救いのない「陸軍残虐物語」を観て | パンクフロイドのブログ

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私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

都内には名画座が充実しており

旧作の日本映画を観るにはいい環境と言えます。

それでもしょっちゅうかかる映画と

滅多に上映しない映画との差は如実に表れます。

例えば、私は中平康の初期作品を追いかけていますが

代表作のひとつである「牛乳屋フランキー」を未だに観ていないのは

次の機会があると楽観視しているからです。

その一方で、なかなか目にする機会のない映画は

優先して鑑賞することにしています。

「陸軍残虐物語」は後者のほうで、DVD化されているものの

あまりスクリーンではお目にかかれない映画のため

再開した東京国立近代美術館フィルムセンターに足を運びました。

 

東京国立近代美術館フィルムセンター

よみがえるフィルムと技術 より

 

 

製作:東映

監督:佐藤純彌

脚本:棚田吾郎

撮影:仲沢半次郎

美術:近藤照男

音楽:佐藤勝

出演:三國連太郎 中村賀津雄 江原真二郎 西村晃 岩崎加根子

        大村文武 加藤嘉 中山昭二 沢村貞子 今井健二 織本順吉

1963年6月14日公開

 

鈴木一等兵(中村賀津雄)と共に軍隊から脱走した犬丸弥七(三國連太郎)は、自分の身に起きた出来事を回想していました。品田中隊に配属された犬丸二等兵は、要領の悪さから古参兵に目をつけられます。中でも内務班長の亀岡軍曹(西村晃)は軍紀に厳しく、何かにつけ犬丸に鉄拳制裁を加えていました。矢崎二等兵(江原真二郎)は、そんな亀岡に取り入り、理不尽な制裁を免れていたため、仲間から顰蹙を買っています。特に軍隊で出世を願う鈴木一等兵は、財力のある大学出の矢崎を苦々しく思っていました。

 

ある日矢崎は、犬丸の特配品の饅頭を盗み、その現場を鈴木に目撃されます。亀岡を持ってしても、矢崎の不祥事をもみ消すことはできず、矢崎は鈴木に対して秘かに報復する機会を窺います。彼は犬丸が手入れした鈴木の銃の撃針を厠に捨て、自分は指を切って兵役を免がれようとします。数日後に兵器検査が行われるため、中隊は総動員でなくなった撃針を探す羽目になります。亀岡は自分の責任になるのを怖れ、矢崎を徹底的に詰問した結果、厠に捨てたことを白状させます。

 

犬丸と鈴木は悪臭が立ち込める汚物の中で、ようやく撃針を発見します。ところが、皮肉なことに兵器検査は延期され、犬丸は撃針を厠に捨てた罪に問われ営倉に入れられます。しかし、鈴木は矢崎を問い詰め、犬丸の身の潔白を証明します。戦局が悪化する中、亀岡に野戦送りの噂が流れます。

 

そんなある日、犬丸の妻・ウメ(岩崎加根子)が夫の面会にやって来ます。亀岡は言葉巧みにウメを外に連れ出し、彼女の体を奪います。たまたま、外出していた鈴木は、事を終えた二人を目撃します。見て見ぬ振りのできぬ鈴木は、犬丸に事実を告げた上で、亀岡に事の真相を迫ります。

 

しかし、亀岡はシラを切ったばかりか、下士官仲間と組んで鈴木にリンチを加え、事実を撤回させます。暴力に屈した鈴木は、犬丸に対して慚愧に堪えなく思いながら、二人で不寝番をします。鈴木が見回りをしている最中、亀岡が厠に用を足しに来ます。その姿を目にした犬丸は、真相を知りたい一心で彼の後を追うのですが・・・。

 

極まれに観終った後も打ちのめされ、しばらく後を引き摺る映画というものがあります。本作もその類に属し、軍隊内における理不尽な暴力という点において、「真空地帯」「人間の絛件」などの名作に勝るとも劣らない作品と言えます。映画は犬丸と鈴木の脱走シーンから始まり、回想形式によって事の顛末が語られてゆきます。佐藤純彌監督はデビュー作ながら成熟した演出で、苛烈極まる軍隊生活を冷徹な筆致で描いています。

 

特に主要人物4人のキャラクターの使い分けが見事。三國連太郎演じる犬丸は、愚鈍ながらも誠実な人柄で、鈴木は最初から好感を抱いています。中村賀津雄演じる鈴木は、そんな犬丸の姿を見ているうちに、軍隊内での出世が馬鹿馬鹿しく思え、一等兵と二等兵の格差を超え、同志的な関係になっていきます。

 

一方、西村晃演じる亀岡は叩き上げの下士官。軍紀に厳しく、万事につけノロマな犬丸を目の敵にします。その反面、賄賂を差し出してきた矢崎には手心を加え、その代償として除隊後には矢崎の父親の会社で良いポストに就けるよう裏取引もします。ロバート・アルドリッチの「攻撃」におけるリー・マーヴィンを意識したかのような役柄です。

 

江原真二郎演じる矢崎は、親の財力をバックに上官に取り入り、少しでも軍隊での生活を楽に送ろうと画策する大学出の若者。軍隊経験のある柴田錬三郎はエッセイの中で、大学出の兵隊の賤しさと、地方出身の無学な兵隊の高潔さのエピソードを語っていましたが、正に矢崎と犬丸にも当てはまります。

 

本作では憎まれ役となる亀岡と矢崎も、ある意味戦争の犠牲者とも言えます。亀岡は兵役中に女房が男とデキて、亀岡の子でない子供を産んだ経緯があり、女全般に対して不信感を持っています。犬丸の妻にした行為も、女房を始めとする女たちへの歪んだ復讐とも言えます。矢崎にしても亀岡と取引をして、少しでも陰湿ないじめから逃れようとしたことは責められません。犬丸や鈴木への報復は見当違いでしたが、撃茎がなくなったことで大騒ぎする組織を最後は笑い飛ばしています。人間性を失わせる組織が、人間の醜い部分を引き出し顕在化させたとも思えます。

 

4人の他にも、普段悪役や憎まれ役の似合う今井健二や大村文武を、良心派の士官候補生の役に充てたのも面白いキャスティング。若い士官候補生たちは私的制裁を加える亀岡に対して批判的ですが、二人には実戦経験がないため、気後れして強く物が言えないでいます。亀岡を始めとする下士官もそんな彼らをバカにしている節が見られ、戦後になっても続いている官僚の事なかれ主義に暗澹とした気持ちにさせられます。

 

軍隊を脱走した犬丸は女房会いたさに、自宅付近に身を潜めながら機会を窺います。しかし、ウメとは最悪の形で再会する羽目となり、彼自身もむごい方法を選んでしまいます。犬丸夫婦のみならず、鈴木も亀岡の代わりに野戦送りとなり、誰も救われないまま幕を閉じます。

 

陸軍残虐物語 予告編