釜ヶ崎に蠢く住民を活写する「がめつい奴」を観て | パンクフロイドのブログ

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神保町シアター

生誕100年 森雅之 より

 

製作:東宝

監督:千葉泰樹

脚本:笠原良三

原作:菊田一夫

撮影:完倉泰一

美術:河東安英

音楽:古関裕而

出演:三益愛子 森雅之 高島忠夫 草笛光子 団令子 中山千夏 森繁久彌

1960年9月18日公開

 

向山鹿(三益愛子)は大阪釜ヶ崎の一角に一泊30円の「釜ケ崎荘」を経営していました。常客は娘のお咲(原知佐子)のヒモである通天閣の雄(藤木悠)、ポンコツの熊吉(森雅之)と内縁の妻おたか(安西郷子)、ホルモン焼の小山田初江(草笛光子)と絹(団令子)の姉妹などといった面々。

 

鹿は専らがめついという評判の婆で、泊り客の管理を任せている息子の健太(高島忠夫)すらも信用せず、貯めた金を孤児のテコ(中山千夏)に見張らせています。健太と絹は恋仲で、その件に関しては鹿も初江も懸念を抱いていました。小山田姉妹は鹿が昔奉公していた地主の娘で、初江は鹿から土地を取り戻そうと考えを巡らせています。

 

そんな折、鹿の義弟の彦八(森繁久彌)が釜ケ崎荘にやって来ます。健太は彦八に焚きつけられ、鹿と争って危うく母親を殺しそうになります。一方初江は、熊吉の甘言に騙されて身体を奪われた上、土地の権利書を土建屋の升金(山茶花究)に売り飛ばされてしまいます。その結果、熊吉を探しに来た初江は、トランプ占いの店を出しているおたかの目前で、熊吉を・・・。

 

映画の冒頭から結構カマしてきて、今後の展開に期待を抱かせます。おからを買った少女が家に戻る途中、自動車の追突事故を引き起こし、早速簡易宿にいる連中に事故が起きたことをご注進。この少女テコを演じるのが子役時代の中山千夏で、非凡な才能の一端を見せます。宿泊客たちは色めき立ち、事故を起こしたドライバーを病院に搬送する手配をする一方、警察が事故検証に来る前に、破損した自動車の部品を根こそぎ掻っ攫って屑屋に売り飛ばし、警察が簡易宿を調べに来る頃には証拠の品が全て無くなっているという寸法。

 

簡易宿にいる連中は相当のワルですが、更にその上を行くのが、彼らに宿を貸している鹿。屑屋に品物を売り買いする場所を提供したとして、盗品を売って儲けた金の一割を寄越せと言うのですから、こちらも相当なタマ。鹿を演じる三益愛子は、かつて『母もの』映画で大衆の涙を絞り取り、この映画の因業ばばあとの落差が激しく楽しいです。「がめつい奴」の鹿はまず舞台で彼女の当り役となり、映画化に際しても三益が舞台に引き続き演じています。

 

欲の皮の突っ張った人物ばかり登場する中でまともなのは、土地の権利を取り戻そうとする初江と、熊吉と内縁関係にありパン屋を復活させたいおたかくらい。初江はかつて釜ヶ崎一帯に土地を所有する裕福な家庭に育ったにも関わらず、終戦のどさくさまぎれに自分の土地に鹿の簡易宿を建てられ、現在はその簡易宿に住まざるを得ない屈辱を受けています。更に初江の妹・絹は、鹿の長男・健太とは恋仲で、ちょっとした“ロミオとジュリエット”の関係になっています。ただし、二人は初江と鹿の諍いには無頓着で、自分たちが結ばれ独立できればそれで良しと思っています。高島忠夫はどことなくお坊ちゃまのイメージがつきまといますが、この映画では釜ヶ崎の住人に相応しく、荒くれ者がなかなか新鮮でした。

 

そんな簡易宿に鹿の亡くなった亭主の弟と名乗る人物がやって来ます。どうやら鹿の過去を知っており、彼女の貯め込んだ金が目当てらしいことも明らかになってきます。胡散臭さ満載でその人物を森繁久彌が演じるのですから、面白くならない訳がありません。女と金の違いはあれど、万事抜け目がなく隙あらばちょっかいをかける辺りが社長シリーズのキャラを踏襲しているようでもあり、その片鱗が本作でも窺えます。また、少々知恵遅れのテコに取引を持ち掛け、まんまと彼女に一杯食わせたと思わせておいて、実はテコのほうが一枚上手だったというオチも、千葉泰樹監督による観客目線の演出が効いていて、大衆心理を良く理解しています。

 

一方、女癖が悪く金に目のない熊吉は初江を唆し、彼女の身体を奪うばかりか、土地の権利書を手に入れると、やくざを介して大金を独り占めしようとします。しかし、土地のやくざ升金(山茶花究)も然る者。熊吉にははした金で手付金を渡し、土地を奪い取った際に残りを支払うという用心深さを見せます。升金の子分を演じる西村晃が熊吉に睨みを利かせているのもいい感じですね。一般的に森雅之にはダンディなイメージがまとわりついている一方、ダメ男を演じさせても堂に入っています。ダンディな中にもちょっとした翳りが窺えるのは、こうしたダメンズの部分が見え隠れするのが、功を奏しているのかもしれません。この映画での熊吉のクズっぷりは、成瀬巳喜男監督の「浮雲」のダメンズとは違う味わいがあり、男の風上に置けぬ数々の振る舞いが、ダメンズ好きには最低で最高!となります(笑)。こういう最低男にはそれなりの罰が必要で、この点も観客の要望通りの結末が用意されています。

 

また、多々良純と中村是好を森繁に借金を取り立てる役をさせたり、原知佐子に美人局をさせるヒモが藤木悠だったり、宿泊客の中に天本英世がさり気なくいたり、健太と絹のうどん屋に夏木陽介がいたりとチョイ役でも贅沢な俳優の使い方をしています。千葉監督は日本の喜劇によく見られる湿っぽさを排し、徹底してドライに描いています。川島雄三監督の「しとやかな獣」を猥雑にした感じと言えばお分かりいただけるでしょうか。タイトル通り“がめつい奴”ばかり揃い、不道徳極まりない映画ですが、こうした作品をお行儀の良い東宝が製作したことに、大いに意味があると思われます。