台北で浮遊する男女 「台北ストーリー」を観て | パンクフロイドのブログ

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私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

しばらくユーロスペース渋谷に足を運んでいなかったら

いつの間にか座席指定のシステムが導入され

座席も新しくなっていました。

これで番号札を配って番号順に入れる都内のミニシアターは

神保町シアターやラピュタ阿佐ヶ谷のような

日本映画専門の名画座くらいになりました。

 

台北ストーリー 公式サイト

 

 

チラシより

台北市内のガランとしたマンションの空き家を訪れる男女二人。女は、ステレオをあそこに、テレビはここに、と夢を膨らませている。男は気のない様子でバッティングの素振りのフォームをしながら「内装に金がかかりそうだ」、「わたし、今度昇進するから大丈夫」。女はアジン。不動産ディベロッパーで働くキャリアウーマンだ。男はアリョン。少年時代はリトルリーグのエースとして将来を嘱望されていたが、いまは家業を継ぎ、廸化街で布地問屋を営んでいる。二人は幼なじみ。過去にはそれぞれいろいろとあったようだが、なんとなく付き合いが続いている。順調に思えたアジンの人生だったが、突然勤めていた会社が買収され解雇されてしまう。居場所を見失ったアジンは、アリョンの義理の兄を頼ってアメリカに移住し新たな生活を築こうと提案するが、アリョンにはなかなか踏ん切りがつけられない。すきま風が吹き始める二人の間に、ある過去の出来事が重なり……。

 

製作年:1985年

製作:台湾

監督:エドワード・ヤン

脚本:エドワード・ヤン チュウ・ティエンウェン ホウ・シャオシェン

撮影:ヤン・ウェイハン

音楽:ヨーヨー・マ

出演:ホウ・シャオシェン ツァイ・チン ウー・ニェンチェン クー・イーチェン

2017年5月6日公開

 

アジン(ツァイ・チン)とアリョン(ホウ・シャオシェン)は結婚こそしていないものの、ライアン・ゴズリング&ミシェル・ウィリアムズ共演の「ブルーバレンタイン」に共通する倦怠感が漂っています。「ブルーバレンタイン」が当事者の直面する物語だったのに対し、「台北ストーリー」は自分たちが置かれた状況のみならず、周囲からも現実の結婚の厳しい局面が露わになってきます。特にアリョンの友人の一人が、妻がギャンブル依存症で育児放棄をした挙句、夫と子供を残して家出した現実を見せられると、アリョンが結婚に二の足を踏むのも分かる気がします。

 

アリョンがしばらくアメリカで暮らして、遠距離恋愛が続いていた時期があり、二人の仲は必ずしもしっくりとは行っていません。アジンは同僚と不倫関係にあったことが仄めかされ、アリョンもアジンの友人である既婚者と東京で密会していたことが後になって明らかになります。この時点で既に二人の未来には暗雲が立ち込めており、更にアジンの勤めていた会社が買収されたことで、新しい会社での彼女の居場所はなくなり失業状態に陥ります。彼女はアメリカに暮らすアリョンの義兄を頼って、アメリカに移住して彼と共に新たな生活を送ることを提案しますが、アリョンは煮え切らない態度をとります。

 

アリョンは現在でこそ家業を受け継ぎ、しがない布地問屋を営んでいるものの、かつては少年野球で世界王者に輝いたほど、将来性のある選手でした。しかし、未だに過去の栄光を引き摺り、現実と上手く折り合えず、将来の展望も見えてこない状態なのです。彼と関わる人々が、ほぼ少年野球時代の人脈という点からも、アリョンの狭い交友関係を物語っています。一方アジンは、仕事柄様々な人々と関わっており、彼女より遥かに若い世代とも上手くコミュニケーションがとれています。彼らのオートバイに同乗して夜中の台北市内を疾駆したり、ケニー・ロギンスの「フットルース」が流れるクラブで一緒に過ごしたりと、広範囲な付き合いがあります。

 

過去に囚われた男と未来志向の女のすれ違いが、本作の見どころのひとつで、急速に変貌を遂げる台北の街並が物語に彩りを添えます。昔の翔んでいる女のイメージを残すアジンの容姿や、不意に訪れるアリョンの結末は、70年代の日本の青春映画を観ているような錯覚をもたらします。更に、富士フィルムやNECのネオン看板、アリョンが東京から持ち帰ったビデオテープに映る石原裕次郎のCMや1984年の日本シリーズにおける広島対阪急の試合映像などが、我々日本人から見ると郷愁を呼び覚まします。

 

エドワード・ヤンは人間関係を具体的に説明しないまま話を進行するため、最初のうちは戸惑うことも多いです。アジンと中絶費用を工面してあげた日本大好き少女との関係などは、最後までどんな繋がりだったのか分かりませんが、そんな些末なことはどうでもよくなるほど、糸が切れた凧のように浮遊するアジンとアリョンの関係性には、最後まで目が離せませんでした。

 

ヒロインのアジンを演じたツァイ・チンは、後にエドワード・ヤンのパートナーとなり(1995年に離婚)、アリョンを演じたホウ・シャオシェンは、「冬冬の夏休み」「童年往事」「恋恋風塵」「非情城市」など、台湾を代表する監督となっています。本作はホウ・シャオシェンにとって唯一の主演作であり、脚本に参加したばかりか、自宅を抵当に入れてまで製作費を捻出したとも言われています。台湾ニューシネマの最も幸福な時期の結晶と思える作品です。