徳川幕府何するものぞ 「恋山彦」を観て | パンクフロイドのブログ

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神保町シアター

新春時代劇 傑作選 より

 

 

製作:東映

監督:マキノ雅弘

脚本:比佐芳武 村松道平

原作:吉川英治

撮影:吉田貞次

美術:川島泰三

音楽:鈴木静一

出演:大川橋蔵 丘さとみ 大川恵子 薄田研二 田崎潤 田中春男 伊藤雄之助

1959年9月20日公開

 

4代将軍家綱の死後、綱吉(小柴乾治)が後を継いだものの、まだ年若く、政治の実権は大老柳沢吉保(柳永二郎)に握られていました。その頃、伊那・虚空蔵山の頂きに伊那平家村と呼ばれる村がありました。その村には壇之浦の戦いに敗れた伊那宗則を祖とする平家の一族が暮らしており、一族の若者はふもとの村から嫁となる娘を、人身御供として貰い受ける慣習がありました。一族の首領・小源太(大川橋蔵)も昔からの倣いに従い、辻堂で待ち受けていましたが、娘は村の者ではありませんでした。

 

それでも、小源太はその娘・お品(大川恵子)を気に入り、館に迎え入れます。お品は婚礼の席で、吉保の愛妾おさめの方(日高澄子)が、門外不出の三味線の名器“山彦”を所望されたものの、お品の父が断わったために殺され、彼女が山彦を持って江戸から逃げてきたことを告白します。やがて、吉保の手の者が、お品が伊那平家村にいる情報を得て、高遠藩の堀親子(堀正夫・片岡栄二郎)を扇動して、村を襲わせようとします。

 

しかし、その企みは返り討ちに遭い、小源太は綱吉と吉保に直談判すべく江戸に向かいます。二人を前にした小源太は、今後伊那平家村に手出しをせぬ事と、柳沢吉保の罷免と隠居を求めます。ところが、吉保は一旦承諾したかのように油断させた上で、小源太とその仲間に対して不意打ちを仕掛けます。小源太に同行していた鐘巻七兵衛(田崎潤)、矢走右近太郎(田中春男)らは殺され、小源太自身も命からがら江戸城の堀の水に身を投じます。伊那平家村は軍勢に攻められ潰滅し、“山彦”も奪われます。お品だけは逃げ延び、小源太の身を案じて江戸へ向かいます。

 

その頃、小源太は絵師・英一蝶(伊藤雄之助)の家に匿われていました。一蝶の親友である浪人の無二斎(大川橋蔵:二役)は、小源太とは瓜ふたつで、これまでの仔細を聴くと、吉保を欺くため、敢えて小源太の身代わりとなって殺されます。吉保は小源太の死を祝い、柳沢邸で能舞台を催します。しかしその舞台には、紀伊國屋文左衛門(香川良介)の計らいで忍び込んだ小源太がいました。

 

休憩時間にロビーで寛いでいると、橋蔵の映画を観るため、わざわざ神戸から上京してきたと言う年配の女性の会話が聞こえ、思わず聞き耳を立ててしまいました。見ず知らずの年配の方たちもその話に加わり、昔の映画の話で盛り上がっていました。そして、彼女たちの会話から、現在製作されている映画やテレビドラマの時代劇を、どれほど物足りなく思っているかが、痛いほど伝わってきました。

 

私は一本の映画を観るためだけに、遠方まで出かけて行く熱意はもはや持ち合わせていませんが、「恋山彦」を観ると、くだんの年配の女性の行動力も十分頷けます。橋蔵御大を観るだけでも十分価値はありますし、配役を考えれば中規模程度の時代劇にも関わらず、かなり贅沢な作りをしているのです。チャンバラシーンはもちろんの事、大勢の捕り方が主人公を追いかける場面や、群衆描写などに如実に表れています。この点だけは、スクリーンでないと醍醐味は半減します。

 

序盤はやや退屈に感じられる部分がなきにしもあらずですが、小源太が江戸城に赴き、将軍綱吉に謁見してから、急速に物語が動き出します。話の根底には、未熟な将軍の威光を借りて、権勢を振るう柳沢吉保への反感があり、平家の末裔が江戸幕府の驕りに一矢報いることによって、カタルシスが生まれる構図になっています。

 

その主人公を支えるのが、大願成就のために命を投げ出す浪人、危険を顧みずに匿う絵師、仇討のための資金援助や能舞台にあがるまでの下準備をする紀伊國屋文左衛門であり、他者のために尽力する姿が美しく映えます。マキノ雅弘は戦前にも阪東妻三郎主演の「恋山彦 風雲の巻」を撮っており、本作はそのセルフリメイク。名品の三味線の提供を拒むという些細なことをきっかけに、平家の末裔にも幕府にも多大な犠牲が払われるシナリオがお見事でした。