永二郎

        三井弘次 小沢栄太郎 沢村貞子 山茶花究 紫千代

1957年5月21日公開

 

昭和11年、若松市に小森彦太郎(伴淳三郎)というお人好しで馬鹿正直な男がいました。彼は妻子と別居してまでも糞尿汲取業に身を打込んでいるものの、毎月僅かな汲取料を貰うのに四苦八苦していました。市の有力者の赤瀬(柳永二郎)の口添えで、彼の事業は市の指定になっているにも関わらず、収益はままならず、従業員からの賃上げ要求にも応えてあげられません。

 

そこで彼は同業者の結束を図り、組合を作って汲取料の値上げをしようと呼びかけます。ところが、赤瀬と対立している同じ市の有力者の友田(小沢栄太郎)の手で邪魔されてしまいます。赤瀬は彦太郎を見かね、自分の娘婿で経理にくわしい阿部丑之助(森繁久彌)を紹介します。阿部はこれまで会社になかった帳簿を作り、汲取嘆願書を市役所に提出します。

 

この嘆願書は忽ち市役所の中で波紋が起き、市会でもこれを取上げるに及び、ついに汲取料の増額が決定します。そんな折、阿部から彦太郎の「衛生舎」が市に買収されることが決まり、ついては権利金請求書に必要な実印を持って来るようにとお達しがあります。阿部を信じ切っている彦太郎は馳せ参じ、阿部の言われるままに印を押します。ところが、彼の口から権利金の分配を聞かされ愕然とします・・・。

 

今回の特集は『蔵出し!松竹レアもの祭り』と銘打っているだけに、滅多にお目にかかれぬ映画ばかりを揃えています。その中でも注目していたのがこの映画。野村芳太郎&橋本忍コンビは、「張込み」や「砂の器」など数々の名作を世に送り出してきましたが、本作はこの特集が組まれるまで、全く存じ上げませんでした。

 

しかも主役が伴淳でクセ者の森繁が絡む上に、糞尿を扱う映画とあれば、相当下世話なノリで笑わせてくれるだろうと期待したくなります。平日にも関わらず満席だったのは、この映画が滅多に観られない貴重なものであり(国立映画アーカイブ所蔵なのでフィルム状態が良好)、来場したお客さんたちも抱腹絶倒を期待したのに違いありません。ただし、実際に目にすると、ハチャメチャなのは終盤くらいで、主人公の悲哀ぶりばかりに目が行ってしまいました。

 

汲取り業者が一軒一軒家を回って排泄物を回収する時代に、敢えて人の嫌がる仕事に手を染めたのは、彦太郎の意地によるところが大きいです。借金のために彼の代に先祖伝来の土地を売り渡しており、彦太郎の中には何としても一旗揚げたい想いが強いのです。そのために、彼は妻子と離れて単身赴任の生活をしています。

 

汲取り業は必ずしも割のいい仕事とは限りません。業者間で競争があるだけでなく、汲取りを依頼する家庭からも値切りを迫られるからです。彦太郎の起ち上げた衛生舍は、市の指定業者になっている上、一早くトラックを導入したことで、他の業者に比べ有利な立場にいるとは言え、このまま値下げ合戦が続けば共倒れになりかねません。

 

そこで、彼は同業者で組合を作り正当な価格で商売を持続させようとします。ところが、土建屋の友田が横槍を入れたために、組合の結成はご破算となります。映画の舞台となる若松市は、民正党の強い地域であり、友田はその政党を応援しています。彦太郎も以前は友田と関わりがあったことから、違法すれすれの危ない橋を渡り選挙戦に協力していたのですが、次第に友田と距離を取り始め、ライバル政党の支持者である赤瀬と親しい関係になった経緯があります。友田はそのことを根に持ち、組合潰しに及んだのです。憎々しい役を得意とする小沢栄太郎には正にうってつけの役。

 

ただし、彦太郎にも言い分があり、反旗を翻した理由も十分納得がいきます。彼は基本的にノンポリで、世話を受けた人物には、相応の義理立てをしているに過ぎません。彦太郎が苦境に陥った際に、友田が知らん顔をしたのに対し、赤瀬の女房辰子(沢村貞子)が手を差し伸べたことに感謝して、その恩に報いろうとしただけです。

 

赤瀬は組合結成が破談に終わったと聞き、娘婿の阿部を彦太郎に紹介します。この娘婿を演じるのが森繁久彌で胡散臭さ満載(笑)。ただし彼は、役所仕事を熟知して、役人の泣き所を心得ています。役所は口で訴えても馬耳東風と聞き流しますが、証拠の残る書類を提出されると無視できなくなります。こうして、彦太郎と阿部は嘆願書を使って、汲取りの正規料金を勝ち取ることに成功します。

 

ただし、彦太郎はこの商売をいつまでも続ける気はなく、仕事が軌道に乗った時点で、市に会社を売却し、その金で借金を返済し、手放した土地を買い戻す腹積もりでいます。ところが、阿部から提示された彦太郎の売却に際しての権利金の分配が、あまりにも少ないことにショックを受けます。

 

傍から見てもその比率は理不尽に思えます。私なぞは、赤瀬が娘婿を使って画策したのかと疑ってしまいましたが、赤瀬夫婦の会話からそれはなかった模様。でも、赤瀬の与り知らぬこととは言え、「阿部の言うことにも一理ある」と発言すると、何だよその言いぐさはと反発も覚えます。

 

事程左様に、本来喜劇作品なのに、前述したように彦太郎の心情を思うと、心底笑うことは難しくなります。僅かに失うもののなくなった彦太郎が、最後に爆発する場面で溜飲を下げることができても、阿部、赤瀬、友田に比べると、失った代償はあまりに大きかったと思わざるを得ません。それでも、大金が入らない代わりに、家族との生活が元に戻ったことは、少しは慰めになるかもしれません。