ノワール風味の西部劇 「無頼の谷」を観て | パンクフロイドのブログ

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シネマヴェーラ渋谷

フリッツ・ラング特集 より

 

 

製作年:1952年

製作:アメリカ

監督:フリッツ・ラング

脚本:ダニエル・タラダッシュ

原作:シルヴィア・リチャーズ

撮影:ハル・モーア

音楽:エミール・ニューマン

出演:アーサー・ケネディ マレーネ・ディートリッヒ メル・ファーラー ロイド・ガフ

1955年5月12日公開

 

ワイオミングに住む若者ヴァーン(アーサー・ケネディ)とベス(グロリア・ヘンリー)は近く結婚するはずでした。ところが、ベスの店に2人組の強盗が押し入り、売上金を奪った上に彼女を殺して去ります。ヴァーンは町の者と一緒に強盗の後を追うものの、州境まで来て見失います。州境を越えればワイオミングの法律が適用できず、ヴァーンは一同と別れ、単身で仇を討とうとします。

 

やがてヴァーンは、山中で強盗の1人が仲間に撃たれ、瀕死の重傷で苦しんでいるところを発見します。男は“チャック・ア・ラック”と口走り息絶えます。ヴァーンはこの言葉をたよりに州から州へ仇を探し求め、チャック・ア・ラックがメキシコ国境に近い牧場であることを突き止めます。フレンチー・フェアモント(メル・ファーラー)という無法者が、チャック・ア・ラックの女主人・オルター・キーン(マレーネ・ディートリッヒ)と親しいことを知ると、ヴァーンは町の留置場に入れられているフレンチーを脱走させ、彼と共に牧場に戻ります。

 

牧場には沢山の無法者が匿われており、オルターは男たちが仕事するたびに分け前の1割を貰っていました。ある夜、ヴァーンはオルターの胸にベスのブローチがつけられているのを目にします。ヴァーンはその出所を探るため、彼女に近づき甘言を囁きます。オルターは本気で彼に惹かれるようになり、フレンチーとヴァーンの間に気拙い空気が流れ出します。

 

そんな折、フレンチーは無法者たちと銀行強盗を企てますが、ベスを殺した犯人はヴァーンの正体を知ると、銀行強盗のどさくさに紛れて彼を殺そうとします。それをきっかけに保安官たちとの撃ち合いになり、ならず者たちにも死者や負傷者が出ます。酒場に逃げた者たちは、分け前の金をオルターに届ける役をカードで決め、ヴァーンが小細工を弄してその役を引き受けます。彼はチャック・ア・ラックに戻り、彼女にブローチの出所を巧妙に聞き出し、キンチから贈られたことが明らかになります。

 

※ネタバレしていますのでご注意ください

 

婚約者を殺されたカウボーイが、犯人を突き止め復讐しようとする話です。フリッツ・ラングは、主人公が犯人の足取りを追い、紆余曲折を経て、秘密の館チャック・ア・ラックを知るフレンチーに接触し、ならず者たちに辿り着くまでを、テンポ良い演出で話を進めています。その間にも、チャック・ア・ラックの女主人であるオルターを様々な人物に語らせていき、彼女の過去の姿を描き出させる趣向がなかなか凝っています。ヴァーンは犯人と断定できる確証を掴んでいないため、フレンチーすらも容疑者の対象となっています。したがって、観客にだけは犯人が分かっている分、この映画では神の視点で全体像を眺める面白さもあります。

 

オルターの愛人であるフレンチーですが、男でも惚れてしまうほど粋な振る舞いを見せ、しばしば主人公のヴァーンが霞んでしまうのが、皮肉な事にこの西部劇の弱点でもあります。ヴァーンを演じるアーサー・ケネディは、朴訥な感じがカウボーイにピッタリなのですが、ディートリッヒと釣り合うかと言えば、それは別問題。製作当時50歳で年齢の衰えは隠せなかったとしても、そこは流石にディートリッヒで、格の違いは否めません。更に言うと、オルターがヴァーンに惚れるのも早過ぎますね。あと、一つか二つくらい主人公を持ち上げるエピソードを付け加えないと、ヒロインがよろめくには弱すぎる気がします。

 

メル・ファーラーならば、無一文同然のオルターをルーレットの勝負で勝たせ、その報復を用心して彼女を警護する役目を引き受ける(部屋の中に入らず外で守ってあげるのが実に紳士的)二つのエピソードだけで十分ですが、アーサー・ケネディの場合は、オルターが保安官たちにならず者を匿っている疑いをかけられる場面で、ちょっとした機転で彼女を救うだけでは、せいぜい好感を持たれるのが精一杯でしょう。しかも、ヴァーンはオルターに惚れるフリをして、婚約者を殺した相手を見つけるのに利用するだけなので、どんだけ上から目線なんだよと苦笑したくなります。

 

更に彼女が身につけていたブローチを贈った相手を聞き出すと、後は用済みとばかりに、彼女が主人公に抱いている恋心を無視して、無法者たちを匿っていることを罵倒する始末。そりゃあ、彼女はスネに傷持つ身と言ってしまえばそれまでですが、ちょっと酷くね?わずかにオルターの浮気を疑っていたフレンチーに、彼女が彼を庇って殺されたことを告げるのは、せめてもの罪滅ぼしと言えるものの、オルターの名誉を回復すると言うより、男同士の友情の証のほうが強く伝わってしまいます。最初は主人公に対して気の毒と思っていた印象も、話が進むにつれ、目的のためには手段を選ばないやり方に辟易し出します。最後には復讐を遂げたものの、気分が晴れたとはとても言えません。尤も、主人公を善人と見ずに、復讐に凝り固まった男の話と捉えれば、収まりが良くなります。