パンクフロイドのブログ

パンクフロイドのブログ

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いずれも初読みの作家です。

 

失われた貌 櫻田智也

 

新潮社サイトより

山奥で、顔を潰され、歯を抜かれ、手首から先を切り落とされた死体が発見された。事件報道後、警察署に小学生が訪れ、死体は「自分のお父さんかもしれない」と言う。彼の父親は十年前に失踪し、失踪宣告を受けていた。無関係に見えた出来事が絡み合い、現在と過去を飲み込んで、事件は思いがけない方向へ膨らみ始める。

 

本書は各誌が年末に行なうミステリーのランキング特集で1位を総なめにした警察小説です。昨年は伏尾美紀の「百年の時効」も刊行されていて、奇しくも警察小説の歴史に残る二大傑作が読者に届けられた年として記憶に刻まれるでしょう。スケールの大きさでは「百年の時効」に及ばないものの、こちらは語り口の巧みさと人物造形に秀でています。そこまで回収するかと思う程、繊細な伏線の張り方も見事ですが、十中八九決まりと思われた真相に、更にもうひとヒネリ加える芸の細かさにも唸らされました。往年の社会派推理小説を思わせる地道な捜査も味わいがあり、警察組織の軋轢さえも滋味深い物語にしています。警察小説はとかく登場人物のキャラクターをおざなりされがちですが、本書は端役と思える登場人物にまで惹きつけられます。例えば皮肉屋のバーのマスターは、原尞の『沢崎探偵』シリーズにおける主人公を彷彿させ、裁判で悪徳探偵と関わった法律事務所の弁護士も掴みどころがなく、それでいて茶目っ気を見せるなど、読んでいて楽しくなります。また、父親の行方を探す少年と堅物刑事とのささやかな交流は、自然と警察官の矜持と優しさが滲み出ています。警察小説が好みならば、「百年の時効」同様に必読の書となるでしょう。

 

エディシオン・クリティーク 高田大介

 

WEB別冊文藝春秋サイトより

東京で編集者として働く真理。群馬の山奥で失われたテクストの復元に勤しむ文献学者・嵯峨野修理。修理と離婚した後も、修理の母・妙を慕って嵯峨野邸に入り浸る真理だったが……。

 

本書は編集者の真理が語り手となって、前夫の文献学者の修理が本に纏わる謎を読み解く短編集です。ただし、美味しそうな食に関する蘊蓄や元嫁と元姑とのほのぼのとした日常などで、本題に入るまでの前置きが長い(笑)。真理は夫と別れても、婚家だった嵯峨野家に入り浸っていて、距離を置いた分、前夫より結婚中より良好な関係を保ち、姑の妙とも仲が良いです。この辺りの関係は、ディック・フランシスの『競馬』シリーズにおける、元騎手で調査員のシッド・ハーレーと義父のロランド卿を連想させます。一方、実母の汐路は娘が嵯峨野家と縁が切れないことを苦々しく思っていて、修理に気のある妹の佐江も二人の関係にやきもきすると言った具合に、ミステリー部分より登場人物の関係性に目が向きがち。著者は小説家であると共に、印欧語比較文法・対照言語学の研究者でもあるため、専門知識を必要とするミステリーの部分は、学のない私には些か辛いものがありました。それでも古書店で辞書を買い上げた人物を特定し、買い上げた目的まで読み解く過程などは面白く読めました。また、古書に挟まれた手書きの正誤表は、知識をひけらかすのではなく、より良い本を作ってもらいたい願いが込められていることも、学者らしい視点で頷けるものがありました。Xにつけられるコミュニティノートも斯くありたいですね。

 

朝からブルマンの男 水見はがね

 

東京創元社サイトより

一杯二千円もするコーヒーを週に三度注文しては、飲み残していく客「朝からブルマンの男」、途中下車して遅刻しそうだった友人が、先に行った自分となぜか同時に高校入試の会場に到着した「受験の朝のドッペルゲンガー」、単身赴任中の父親が帰宅する金曜日の夕食だけ味が落ちるという、郷土料理研究会の会員宅のご飯の秘密「ウミガメのごはん」など、桜戸大学ミステリ研究会の二人組が出合った謎を描く全五編を収録。

 

本書は女子大生二人が日常のちょっとした謎から、その奥に潜む真相を手繰り寄せる短編集で、事件性のあるものもあれば、他愛ない真実に拍子抜けするものも混じっています。本題に入る前のマクラも良く練られています。コナン・ドイルの「赤毛連盟」、江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」、ウミガメのスープを食べた男がその直後に自殺した謎かけ、西村京太郎の「蜜月列車殺人事件」と上野東京ラインの高架線ができた経緯等を引用しながら、読者を巧みに物語に引き摺りこんでいきます。また、思慮深く優秀な探偵役の葉山緑里と、想像力豊かで少々ポンコツな助手役の冬木志亜は、対照的なキャラクターでありながら、互いに無くてはならない存在であることが示されている点も、心地良さを感じさせます。表題作はブルーマウンテンではなくそちらに仕掛けがあったのか!と感嘆し、「学生寮の幽霊」では一瞬バブル期を思い出させ、「ウミガメのごはん」では関西人の旺盛なサーヴィス精神にほっこりさせられました。そして、「受験の朝のドッペルゲンガー」は誤解が解けたことに温かい気持ちにさせられ、「きみはリービッヒ」は共同研究を通じて異体性の存在を発見したリービッヒとヴェーラーの関係性を、そのまま志亜と緑里に重ね合わせたくなりました。

ラピュタ阿佐ヶ谷

血湧き肉躍る任侠映画 其の弐 より

 

製作:東映

監督:小沢茂弘

脚本:小沢茂弘 笠原和夫

撮影:鈴木重平

美術:大門恒夫

音楽:津島利章

出演:鶴田浩二 藤山寛美 山本麟一 待田京介 天津敏 若山富三郎 工藤堅太郎 藤純子

1966年11月19日公開

 

左目の潰れている匕首居合の名人半次郎(鶴田浩二)、隻腕の拳銃使いの鉄砲松(藤山寛美)、盲目の吹針の達人猪の勝(待田京介)、右足に義足をはめた拳法の達人一貫(山本麟一)は、一貫の弟鉄山(若山富三郎)の出所を祝うため金を稼いでいました。ところが、鉄砲松が不用意に刑事に発砲したことから、四人は警察に追われる身となります。それでも、彼らは金森木材の職人が難儀しているところを助けたため、女主人あき(藤純子)からもてなしを受けます。

 

一方、あきの弟林太郎(工藤堅太郎)は芸者梅千代(三島ゆり子)を身請けしようとして、姉に金の無心をしていました。しかし、梅千代の裏には金森木材のライバル岩崎木材の岩崎源之助(天津敏)が居たため、あきは色好い返事をしませんでした。その頃、金森木材と岩崎木材は県有林の払い下げの権利を競っていました。結果的にあきの店に落札されましたが、岩崎は林太郎が梅千代に執心しているのを利用して、県有林の払い下げの権利を奪おうとします。

 

また、一貫は鉄山と再会したものの、弟が既に1年前に出所して岩源一家に用心棒として雇われていることを知らずにいました。ある日金森木材を融資している大岡嘉平(田中春男)が何者かに殺され、容疑が林太郎にかかり逮捕されます。半次郎は林太郎の無実を信じ脱獄させますが、資金の道を断たれたあきは苦境に陥ります。半次郎は世話になったあきのために、ひと肌脱ごうとするのですが・・・。

 

身体障碍者ばかりの渡世人を描いた「博徒七人」の二匹目のドジョウを狙ったのかは不明ですが、本作も身体にハンデを背負ったやくざ者たちの活躍が観られます。ただし、題名にあるお尋ね者は冤罪の工藤堅太郎と田中春男を殺した若山富三郎を含めても一人足りませんし、身体障碍者に関しても顔に痣のある工藤堅太郎を入れたとしても五人しか居なく、看板に偽りありと言いたくなります。

 

それはともかく、人間性に問題はあっても腕は確かな小沢茂弘が監督し、数々の名作を放った笠原和夫が脚本を手掛けているだけあって、手堅い任侠映画に仕上がっています。ただし、4人のやくざ者が身体障碍者という以外は特徴がなく、従来の任侠映画を踏まえた作りになっているため目新しさはありません。したがって、見どころは役者の芝居にかかってきます。

 

前作の「博徒七人」の鶴田浩二はやや金にがめつい面があり、その点は新鮮でしたが、今回は従来の筋を通す渡世人に徹しています。コメディーリリーフの藤山寛美も拳銃使いを除けばいつも通り笑いを取る役で、陽性キャラの待田京介と絡む場面が多くなっています。身体障碍者同士が障碍ネタで罵り観客を笑わせる辺り、当時の表現に関しての大らかさが伝わってきますね。

 

今回注目したのは山本麟一。弟想いの兄が実にチャーミングで、名古屋弁の台詞と相まって可愛らしく思えてきます(笑)。しかも、弟役が若山富三郎と言うのもポイントが高い。仲間と弟との板挟みになる上に、悪役の天津敏に対しても弟が世話になった恩義があり、渡世人として義理を果たす必要に迫られる美味しい役を演じていました。

 

紅一点の藤純子は、材木屋の女主人にしては、彼女の実年齢を考えると些か若すぎる感じがして、同じ東映所属の女優ならば6歳年上の佐久間良子が適役のように思えました。普段より厚化粧気味だったのは年齢を高く見せようとしたためでしょうか?

 

プログラムピクチャーは撮影所システムのおかげで、量が質を担保する面もありました。とは言え、同じジャンルばかりを撮っていれば、観客に飽きられるのは自明の理。東映の看板であった任侠映画も乱作が祟り、勢いに陰りが出始めていました。手を変え、品を変えても、その流れを押しとどめることはできなかったようで、この身体障碍者のシリーズも二作で打ち止めになりました。

 

 

 

HELP 復讐島 公式サイト

 

チラシより

コンサル会社の戦略チームで働くリンダは、誰よりも数字に強く有能。しかし、新たな上司となったブラッドリーはパワハラ気質で、仕事はできるが不器用な彼女は早速、目をつけられてしまう。ある日、出張中の飛行機事故によって、リンダはブラッドリーと無人島で二人きりになってしまう・・・!絶体絶命の状況の中、唯一の趣味であるアウトドアの知識を生かしながら、無人島に適応していくリンダと、ケガで自由に動けないブラッドリー。それでも以前と変わらず上から目線で命令を繰り返す彼に、リンダは「もうオフィスはないのよ」と冷酷に告げる---。そして、彼女の心の奥底に溜まっていた復讐心が、ついにあふれ出す。立場や上下関係が次々と逆転するその先には、誰ひとり予想できない“大どんでん返し”が待ち受けていた。

 

製作:アメリカ

監督:サム・ライミ

脚本:ダミアン・シャノン マーク・スウィフト

撮影:ビル・ポープ

美術:イアン・グレイシー

音楽:ダニー・エルフマン

出演:レイチェル・マクアダムス ディラン・オブライエン

              エディル・イスマイル デニス・ヘイスバート

2026年1月30日公開

 

その昔、「流されて・・・」というイタリア映画がありまして、そちらはブルジョワジーの奥方と召使の男が地中海の孤島に漂着して、立場が逆転する話でした。本作は男と女の立ち位置を入れ換えて、パワハラ新社長に嘲られた女性社員が、飛行機事故によって九死に一生を得た後、無人島に辿り着いたことから、社長に意趣返しをする物語になっていました。

 

リンダは数字に強く仕事に関しても有能なことから社長に気に入られて、副社長の椅子を約束されていましたが、社長の急死によって息子のブラッドリーが引き継ぐことになり冷遇されます。リンダ自身も仲間と巧く溶け込めず、自己アピールが強すぎることもあって、社内では浮いていて、部長職の割には周囲から軽く見られがちにされています。

 

ブラッドリーはかなり問題のある人物ですが、実務に関しては有能でも管理職に向いているとは限らず、必ずしも彼がリンダの昇進を見送ったのは間違いとも言い切れません。尤も仕事中にゴルフのパッティングの練習をする最高責任者や、世渡りだけ巧く仕事のできない社員が優遇される風通しの悪い企業は、遅かれ早かれ潰れる運命にあると思いますけどね(笑)。

 

リンダは重役たちと共にタイに出張しますが、その道中で飛行機のトラブルに見舞われます。幹部たちがロクデナシばかりなので、飛行機事故の際の浅ましいほどの彼らの描写は、笑えるくらいスカッとします。

 

結局生存者はリンダとブラッドリーのみで、二人は否応なく無人島での生活を強いられます。アウトドアを趣味にしているリンダは、無人島での暮らしにすぐさま適応できたのに対し、ブラッドリーは自分の置かれた立場を弁えず相変わらず彼女に対して支配する態度を取り続けます。

 

勿論、リンダはブラッドリーには従わず、自分が居ないとどうなるかこれ見よがしに苦痛を味わわせ、立場が逆転したことを思い知らせます。ブラッドリーは腸が煮えくり返り、彼女に殺意を抱いてもおかしくないのですが、リンダなしでは自分も生き残れないため従わざるを得ません。

 

リンダにあまり危機感や悲壮感が見られないのは、自分が支配する側に回ったことも大きいでしょう。そのことだけではなく、彼女が島に関してある情報を握ったからであり、ブラッドリーをある場所に近づけさせないため布石も打ちます。

 

ところが、リンダにとって予想だにしなかった出来事が起きます。その結果、彼女の本性が露わになり、徐々にホラーの要素も濃くなってきます。島の秘密に関しては都合良過ぎてしらける上に、結末も皮肉が利いているとは思えませんが、支配と服従が逆転する話としては、笑える箇所もあって結構楽しめました。また、仕事が評価されず鬱屈を抱える女性の映画としては、同じサム・ライミの手掛けた「スペル」とも親和性が高いように思えましたね。

 

劇中でリンダがアゲアゲになるブロンディの曲

 

 

ランニング・マン 公式サイト

 

チラシより

職を失い、娘の治療費に困るベンは、巨額の賞金が得られるというリアリティショー「ランニング・マン」に参加する。しかしその実態は、殺人ハンターの追跡に加え、全視聴者すら敵になる、捕まれば即死の30日間の“鬼ごっこ”、生存者ゼロの究極のデスゲームだった。

 

製作:アメリカ イギリス

監督:エドガー・ライト

脚本:マイケル・バコール エドガー・ライト

原作:スティーヴン・キング

撮影:チョン・ジョンフン

美術:マーカス・ローランド

音楽:スティーブン・プライス

出演:グレン・パウエル ジョシュ・ブローリン コールマン・ドミンゴ

             ウィリアム・M・メイシー リー・ペイス マイケル・セラ

              エミリア・ジョーンズ ダニエル・エズラ

2026年1月30日公開

 

アーノルド・シュワルツェネッガーが主演したオリジナルの「バトルランナー」は未見ですが、正直あまりそそられる映画ではありませんでした。それでも、エドガー・ライトが監督を手掛け、地元のシネコンでも公開されたため、劇場まで足を運ぶ気になりました。

 

舞台はアメリカにも関わらず、極端な格差の上に、政府を批判するデモや労働運動は禁止され、監視体制の敷かれた管理社会。寧ろ、日本のお隣の国に相応しいディストピアの物語が繰り広げられます。

 

国民の不満を逸らすのが目的かどうか定かでありませんが、刺激的なゲームを見せることで、視聴者を釘付けにしているのが大規模な“鬼ごっこ”をする番組の「ランニング・マン」。30日間逃げおおせれば多額の報酬を得られる一方、ハンターに捕獲されればその場で処刑される残酷なルールが科せられます。しかも、逃走者の有力な情報を提供した者にも、賞金が与えられるという、密告を推奨するような嫌な番組(笑)。

 

こんなモラルもへったくれもない番組に参加するのは、勿論、生活に困窮する社会の底辺に居る人々。主人公のベン・リチャーズは会社の不正を摘発したことで解雇された経緯があり、幼い娘の薬代を稼ぐためデスゲームに参加せざるを得なくなります。

 

逃走者は身を隠そうにも街の到る所に監視カメラが設置されているだけでなく、視聴者が常に目を光らせている圧倒的に不利な状況に置かれています。更に定期的に自分が生きていることを証明するビデオを送ることが義務づけられていて、ハンターが投函先から痕跡を辿りやすい仕組みになっています。

 

前半はこの“鬼ごっこ”の攻防で面白く観られたものの、途中からはさすがに飽きてきます。また、劇中では番組を告発する動画配信者らしき人物も現れますが、人々が情報をテレビのみに頼っている様子は、さすがに現在からすると違和感が生じます。スティーヴン・キングの原作はSNSが普及していない時代に書かれたことを考慮すれば、この部分はもっと現代的に書き換えて良かったように思いますね。ただ、テレビが情報操作や印象操作をする点は昔から変わっておらず、そこだけは妙にリアルでしたけど・・・。

 

この映画では散々主人公を振り回した悪徳プロデューサーのダン・キリアンを如何にギャフンと言わせ、観客に快感を与えるのが一番の見どころとなります。一応娯楽作の定石に則った結末になっているとは言え、世論を味方につける決定的な場面に欠け、世論がなし崩し的に主人公に靡いたように映った点に物足りなさを感じてしまいました。

 

劇中ではストーンズのカバー曲が使われていましたね

 

恋愛裁判 公式サイト

 

チラシより

人気上昇中のアイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」でセンターを務める山岡真衣は、中学時代の同級生・間山敬と偶然再会し、恋に落ちる。アイドルとして背負う「恋愛禁止ルール」と、抑えきれない自身の感情との間で葛藤する真衣。しかし、ある事件をきっかけに、彼女は衝動的に敬のもとへ駆け寄る。その8ヵ月後、事態は一変。所属事務所から「恋愛禁止条項違反」で訴えられた真衣は、事務所社長の吉田光一、チーフマネージャーの矢吹早耶らによって、法廷で厳しく追及されることとなる。

 

製作:東宝 ノックオンウッド agehasprings ローソン

監督:深田晃司

脚本:三谷伸太朗 深田晃司

撮影:四宮秀俊

美術:松崎宙人 長谷川功

音楽:agehasprings

出演:斎藤京子 倉悠貴 仲村悠菜 小川未祐 今村美月 桜ひなの 唐田えりか 津田健次郎

2026年1月23日公開

 

題名に“裁判”の文字が入っていますが、所属事務所とアイドルとの訴訟を巡る裁判劇を期待していると、肩透かしを食わせられます。どちらかと言えば、アイドルとファン及び恋人との距離に関して葛藤する物語となっています。したがって、序盤はアイドルグループの活動や彼女たちの日常亜生活が描かれ、メンバーの一人のやらかしによって、ヒロインがアイドルの恋愛に疑問を呈していく流れになります。

 

恋愛禁止と謳っているものの、清水菜々香はファンの一人と密かに交際しており、デートの際には同じメンバーの山岡真衣と大谷梨紗を同行させることでカムフラージュしています。そのデート中に、真衣はかつての同級生で現在は大道芸人をしている間山敬と再会します。後日、菜々香とファンの逢引きがカラオケルームで行われ、同席していた真衣、梨紗、敬たちは気を利かせて、二人だけにしてあげます。

 

ところが、菜々香が裏アカウントでカラオケルームでの親密な様子の写真をアップしたため、彼女はSNSで叩かれた上に、新曲におけるセンターの位置も剥奪されます。更に、交際していたファンとは別れ、握手会に暴走した別のファンが現れたことで、傷害沙汰の事件にまで発生します。それにしても、いくら親しい人間だけとは言え、裏垢に親しいファンとのツーショットを載せるのは脇が甘すぎ。

 

真衣は恋愛禁止のみならず、所属事務所に全て自分たちが管理されていることに鬱屈を抱えており、菜々香の引き起こした事件が引き金となって、衝動的に逃亡してしまいます。彼女が所属事務所にどのように反抗したのかは具体的に見せず、物語はいきなり8ヶ月後に飛び、所属事務所に裁判で訴えられる場面から始まります。

 

一応裁判の描写はあるものの、原告と被告との攻防もなく、極めて薄く描かれています。原告側の弁護士も優秀には見えず、深掘りしなかったのは正解だったかもしれません(笑)。一方、真衣は裁判費用を巡って敬との関係にもひびが入り始めます。そんな最中、所属事務所の事情が変化し、真衣と敬にある提案が持ちかけられます。その提案に対し、真衣がどのような決断を下すのかが、終盤の見どころとなってきます。

 

昔からアイドルは神聖化される傾向にあり、恋愛禁止も暗黙の了解とされていました。昔と違うのは、アイドルが手の届かぬ高嶺の花だったのが、握手会などでアイドルとの交流が身近になったことによって、ファンの意識が多少なりとも変化したことでしょう。

 

真衣が最終的に下した決断は、事務所からのお仕着せに唯々諾々と従うのではなく、自らの意思で道を開こうとすることを意味しており、それは自分のみならず、後に続く後輩たちのことを想っての選択の結果だったように思います。そのことを踏まえると、一番肝心の所属事務所の状況が変わった後の裁判の模様を一切見せることなく、結果だけを伝えるのは、一番見たいところをお預けされたようなモヤモヤ感だけが残りました。

さよならジャバウォック 伊坂幸太郎

 

双葉社サイトより

結婚直後の妊娠と夫の転勤。その頃から夫は別人のように冷たくなった。彼からの暴言にも耐え、息子を育ててきたが、ついに暴力をふるわれた。そして今、自宅マンションの浴室で夫が倒れている。夫は死んだ、死んでいる。私が殺したのだ。もうそろそろ息子の翔が幼稚園から帰ってくるというのに…。途方に暮れていたところ、2週間前に近所でばったり会った大学時代のサークルの後輩・桂凍朗が訪ねてきた。「量子さん、問題が起きていますよね?中に入れてください」と。

 

パワハラ、モラハラの夫を弾みで殺してしまった妻が、大学時代の後輩の助けを借りて殺人を隠蔽するサスペンスのつもりで読んでいたら、邪悪なものが人間の身体に取り憑く「ヒドゥン」のような物語でした。更に終盤には妻の状況が根底から覆される事実が明かされ、伊坂幸太郎が一筋縄では行かない小説家であることを改めて思い知らされました。彼の作品には映画や音楽に関する小ネタが度々仕込まれていて、本書でもフィル・スペクター、チャールズ・マンソンのエピソードを匂わせ、ビートルズのある楽曲も重要な鍵となっています。ただし、著者が元ネタを具体的に示さないため、読者はそれが何かを探る楽しみもあります。語り口の巧みな作家なので、途中でダレることもなく一気に読め、罪を犯した妻もそのオチならば十分償ったと解釈でき後味も良かったです。因みに題名にあるジャバウォックとは、ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」の中で展開される劇中詩に出てくる正体不明の怪物です。

 

ジャバウォックを亀に移す際に用いられる曲です

 

贖罪のマンティス 前川裕

 

光文社書籍情報サイトより

8人もの男性を性行為ののちに殺した浅井美奈。その特異性はロープと手斧を使用した極めて残虐な殺害方法にも顕著だった。壮絶な逮捕劇の果てに身柄を拘束され、そして2020年、世間を震撼させた彼女の死刑が執行される。将来を嘱望される水泳選手だった浅井はなぜ凶行に至ったのか。過去の深淵を窺くほどに浮かび上がるのは、凄絶な怨嗟の叫びだった。

 

プロローグで浅井美奈が既に連続強盗殺人犯として死刑が執行されたことを明かしているため、本編では彼女が犯行に及んだ経緯が描かれていきます。同時に、殺人犯を追う二人の刑事の捜査活動も並行して描かれ、性暴力によって身を持ち崩した女性の悲惨さが明かされていきます。更に、美奈の刑が執行された後に、彼女の娘の美野里が教誨師の田島玄侑を訪れ、美奈と彼女の兄の富之との“交換ノート”を見せてから、新たな疑惑も浮上してきます。そして、最終的に美奈が殺人の一線を越えたのは何に原因があったのかに焦点が絞られてきます。エピローグに到っても、美野里の出自を始め、いくつかの疑惑は謎のまま残り、人によっては消化不良の感の印象を与えるかもしれません。その一方で、余白を残した分、フィクションに生々しさが加わったとも受け取れます。著者は前作の「K 時代の恋人」でも藤圭子をモデルにした人物を登場させたように、本書では山崎ハコの「望郷」「きょうだい心中」を効果的に使い、団塊の世代より少し後の世代を感じさせました。

 

暁星 湊かなえ

 

双葉社オフィシャルサイトより

現役の文部科学大臣で文壇の大御所作家でもある清水義之が全国高校生総合文化祭の式典の最中、舞台袖から飛び出してきた男に刺されて死亡する事件がおきた。逮捕された男の名前は永瀬暁、37歳。永瀬は逮捕されたのち、週刊誌に手記を発表しはじめる。そこには、清水が深く関わっているとされる新興宗教「世界博愛和光連合(通称:愛光教会)」に対する恨みが綴られていた。暗闇の奥に隠された永瀬の目的とは──。

 

本書は統一教会に恨みを抱き、元首相を暗殺したテロリストを連想させる内容になっています。そして、殺人犯の視点で書かれた手記のパートと、人気作家がフィクションのていで書いたパートの二つで構成され、この二つのパートから新興宗教団体に纏わる深い闇と文科大臣の暗殺がどのように繋がるのかが読みどころとなっています。殺人犯の母親と人気作家の小説に登場する母親のどちらも教団に搦め取られ、子供たちが大変な目に遭わされる様は、“イヤミスの女王”の本領を発揮しています。その一方で終始滅入るような気分で読まされる上に、殺人犯の手記の最終章を読む前に、人気作家の小説のパートを読んだあとで読むことをおすすめしますと、思わせ振りの書き方をしている割には、然程意外性も驚きもなく拍子抜けしてしまいました。ただ、夜明け前は一番暗くとも、必ず日は昇り、そこには輝く星があるという著者のメッセージは確実に伝わったように思います。

MERCY/マーシー AI裁判 公式サイト

 

チラシより

凶悪犯罪が増加し、厳格な治安統制のためにAIが司法を担うことになった近未来。ある日、敏腕刑事のレイヴンが目を覚ますと、妻殺しの容疑で<マーシー裁判所>に拘束されていた。冤罪を主張する彼だったが、覚えているのは事件前の断片的な記憶のみ。自らの無実を証明するには、AIが支配する世界中のデータベースから証拠を集め、さらにはAI裁判官が算出する“有罪率”を規定値まで下げなくてはならない。無実証明までの<制限時間は90分>。さもなくば<即死刑>--。

 

製作:アメリカ

監督:ティムール・ベクマンベトフ

脚本:マルコ・ヴァン・ベルレ

撮影:カリッド・モタセブ

美術:アレックス・マクダウェル

出演:クリス・プラット レベッカ・ファーガソン アナベル・ウォーリス クリス・サリバン

2026年1月23日公開

 

AIが裁判官の役目を果たす設定から、観る前はてっきりSF寄りの作品と思っていました。しかし本編を観ると、安楽椅子探偵物の本格ミステリーでした。更に被告人が限られた時間内に無実を証明しなければ即死刑となるため、タイムリミットサスペンスの要素も加えられています。

 

被告人にとってはかなり不利な条件ですが、唯一AIの持つデータベースからアクセスする権利が与えられています。その権利をフル活用しながら手掛かりを掴み、裁判所に拘束されている中で、真犯人を見つけ出すことが見どころとなっています。

 

有力な証拠を見つけてきた場合は“有罪率”が下がり、逆に有力な容疑者を見つけても物的証拠が提示できなければ数値は変わらずと言った具合に、AIの判定は実にシビア。次第にAIのマドックス判事が憎らしく思えてきます(笑)。

 

本格ミステリーの定石通り、怪しいと思った人物の容疑が次々と消えていく中、レイヴンは妻殺しの裏に意外な真相が隠れていたことに辿り着きます。更に事件が一段落した後も、犯行のきっかけとなったことに対してもうひとヒネリ加えられていて、こちらもなかなか気が利いていました。

 

物語自体は息つく暇もなく、次から次へと新しい事実が浮かび上がり、性急に証拠集めしようとするレイヴンに、マドックス判事がイラッとくるほど冷静且つ適切な忠告で彼を鎮めようとするので、最後まで飽きずに観られます。

 

ただ、アクセス制限があるとは言え、防犯カメラの録画、携帯の通話記録と位置情報ばかりか、警察の内部情報まで簡単に閲覧できてしまう社会は、それはそれで怖いかも・・・。

アウトローズ 公式サイト

 

チラシより

休職処分中のロサンゼルス郡保安局刑事ニック(ジェラルド・バトラー)は、銀行強盗事件ののち逃亡したドニー(オシェア・ジャクソン・Jr)の行方を追って、単身ヨーロッパへ。やがて、ドニーが窃盗を繰り返す犯罪組織と行動を共にしているとの情報を掴んだニックは、世界最大のダイヤモンド取引所を狙う壮大な強盗計画に巻き込まれていく。緻密な作戦を立てる悪名高き窃盗団や、ダイヤを奪おうとするマフィアの陰謀が交錯するなか、ニックとドニーがまさかの共闘!?型破りな刑事と不屈の強盗犯の予測不能な運命はいかに---。

 

製作:アメリカ カナダ スペイン

監督・脚本:クリスチャン・グーデガスト

撮影:テリー・ステイシー

音楽:ケヴィン・マトリー

出演:ジェラルド・バトラー オシェア・ジャクソン・Jr

             エヴィン・アフマド サルヴァトーレ・エスポジト

2026年1月23日公開

 

前作の「ザ・アウトロー」は7年前に観た筈なのに、すっかり忘れていました。自分の記事を遡って読んでみても全く思い出せず、本作におけるニックとドニーとの会話から、前作ではニックが最後にドニーに一杯食わされたことを辛うじて憶えていたほど真っ新な状態で鑑賞しました。ニックとドニーの因縁をもう少し憶えていれば、もっと楽しめたのにと思いつつも、この新作も1週間も経てば忘却の彼方になっているでしょうね(笑)。

 

強盗団がベルギーのアントワープ空港の格納庫に収まっている飛行機からダイヤを盗み出す冒頭からして小気味よいです。その手口がドニーの犯行と似ていたことで、ニックは手掛かりを求めてフランスへ飛び、ドニーの足取りを追います。一方、強盗団は盗んだダイヤを足掛かりにして、ダイヤモンド取引所に眠る獲物を狙おうとしていました。

 

やがて、ニックはドニーを見つけ、彼を脅して一味の仲間に入ることに成功します。ニックは強盗団に入る前に、フランス警察にはドニーの存在を知らせなかったため、単独で囮捜査をしようとしているのか、ニック自身が闇社会に落ちたのか、判断がつきかねる展開になります。ニックも強奪計画の実行中は仲間との一体感もあるため、彼の目的が益々読めなくなります。

 

強奪計画が着々と進む一方で、強盗団が飛行機から盗んだダイヤがイタリアのマフィアの物だったことが明かされ、ニックとドニーが拉致され、二人はマフィアから取り戻すよう命じられます。

 

一応二人には制裁が加えられたものの、かなり甘い罰にも感じられます。二人を殺すより、利用して取り戻すという実利的な判断が下されたのでしょうが、これ以外にも窮地に陥った時は手助けするなど、結構甘い対応をしているのですよ。強奪計画が進む中、マフィアも強盗団からブツを横取りする展開になっていれば、もっとサスペンスが生じたと思うのですが・・・。

 

それでも、強奪の準備と実行描写はなかなか面白く観られ、都合良すぎる点はあるにせよ、ケイパーものとしては十分合格点に達しています。結末は言わぬが花ですが、ニックはいい仕事をしたとだけは言っておきましょう。ラストの場面を観る限りでは、まだ続編を作りそうな雰囲気を醸し出していて、ジェラルド・バトラーが体の動けるうちに製作してもらいたいですね。

 

 

ラピュタ阿佐ヶ谷

昭和100年!永遠の九ちゃん! 坂本九MOVIES

 

製作:松竹 マナセプロダクション

監督:市村泰一

脚本:柳井隆雄

原作:夏目漱石

撮影:小杉正雄

美術:浜田辰雄

音楽:古賀政男

出演:坂本九 加賀まりこ 古賀政男 牟田悌三 三波伸介 大村崑 藤村有弘 三木のり平

1966年8月13日公開

 

小川大助(坂本九)は、数学教師として四国松山の中学校に赴任しました。彼は早速、校長には狸(古賀政男)、教頭には赤シャツ(牟田悌三)、数学主任の堀田には山嵐(三波伸介)、教頭の腰巾着の吉川には野だいこ(藤村有弘)、英語の古賀はうらなり(大村崑)という具合にあだなをつけます。逆に大助も生徒たちから坊っちゃんとあだ名をつけられました。

 

そんな折、気の短い江戸っ子の大助は、生徒たちのゆったりした松山弁がまだるっこしく、生徒たちも大助が彼らを馬鹿にしていると誤解した末に、宿直の大助の布団にイナゴを入れる事件が起きます。大助と生徒は険悪な雰囲気になりますが、生徒の中に片腕のない者がいたことを知らずに詰ったことを、大助が素直に謝ったことから徐々に両者の間の距離が縮まってきます。また、大助はだんご屋の娘小夜(九重佑三子)と親しくなり、彼女の弟から上級生からいたずらの案を求められたのをきっかけに始まったことも知らされます。

 

ある日大助は、うらなりの婚約者のマドンナ(加賀まりこ)に、赤シャツが横恋慕した挙句、うらなりを九州に転勤させようと画策していることに憤慨し、山嵐と共にたぬき校長に抗議に行きます。しかし、教頭に首根っこを掴まれている校長は、二人の説得に耳を貸さず失敗に終わります。逆に赤シャツは生徒同士の喧嘩の仲裁に入った坊っちゃんと山嵐を悪者にして、二人を学校から追い出そうとするのですが・・・。

 

坂本九主演の映画なので、勿論劇中では彼の歌が流れ、ご本人にも歌う場面が用意されています。その意味では、美空ひばりと同じ正統派のアイドル映画と言えます。お嬢が沢島忠監督と組んだ時の時代劇で見せるような快活で明朗な爽やかさがこの映画にもあり、坂本九が硬派で一片の曇りもない真っ直ぐなキャラクターを演じている上に、生徒のいたずらに対しても決して暴力に訴えることはせず、正論で諭していくことに心地良さを感じました。

 

その事に加えて、主人公のみならず脇を支える役者陣も、役柄に相応しい好演をしています。主人公の理解者となる山嵐には三波伸介を起用し、しっかり相棒感を醸し出しています。劇中では当時流行った「びっくりしたなぁ、もう」の台詞があるのも笑えます。昭和を代表する大御所の作曲家の古賀政男がたぬき校長を演じていること自体が貴重であり、小使い役の三木のり平は然程見せ場がなくても惚けた味をしっかり爪痕として残していました。善良だが頼りないうらなりも大村崑にぴったり。

 

坊っちゃんと山嵐の敵役となる赤シャツの牟田悌三や野だいこの藤村有弘も正に適役。藤村有弘の場合は狡猾な役を何度も演じているのであまり驚きはありませんが、子供の頃にテレビドラマの実写版『忍者ハットリくん』や『ケンちゃん』シリーズを見ていた世代には、牟田悌三が気障で好色な上に腹黒い役も嵌るのが意外でした。

 

坂本九に絡む女優陣に目を転じると、汽車の中で出逢う香山美子、マドンナ役の加賀まりこ、だんご屋の娘の九重佑三子と、いずれも魅力的。夫婦と間違われて同じ部屋に泊まることになった坊っちゃんに対し、大人の余裕を見せる香山美子が時折妖艶に映ります。加賀まりこのお嬢様役は彼女にとっては演じ甲斐がなかったように思えますが、観客にとっては当時の可愛らしい顔立ちだけで彼女をいつまでも見られます。子供の頃に『コメットさん』を見ていた者には、親しみやすく庶民的な娘役に九重佑三子はドンピシャで、坂本九の相手役にしても三人の中では一番適していました。

 

手垢のついた感のある夏目漱石の原作の映画を楽しめたのは、ひとえに市村泰一の手堅い演出によるところが大きいですが、適格な配役と脇役陣の芝居もかなり貢献していたように思います。日頃血生臭い映画やクセの強い映画を観てきているせいか、たまにこのような清々しい映画を観ると心が洗われるようでした(笑)。

 

ジャケットあらすじより

大学を卒業し、ジャーナリストを目指してNYにやってきたアンディ。オシャレに興味のない彼女が手に入れた仕事・・・それは一流ファッション誌“RUNWAY”のカリスマ編集長ミランダ・プリーストリーのアシスタントだった。しかし、それは今まで何人もの犠牲者を出してきた恐怖のポストであり、ミランダの要求は悪魔的にハイレベル!朝から晩まで鳴り続けるケイタイと横暴な命令の数々に、キャリアのためとはいえ、私生活はめちゃめちゃ。彼の誕生日は祝えないし、友達にも愛想をつかされてしまう。この会社で、このままでいいの?本当は何をしたいんだっけ・・・?

 

 

製作:アメリカ

監督:デイヴィッド・フランケル

脚本:アライン・B・マッケンナ

原作:ローレン・ワイズバーガー

撮影:フロリアン・バルハウス

美術:ジェス・ゴンコール

音楽:セオドア・シャピロ

出演:アン・ハサウェイ メリル・ストリープ エミリー・プラント スタンリー・トゥッチ

2006年11月18日公開

 

アンディ(アン・ハサウェイ)は元々ジャーナリスト志望で、ミランダ(メリル・ストリープ)の下で1年修業すればどんな仕事にも就けると信じ、腰掛のつもりで畑違いのファッション誌に勤めます。彼女はファッションのことをあまり勉強せずに入社したため、いざ仕事を任されても勝手が分からず、職場の同僚にも冷ややかな対応をされます。

 

それでも、“RUNWAY”での仕事を続けていくうちにファッションにも興味を持ち、仕事に対する意識も変わり、ファッション・コーディネーターのナイジェル(スタンリー・トゥッチ)の指導もあって、ファッションセンスが磨かれていきます。その反面、仕事の忙しさにかまけて、友人たちとは距離ができ、恋人のネイト(エイドリアン・グレニアー)とも巧く行かなくなります。そんな状況の中、アンディはミランダのお伴としてパリ・コレクションに出張し、ミランダの進退に関わる重要なことを知ってしまいます。

 

本作は勿論、ヒロインとなるアン・ハサウェイが主役の映画。野暮ったい服を着ていた彼女がある時期を境に垢抜けたファッションに身を包む変身ぶりや、上司による数々の無理難題に応えようとする奮闘ぶりが見どころです。ただし、彼女以上に存在感を放つのが鬼編集長のメリル・ストリープ。観ているうちに、彼女の無茶振りと歯に衣着せぬ毒舌がクセになって楽しくなってきます。しかも、穏やかな口調でキツいことを放つので効果絶大。

 

彼女は仕事のみならず、私的な用事にも部下を使うので、第一アシスタントのエミリー(エミリー・ブラント)はかなり疲弊しています。昭和の時代にも部下が上司の引越しの手伝いをさせられるなど、公私混同した話を耳にしましたが、日本の場合はたまにあるから要求に応えられる訳で、アンディやエミリーは、ほぼ毎日ミランダの私用のためにこき使われるので、寧ろ昭和の日本人より過酷な状況に置かれているかもしれません。まぁ、ミランダの傍若無人ぶりもフィクションだから笑って見られますが、実際に彼女の下で働くとなったら堪ったものではありませんね。

 

劇中では衣服のみならず、アクセサリー、バッグなども目を瞠るものがあり、ファッションに疎い私でも目の保養になります。また、アンディがミランダにシンパシーを抱きつつも、最終的に袂を分かつ話の流れも、幅広い女性層から共感が得られるように思います。一方、ミランダもアンディが去った後に粋な計らいをし、後味良い終わり方をします。5月には20年を経て、主要キャストが同じのまま2作目が公開されるようで、1作目の結末からどのように繋げているのか、興味が湧いてきます。