寡婦と愛人が殺した夫の亡霊に苛まれる「愛の亡霊」を観て | パンクフロイドのブログ

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本来ならば「愛のコリーダ」がリバイバル公開中の筈なのですが、緊急事態が延長されて、都内の映画館はほぼ休館状態となっており鑑賞できていません。こちらの映画はその前に大島渚監督の特集で鑑賞いたしました。

 

シネマヴェーラ渋谷

オーシマ、モン・アムール より

 

製作:大島渚プロダクション アルゴス・フィルム

配給:東宝東和

監督・脚本:大島渚

原作:中村糸子

撮影:宮島義勇

美術:戸田重昌

音楽:武満徹

出演:田村高廣 吉行和子 藤竜也 杉浦孝昭 小山明子 河原崎建三

       川谷拓三 伊佐山ひろ子 佐藤慶 殿山泰司 佐々木すみ江

1978年10月28日公開

 

明治28年、人力車夫の儀三郎(田村高廣)は、妻のせき(吉行和子)、乳呑児の伊七(木村竜也)と暮らしていました。せきはとうに40歳を過ぎているのに、夫からは30歳そこそこにしか見えないと言われています。そんなせきの許に、兵隊帰りの豊次(藤竜也)がちょくちょく顔を見せていました。そんな折、豊次が訪ねた際に、彼はまどろんでいるせきに関係を迫り、彼女は抵抗する術もなく二人は結ばれます。それ以来二人は情事を重ねていき、豊次は次第にせきを自分だけのものにしたい想いに駆られます。

 

ある晩、せきは焼酎で儀三郎を酔い潰し、豊次と共に麻縄で首を絞めた後、死体を雑木林の古井戸に投げ込みます。村人たちは姿を見せなくなった儀三郎を訝しみますが、せきは東京に出稼ぎに行ったと納得させます。その頃、豊次は雑木林で集めた落葉を古井戸に投げ捨てる奇行が表れ始め、西家の若旦那(河原崎建三)にその現場を目撃されます。

 

それから3年の月日が経ち、村人たちは一向に帰郷しない儀三郎のことを怪しみ始めます。また、帰省した娘のおしん(長谷川真砂美)は父親が井戸の中で凍えている夢を見たと言い出すのです。更に古井戸の中に儀三郎がいると噂が流れ始め、駐在の巡査(川谷拓三)も西家のお内儀(小山明子)と若旦那に聞き込みをして、せきと豊次に目をつけ出します。豊次は殺しの発覚を恐れ、若旦那に手をかけた末、自殺に見せかけ儀三郎殺しの罪を着せようとするのですが・・・。

 

兵隊帰りのプー太郎が美魔女の色香に溺れ、共謀して彼女の夫を殺した挙句、その夫の亡霊に苛まれるというお話です。こう書くと、せきが若い男を誑し込んだ悪女のように見えますが、全くそんなことはなく、豊次が勝手に26歳年上のせきにのめり込んでいます。吉行和子と藤竜也の実際の年齢差は6歳違いで、そこはせきが異様に若く見えるという設定を呑み込むほかありません。

 

せきという女は色香を発散させている訳でもなく、むしろ日々における倦怠感を滲ませているほどです。せきの夫の儀三郎は肉体労働をしているせいか疲れ果てていて、酒を飲んですぐに眠ってしまうため、夫婦の営みはご無沙汰の模様。せきは熟れた体を持て余し気味で、豊次は暇を見つけてはそんな彼女の許に足繁く通っています。彼女は年の差があるため、豊次に恋愛感情を持つことはなかったのですが、夫から「豊次はお前に気があるのじゃないか?」と言われたことがきっかけで、男と女の仲を意識し出します。

 

更にせきが幼子に乳を与えたまま眠っていたところに豊次が通りかかり、あられもない女の姿を目にしたことによって発情し、無理矢理関係を持ちます。せきは逢瀬を重ねながらも罪悪感を抱くものの、豊次は益々せきに執着し遂には剃毛という挙に出ます。その結果、彼女は追い詰められていき、夫殺しをせざるを得ない状況に嵌っていきます。

 

ただし、重大な犯罪を実行するにしては、実際の犯行は杜撰で稚拙。たまたま家の中にあったからいいようなものの、人を殺める凶器くらいあらかじめ用意しとけよと言いたくなります(笑)。計画的と言うより、出たとこ勝負の感は否めません。儀三郎を殺して死体を片づけ、夫の不在を偽装したにも関わらず、女中奉公に出した娘のおしんが里帰りした際に、儀三郎が夢枕に立ったことを話し、村人の中にも儀三郎が夢に出てきて既に彼が死んでいることを匂わす者も出てきます。

 

その上、せきの前に亡霊となった夫が姿を現します。ただし、豊次に関しては儀三郎が姿を見せることは一切なく、徐々にせきと豊次の仲にも温度差が生じてきます。不安感に煽られたせきが豊次を頼ろうとするのに対し、豊次は人目を気にしてせきに自重を求めると言った具合に、儀三郎の殺害前と逆転現象が起きています。娘は奉公先に戻り、豊次からは何の支援も得られず、せきは孤立していきます。更に以前から二人を怪しんでいた巡査からも探りを入れられ、徐々に破滅への道へと突き進みます。

 

この映画で異色の存在は儀三郎。浮気女房と間男に殺されたにも関わらず、せきの前に現れる彼は、二人を責めるでもなく、恨みつらみを述べるでもなく、ひたすら殺される前の日常と同じ振る舞いをするのみ。この静かな佇まいが却ってせきには堪えたかも。田村高廣ならではの役どころと言ってよいでしょう。

 

佐藤慶、殿山泰司、北林谷栄、山本麟一、伊佐山ひろ子といった有名どころを、ほんのチョイ役で起用するなど、大島渚監督は本作では贅沢な俳優の使い方をしています。また、豊次と同居している頭のおかしな男を演じているのは杉浦孝昭で、謂わずと知れた「おすぎとピーコ」のおすぎ。どのような経緯でこの役が与えられたかは不明ですが、今となっては貴重な映画出演ですね。