ヒッチコックが夫婦の危機を描く「リッチ・アンド・ストレンジ」「スミス夫妻」を観て | パンクフロイドのブログ

パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

シネマヴェーラ渋谷

アルフレッド・ヒッチコック監督特集 より

 

リッチ・アンド・ストレンジ

 

製作年:1931年

製作:イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック

脚本:アルマ・レヴィル ヴァル・ヴァレンタイン

原作:デイル・コリンズ

撮影:ジャック・E・コックス

音楽:アドルフ・ハリス

出演:ヘンリー・ケンドール ジョーン・バリー ベティ・アマン パーシー・マーモント エルシー・ランドルフ

 

ロンドンで庶民生活を送っているフレッド(ヘンリー・ケンドール)とエミリー(ジョーン・バリー)夫妻は、フレッドの叔父から遺産を先渡しする手紙を受け取ると、夫は会社を辞め、二人で豪華客船の旅をします。ところが、フレッドは英仏海峡を横断する間、船酔いに罹りダウン。パリでは、フォリー・ベルジェールに行くものの、エミリーが赤の他人に体を触られ嫌な思いをします。地中海を巡る間も、フレッドは船酔いでベッドに寝たきり状態。この間、エミリーは署長のゴードン(パーシー・マーモント)と知り合い親しくなります。

 

船酔いから脱したフレッドは、久しぶりに船室から出ますが、甲板で行われていたテニスのボールが目に当たります。しかし、そのことがきっかけとなり、フレッドは王女(ベティ・アマン)と仲良くなります。エミリーは二人の仲睦まじい様子を目にして深く傷つきます。ゴードンはエミリーに夫と別れて、自分の元に来てくれと懇願しますが、彼女はフレッドを見捨てることができません。

 

最終目的地のシンガポールに降りると、エミリーはフレッドと王女が泊っているホテルの部屋に赴きます。彼女はゴードンの元には行かないことを宣言した上で、王女が只の庶民で、フレッドの金目当てに付き合っていることを指摘します。二人が言い合っている間に、王女はフレッドの持っていた1000ポンドを持って逃げ、彼女がベルリンで働く洗濯女に過ぎなかったことも暴かれます。夫婦はなけなしの金でホテルの宿泊費を清算すると、格落ちの蒸気船で帰国しようとします。その帰途、夫妻が乗った船が霧の中で事故を起こし、二人は船室に閉じ込められてしまいます。

 

船旅に出る前は結婚コメディに留まっているものの、夫婦が乗船して別々のパートナーを見つけてからは艶笑劇の色合いが濃くなります。更に夫婦に亀裂が生じるようになってからは深刻度も増し、それに比例するようにヒッチコックの持ち味が薄らいでいきます。したがって、前半のコメディ路線が個人的にはお気に入り。

 

開巻早々、フレッドが帰宅する際に、ギャグの連続によって、彼のボンクラぶりが表れる描写で、結構期待を抱かせます。なかなか開かなかった傘が、雨が上がった途端に開く意地悪で皮肉な笑いを含め、ヒッチコックのユーモラスな演出は相変わらず上手いです。船旅が始まってから、フレッドに対する笑いが減る代わりに、ゴシップ好きの中年女(エルシー・ランドルフ)が話の潤滑油となって、コメディ部分を一手に引き受けます。

 

話がシリアスになるにつれ、ヒッチコックも腕の見せどころがなくなっていきますが、夫婦が蒸気船で帰国しようとした際に沈没の危機に見舞われ、ヒッチ先生にとっては本領を見せる絶好の機会が訪れます。それなのに、サスペンスに工夫があまり感じられず、なし崩し的に助かるのも大いに不満。その後、二人が沈没寸前の蒸気船から金品を略奪する中国船に乗り移ってからの描写も冴えません。

 

死の危険に曝されたことにより、夫婦仲が戻る話の流れは悪くないものの、そこからエンディングに至るまでが冗長に感じられ、最後もグダグダに終わってしまいます。ヒッチコックがサスペンスに特化していない初期の作品なので、アラが目立つような感じですが、こうした試行錯誤の上に、サスペンスの巨匠に辿り着けたことを思えば、この作品もそれなりの存在価値があるかもしれません。

 

 

スミス夫妻

 

製作年:1941年

製作:アメリカ

監督:アルフレッド・ヒッチコック

脚本:ノーマン・クラスナー

撮影:ハリー・ストラドリング

音楽:ロイ・ウェッブ

出演:キャロル・ロンバード ロバート・モンゴメリー ジーン・レイモンド ジャック・カーソン

1989年2月11日公開

 

アン(キャロル・ロン・バード)とデヴィッド(ロバート・モンゴメリー)のスミス夫妻は、結婚してから3年が経ち、喧嘩をしながらも2人の愛は変わりませんでした。ところがある日、デヴィッドは彼の弁護士事務所を訪ねてきたハリー・ディーバーという老人から、役所の不手際で2人の結婚が無効であると知らされます。更にハリーは、昔から顔なじみのアンを訪ねて、同じことを告げます。アンは夫から思い出の店“ママ・ルーシー”で夕食をとろうとの連絡を受け、再びプロポーズされることを秘かに期待します。

 

ところが“ママ・ルーシー”はかなり寂れていた上に、デヴィッドがなかなか話を切り出さないため、不安と憤懣の念を抱き、とうとう夫を家から追い出してしまいます。デヴィッドは翌日からアンを追い回しますが、彼女の意志は固く、仲直りのきっかけができません。それどころかアンは、フレッドの共同経営者で昔から自分に好意を寄せてくれているジェフ(ジーン・レイモンド)と結婚すると言い出す始末。デヴィッドはアンとジェフの結婚を阻止すべくさまざまな妨害作戦を展開し、妻の心を取り戻そうとするのですが・・・。

 

「リッチ・アンド・ストレンジ」が中途半端な作品に終わったのに比べ、こちらはスクリューボールコメディに徹しています。喜劇は笑いをとると共に、観客をハラハラさせる側面を持ち、サスペンスも緊張の中に笑いを挟み込むことにより、相乗効果を増すことがあります。このようにサスペンスとコメディは切っても切れない関係にあり、おそらくヒッチコックがコメディを手掛けても、ある程度の成功を納めたでしょう。

 

ベッドから出てこない妻と、部屋に散乱する食器の数々に、何事が起きたのかと興味を抱かせる導入部からして巧い演出です。夫婦の間には喧嘩が和解するまで、部屋から一歩も出ない取り決めが交わされているらしく、夫はその約束を十分守っているに過ぎないことが徐々に分かってきます。妻の機嫌が直るまで3日も弁護士事務所を休めるとは結構な御身分ですが(笑)、その間に仕事が溜まることを思えば笑ってばかりもいられませんね。

 

仲直り後に、アンから「生まれ変わったら、もう一度私と結婚してくれる?」と尋ねられ、バカ正直に「一生独身でいる」と答えたフレッドを責められませんが、禍根を残すことになったのは事実。この些細な返事が伏線となって、後々妻の心を頑なにする原因にも・・・。そして、結婚届が無効であることが、フレッドとアンに別々に知らされたことも、トラブルの火種となります。アンはフレッドがその話をなかなか切り出さないため不安に駆られます。それでも、夫が二人の想い出の店に夕食に誘ってくれたことから、もう一度妻にプロポーズしてくれることを期待します。

 

ところが、二人が店に着くと、昔の面影は残っておらず、随分とみすぼらしい店に変わっています。こういうあたりに、ヒッチコックの意地悪さが出ていますねぇ(笑)。いくら味気ない夕食でも、プロポーズの言葉を聞ければ妻も救われるのに、全くおくびにも出さず、そのまま帰宅したため、アンも遂に堪忍袋の緒が切れて夫を家から叩き出します。確かに結婚届が無効であったことを妻に話さないフレッドに落ち度はあるにせよ、何も家から追い出さなくても・・・と考えるのは男のエゴ?

 

そればかりか、アンは独身と偽って百貨店で働こうとしたり、夫の共同経営者であるジェフに離婚訴訟の手続きを依頼した上に、彼と結婚に踏み切ろうとしたりで、フレッドにとっては踏んだり蹴ったりの仕打ち。ジェフとの結婚だけは阻止しようと奮闘する姿が、そのままコメディとして成立するのですから、この状況を作り出した時点で、シナリオの勝ち。あとは夫婦がどのようにして元の鞘に収まるかに焦点が絞られますが、ややなし崩し的に解決した感はあります。それも、涙ぐましい夫の努力があってこその結果。それで十分じゃないですか(笑)。