パンクフロイドのブログ

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キネカ大森

キネカのはらわた より

 

製作:アメリカ

監督・脚本:ウォルター・ヒル

撮影:フィリップ・ラスロップ

美術:デヴィッド・M・ハーバー

音楽:マイケル・スモール

出演:ライアン・オニール ブルース・ダーン イザベル・アジャーニ ロニー・ブレイクリー

1978年9月2日公開

 

ドライバー(ライアン・オニール)は、エンジンをふかして賭博場の前で待っていました。やがて、覆面の男2人が賭博場から売上金を強奪して車に乗り込みます。ドライバーは無表情に彼らを乗せ逃走します。ドライバーは、銀行ギャングや強盗の逃走を請負うプロの逃がし屋で、ドライブ・テクニックが巧みなため、パトカーの追跡を受けても毎度振り切っていました。

 

彼を執拗に追う刑事(ブルース・ダーン)は、証拠をつかめずにいるため、手段を選ばない方法でドライバーを捕えようとします。刑事はスーパーマーケットを襲撃した3人組の1人眼鏡(ジョセフ・ウォルシュ)を逮捕した上で、ドライバーに罠をかけるべく彼に取引を持ち掛けます。眼鏡がドライバーに仕事を依頼し、誘い出すことに成功したら罪を不問に附す条件で。

 

刑事はあらかじめナンバーを控えた札200万ドルを銀行に用意させ、眼鏡のグループに現金を強奪させるのです。眼鏡は何とかドライバーと接触をして、計画に引き込むことに成功します。ところが、強奪の際に仲間がヘマをしてしまい、眼鏡はその仲間を射殺し、200万ドルを一人占めにしようと企みます。

 

彼は刑事の指定した場所には向かわず、人気のない場所までドライバーを運転させ、二人きりになったところでドライバーを殺そうとします。ところが、ドライバーも用心深く、逆に眼鏡を返り討ちにします。彼は残された200万ドルを処理すべく、連絡屋(ロニー・ブレイクリー)と呼ばれる女を通して暗黒街に換金してもらい、逃走する計画を立てます。その結果、駅のロッカーを利用して行なわれる金の受け渡しには、賭博師(イザベル・アジャーニ)という美女のギャンブラーが選ばれます。

 

しかし、換金屋はロッカーから強奪した金の入った鞄を持ち運べた一方で、賭博師は洗浄された金の入った鞄のロッカーの鍵を、銀行強盗の計画に加わらなかった眼鏡の仲間に奪われてしまいます。換金屋は列車の中で彼を追って来た刑事に射殺され、ドライバーはロッカーの鍵を取り戻すため、賭博師と車に乗って眼鏡の仲間の車を追いかけるのですが・・・。

 

※若干、結末にも触れていますので、未見の方はご注意ください

 

逃し屋を題材にした映画に関しては、近年ではニコラス・ウィンディング・レフンの「ドライヴ」、エドガー・ライトの「ベイビー・ドライバー」が挙げられます。ウォルター・ヒルの「ザ・ドライバー」は、その先駆けとも言える作品で、カーチェイスの醍醐味が思う存分味わえます。カーチェイスの場面がふんだんに盛り込まれる一方で、倉庫内での相手の様子を窺いながら、車を出すタイミングを計る駆け引きもあり、緩急をつけた演出がスリリングな場面を引き出しています。

 

ドライバーは運転を得意とするだけでなく、プロとしての用心深さも兼ね備えており、最悪の事態を想定しながら自分の身を守っていきます。彼に協力する賭博師は終始寡黙を貫きながら、ドライバーと同志のような関係性を窺わせます。ブルース・ダーン演じる刑事のいけ好かなさは特筆に値し、憎まれ役の存在が大きいと物語も面白くなることを証明。

 

ただし、細かく観て行けば、おかしな点もチラホラ目につきます。ドライバーを罠にかけるため、刑事が一度捕まえた犯人に銀行強盗させるのもどうかと思いますが、持ち逃げされるリスクを全く考えていないのも間抜けと思えます。ロッカーの鍵を奪われたドライバーと賭博師が、眼鏡の仲間を追いかけるシーンでは、派手なカーチェイスを繰り広げているにも関わらず、警察車両が一切見当たらないのも不思議。眼鏡の仲間がドライバーの居所を吐かせようとする場面にしても、そもそも連絡屋の潜む場所をどうやって突き止めたのか、疑問が残ります。

 

ただし、どれも瑣末なことで、ツッコミどころも許容範囲。ダイナミックなカーチェイスに加え、列車内で刑事が換金屋を追い詰める面白さを見せられると、些細なことはどうでもよくなります。最後もドライバーがお縄になるかと思わせて、皮肉を利かせた幕引きをして、意外性のある終わり方をします。

 

ウォルター・ヒルは、アクション映画を手掛ける監督として、御贔屓の一人であり、「ザ・ドライバー」から「ストリート・オブ・ファイヤー」までは、本当に大好きだでした。悪夢の「ラストマン・スタンディング」以降は、関心がなくなってしまいましたが、血湧き肉躍る映画を見せられると、「ウォリアーズ」や「ロング・ライダーズ」あたりをもう一度スクリーンで観たくなってきますね。


池袋 新文芸坐

追悼 内田裕也 スクリーン上のロックンロール より

 

製作:東映 東映ビデオ 東北新社

監督・脚本:きうちかずひろ

撮影:仙元誠三

美術:今村力

音楽:フジヤマ

出演:竹中直人 小泉今日子 内田裕也 大沢樹生 酒井伸泰

        成瀬正孝 北村一輝 宮崎光倫 山西道広

1999年4月10日公開

 

ブラジル人マフィアのドン・カルロス(竹中直人)は、8年前に日本のヤクザ組織・山城会を壊滅寸前に追い込み、日本の刑務所に服役していました。彼は出所すると、山城会との決着をつけるべく動き出しますが、偶然立ち寄った蕎麦屋でパートの人妻・聡美(小泉今日子)を暴力的な夫から救ったことがきっかけで、彼女と行動を共にするようになります。

 

その頃、8年前の抗争で頭にカルロスの銃弾を食らい、廃人同然になった梶(成瀬正孝)が、山城会から一億円を奪います。自分の縄張りを奪って勢力を拡張した山城会への報復でした。梶はカルロスにその金を渡し、ふたりの舎弟・健二(宮崎光倫)と晶夫(酒井伸泰)の行く末を託しますが、追ってきた山城会の西川(北村一輝)に射殺されます。

 

その後、カルロスは健二と晶夫に連絡を取り、彼らと一緒に西川に持ち去られた金を奪回し、梶を殺した組織に対する壊滅計画を進めて行きます。一方、山城会も海外から凄腕の殺し屋・ギリヤーク兄弟(内田裕也・大沢樹生)を雇い、カルロス殺害を依頼します。準備の整ったカルロスは、山城会に一億の引き渡しを要求し、取引場所を郊外の廃ビルに指定します。

 

ギリヤーク兄弟は廃ビルに現れ、銃撃戦の結果、カルロスは健二と晶夫を殺され、ギリヤークも最愛の弟を失います。山城会の幹部はカルロス暗殺が失敗したことを知り、カルロスに一億円に色をつけて金を引き渡そうとしますが、そのことを知ったギリヤークは、彼らを殺害するとカルロスに改めて挑戦状をたたきつけます。カルロスと聡美は、ギリヤークとの戦いにケリをつけるべく、再び廃ビルに出向くのですが・・・。

 

竹中直人演じるカルロスは、「仁義なき戦い」の広能が殺し屋になった風情があり、ちょっと面白いキャラクターになっています。日系ブラジル人にも関わらず、広島弁を操るのみでなく、律儀で優しい面があるところも広能らしさを感じさせます。蕎麦屋での食事中、聡美のDV夫が押しかけ彼女に暴力を加えた際には、見知らぬ女のためにひと肌脱いだ挙句、注文した蕎麦が食べられなくなったにも関わらず、代金を払って出て行こうとします(結局、店主は受け取りませんでしたが)。

 

また、素足で後を追って来た聡美に対しても、安いサンダルを買ってあげもします。カルロスに手持ちの金がないことは、蕎麦屋での食事前に、あらかじめ示されているので、観客には精一杯の好意であることが分かります。また、サンダルに関しても、クライマックスのギリヤーク兄との対決の際には、さり気なく印象に残る使われ方もしており、カルロスに貰ったサンダルをまだ履いていたのかと感慨に耽ってしまいます。

 

作り手のディテールへのこだわりを目にすると、自然と顔がほころんできます。行き場のない聡美を、カルロスがツインの部屋に泊まらせる場合にも、見返りに体を求めている訳ではないことを分からせるのに腐心し、一緒に寝ないのは彼女に魅力がないからではない事を強調します。何て、ナイーヴなマフィアなの(笑)。

 

そもそも、カルロスは梶が山城会から奪った金を取り戻す義理はないのですが、遺言のような形で二人の舎弟の面倒を見ることを託されたために、割の合わない仕事を引き受ける羽目になります。こうした面も、従来の海外のマフィア像とは一線を画しています。大体、マフィアはエゴイストであり、計算高くビジネスと割り切れる性格が向いているのに、カルロスは任侠映画の主人公のように義理堅く、ストイックでありながら情に篤いところがあり、完全に逸脱していますね。だからこそ、聡美が彼について行く最大の理由でもあるのですが・・・。

 

彼女はDV夫から暴力を受け続け、あきらめに似た境地になっていました。ところが、カルロスと出会ったことで、心の変化が生じます。そして、カルロスと梶の舎弟たちと行動を共にするうちに、徐々に戦う姿勢を身に付けて行くのです。終盤、聡美は思わぬところで夫と再会し、今までとは違う自分を見せつけます。しかも、的にかけるのはDV夫ではなく、別の相手を撃って畏怖させるあたり、芸が細かいです。

 

でも、彼女の変化が人生において成就しきれないところに、幸薄い女の儚さがあります。映画公開時の小泉今日子は33歳。生活に疲れた表情が滲み出ていて、アイドルの可愛らしさを保ちながら、程良い熟れ具合とそこはかとない色気を漂わせています。

 

カルロスに狙われる山城会の親分とその懐刀も手をこまねいている訳ではなく、外部の殺し屋を使って始末をつけようとします。手下を使ってカルロスの行方を突き止める手間や、警察に目をつけられる危険を考えれば、外注するのは費用対効果として、悪くないアイデアです。そこで呼ばれた相手が、年の離れたギリヤーク兄弟。ギリヤーク兄は、山城会に自分たちの腕が試されることに憤りを感じ、その報復として彼らの部下を血祭りにあげます。

 

内田裕也は過去作において、会話の節々に英語を織り交ぜており、本作も御多聞に漏れず、それがより徹底されています。裕也氏演ずるギリヤーク兄は、死に際をカッコよくキメようとするのですが、カルロスはそれを許さず、非情に徹します。カルロスのマフィアとしての用心深さが際立ち、善人や仲間に対しては優しくとも、同業者や悪党に対しては、その限りではないことが、ラストになってようやく腑に落ちてきます。

池袋 新文芸坐

追悼 内田裕也 スクリーン上のロックンロール より

 

製作:日活

監督:藤田敏八

脚本:出倉宏

原作:港マコ

撮影:萩原憲治

美術:菊川芳江

音楽:クリエイション

出演:日夏たより 内田裕也 小川恵 積千恵美 岸部一徳 中島葵 江角英明 渡辺とく子

1977年7月9日公開

 

マコ(日夏たより)は15歳で初体験、学校は中退、家出をして16歳の時、時夫(内田裕也)と同棲を始めました。やがて彼の子を宿し、無事出産。マコの両親は子供を自分たちで育てようと申し出ますが、マコは許しません。マコが退院すると、時夫と子供の三人の生活が始まります。しかし、失業中の時夫は、スナックで働くマコのヒモ同然で、彼女が夜の商売をしている時は、時夫が子供の面倒を見ていました。

 

彼女の担任教師だった矢崎(岸部一徳)は、時夫に疎まれながらも、元の教え子を優しく見守っていました。だが、マコの不良仲間が時夫を寝取ったことから、二人の同棲生活に暗雲が立ち込めます。ある日、マコの父親・源一(福原秀雄)が、彼女の留守中に赤ん坊を引き取りにやって来ます。帰宅したマコは、空のベビー・ベッドを見つけ、時夫が止めようとしなかったことに腹を立て、同棲の終りを告げます。

 

矢崎は一人になったマコを優しくいたわり、やがて二人は自然と結ばれます。そんな矢崎も、留学のために日本を旅立ちます。ある日、マコは直子(小川恵)と出会います。彼女は時夫の今の女で、二人は操車場でタイマン勝負をし、マコは彼女の局部に枝片をつき刺します。しばらくしてマコは、昔の友達のあさ(平井元)と再会します。

 

その後、あさは市役所を訪れた際、以前マコの働いていたスナックで飲み逃げした杉谷(江角英明)の姿を見つけ、マコと二人で杉谷を恐喝します。しかし、杉谷は市役所に出勤して来なくなり、代わりに現れた彼の妻香代(渡辺とく子)から飲み逃げした分の金を渡されます。気の治まらない二人は、杉谷の留守中に、彼の家に強引に侵入し、あさが香代を犯します。興奮するあさとは対称的に、マコは冷めた気持ちで眺めていました。二人は横浜駅の広場で別れ、あさは自衛隊へ、マコは実家へと戻っていきます・・・。

 

港マコの自叙伝となる「横浜ざんげ録」を映画化した作品。内田裕也が初めて日活ロマンポルノに出演した作品でもあります。映画が始まると、腹ボテのマコが無痛分娩をするために、書物を参考にしながら試行錯誤する姿を映し出します。ところが、破水をしたために、その努力も無に終わります。病院に見舞いに来た両親とは絶縁状態で、そこに失業中の時夫がバツの悪そうに現れます。

 

未熟な男女に育てられるよりは、マコの両親に預けたほうが、子どもにとっては幸福と第三者は思うのですが、マコは意地でも自分たちで育てようとします。とは言え、失業中の時夫は働く気がなく、完全にマコのヒモ状態。マコが働いている間、赤ん坊の世話をしているとは言え、死なない程度の面倒しか見ていません。女性たちから見れば、とても育児と呼べるものではありませんね。

 

女が夜の商売をして生活費を稼いでいるにも関わらず、自分は働かずにマコの昔の仲間とデキてしまうあたり、典型的なクズ。ダメンズの似合う内田裕也ならではの役柄と言えましょう。マコは時夫を追い出したものの、自分の子供を親に預けたままでいることに、忸怩たる思いがあります。彼女は恩師の矢崎に金を借りて、両親に僅かな生活費を渡すことによって、自尊心を保とうとします。

 

一方、矢崎は留学前にマコを自分の部屋に招いて、元教え子とヤッちゃいます。マコは「先生を尊敬していたのに」と言いつつも、然程抵抗せずに受け入れます。また、矢崎は貸した金は返さなくていいと言うけれど、これって意地悪い見方をすれば、体のいい手切れ金じゃない(笑)。若い頃の岸部一徳の濡れ場を見られるのは貴重な反面、彼がYシャツを脱がずにいたすのが残念。ここは裸と裸のぶつかり合いで盛り上げて欲しかったです。

 

矢崎が日本を出発してから、女同士のタイマン勝負、麻薬中毒、恐喝とエグい描写が続き、どこまで本当なのか眉に唾をつけたくもなりますが、最後は落ち着くところに落ち着きます。個人的にはクリエイションの「Pretty Sue」「You Better Find Out」の演奏シーンがツボでした。また、裕也氏ヴァージョンの「コミック雑誌なんかいらない」が、70年代に既に使われていたことも初めて知りました。藤田敏八監督が手掛けたにしては、全体的に地味なキャスティング。実録ものだけに、ヒロインもあまり知られていない女優を起用したのでしょうか?

 

クリエイション Pretty Sue

 

クリエイション You Better Find Out

 

無双の鉄拳 公式サイト

 

公式サイトより

一度キレたら誰にも止められない“雄牛”という異名で恐れられた男ドンチョル。今では市場で働きながら、愛する妻ジスと慎ましやかに暮らしている。一途なジスの存在が、荒んだ生活を送っていたドンチョルを闇の世界から戻してくれた。ある夜、些細な諍いでジスを怒らせてしまったドンチョルは急いで自宅に戻るが、そこにジスの姿は無く部屋が荒らされていた。そして、ドンチョルの携帯に何者かから電話が入る。電話の主はジスを誘拐したと言うが、ドンチョルに身代金を要求するのではなく、逆に金を渡すからジスの事は忘れろと提案してくる。誘拐犯の目的は一体何なのか。警察の捜査はままならず、怒りに震えるドンチョルはジスを救うために独自で動き出すが―。

 

製作:韓国

監督・脚本:キム・ミンホ

撮影:イ・ソンジェ

音楽:モグ

武術監督:ホ・ミョンヘン

出演:マ・ドンソク ソン・ジヒョ キム・ソンオ キム・ミンジェ パク・ジファン

2019年6月28日公開

 

みんな大好き、マ・ドンソクのアクション映画。とにかく、マ・ドンソクの無双の強さを見せる映画なので、敵方も刃物類は使用しても、飛び道具を使う無粋な真似はしません。闇組織の人間が銃を用いないのはおかしいと言うのは野暮。だって、マ・ドンソクの映画なんだから。

 

敵のボスが手強ければ手強いほど主役が映えるので、その点、本作のボスキャラは卑劣さが際立っていて、正にうってつけ。しかも、誘拐犯なのに身代金を要求せず、逆に誘拐された家族に金を渡すという新しいアプローチまでしています。元々、ギテ(キム・ソンオ)の組織は人身売買を商売にしており、美しい女を誘拐したら整形させた上で、国外に売り飛ばしています。

 

わざわざ家族に金を渡すのは、口止め料の要素もあるのでしょうが、ギテの自尊心を満足させる点が大きいように思います。この男は金をチラつかせることによって、相手を屈服させるのがお好きな性格らしく、交渉相手の心が折れる瞬間を目の当たりにしたいと思っています。そのためにわざわざ余計な手間をかけるあたりは、「ダークナイト」におけるジョーカーを彷彿とさせます。

 

ドンチョル(マ・ドンソク)は、妻のジス(ソン・ジヒョ)が誘拐され誘拐犯から金を渡されたことを警察に相談するものの、彼らが頼りにならないのは韓国映画では鉄板。今回も警察の無能ぶりをギャグに仕立てています。さすがに検事に化けた興信所の所長コム(キム・ミンジェ)の口先に騙されて、押収した金を渡すようなヘマはしていませんが、人身売買の対象となる女たちが監禁されていた場所に、コムとドンチョルの相棒のチュンシク(パク・ジファン)の怪しい二人組がいるのに、彼らを見逃すあたりはこちらの期待を裏切りませんね(笑)。

 

敵役が際立つのは大歓迎なのですが、その一方で主役がボスをどのように倒すのか、その工夫も問われます。本作では残念ながら、下っ端をやっつける延長線のような落とし前のつけ方が物足りません。やはり、目には目を、歯には歯をのやり方で、卑劣な悪党に対しては無慈悲な制裁をするのが相応しいです。

 

もちろん、ドンチョルは堅気なので、殺人にまでエスカレートする訳には行かないのですが、それに近いダメージを負わせて欲しいのは誰しもが思うところ。鉄拳制裁よりは、頭脳プレイで懲らしめるほうが効果的で、それが無理ならば、せめて気の利いた捨て台詞で締めておけば、観客にもカタルシスが得られたように思います。

凪待ち 公式サイト

 

映画.comより

無為な毎日を送っていた木野本郁男(香取慎吾)は、ギャンブルから足を洗い、恋人・亜弓(西田尚美)と彼女の娘・美波(恒松祐里)とともに亜弓の故郷である石巻に移り住むことに。亜弓の父・勝美(吉澤健)は末期がんに冒されながらも漁師を続けており、近所に住む小野寺(リリー・フランキー)が世話を焼いていた。人懐っこい小野寺に誘われて飲みに出かけた郁男は、泥酔している中学教師・村上(音尾琢真)と出会う。彼は亜弓の元夫で、美波の父親だった。ある日、美波は亜弓と衝突して家を飛び出す。亜弓は夜になっても帰って来ない美波を心配してパニックに陥り、激しく罵られた郁男は彼女を車から降ろしてひとりで捜すよう突き放す。その夜遅く、亜弓は遺体となって発見され……。

 

製作:キノフィルム

監督:白石和彌

脚本:加藤正人

撮影:福本淳

美術:今村力

音楽:安川午朗

出演:香取慎吾 恒松祐里 西田尚美 吉澤健 音尾琢真 リリー・フランキー

2019年6月28日公開

 

※若干ネタバレしていますので、ご注意ください

 

香取慎吾のだめんず振りを堪能する映画。郁男はギャンブル依存症の上にリストラされ、にっちもさっちも行かない状況です。内縁の妻亜弓は、父親の勝男の癌が進行している事を鑑みて、石巻に戻れば、郁男の競輪狂いをやめさせることができ、不登校中の娘の美波も環境を変えることによって、再び高校生活を送らせることができると考えます。

 

勝男と親しい小野寺の尽力によって、郁男は印刷会社に就職できたものの、仕事仲間からノミ屋の存在を知らされ、再び博奕に手を出してしまいます。亜弓はそのことを知って険悪な雰囲気になり、美波の部屋から煙草を発見したことで(完全な誤解なのですが)、娘との関係も悪化させてしまいます。郁男と美波は、血を分けていない上に、郁男が母親と恋人という微妙な関係の割には、上手く関係を築けています。

 

年頃の娘ならばギャンブル好きな男は嫌って当たり前ですし、性に関しても警戒感を抱いてもおかしくはありません。ましてや、父親のDVで母親が離婚した経緯があり、郁男の年齢の男には嫌悪感を持ちそうなのですが、恋愛感情があるのではないかと疑いたくなるほど、彼女は郁男には親しく接しています。呼び方にしても、あんた、おじさんではなく名前で呼んでいますし、呼び捨ても近しい関係を思わせます。

 

一方、郁男も美波には理解があり、そのことも亜弓は癪に障り、郁男に「本当の娘でないから」と禁断の言葉を投げつけたために、彼を怒らせてしまうのです。この辺りは完全に負のスパイラルに陥っていて、亜弓の死によって、郁男も美波も罪悪感に苛まれ、郁男は現実逃避するかのように、益々ギャンブルにのめり込んでいきます。

 

小野寺や勝男の好意を何度も踏みにじり、人生をやり直す大勝負も、裏稼業の相手を甘く見たツケが回って、無残な結果となって撥ね返ってきます。亜弓を殺した犯人が捕まっても、その傷は癒えず、むしろ正体を知ったことによって傷が深くなっていきます。郁男は何度も再生するチャンスがあるのに、自ら悉く潰していき、これだけ繰り返されると、最早苛立ちが爽快感に変わっていきます。だめんず、懲りない男が好きなボンクラ野郎には堪らない展開。

 

本作はだめんずの再生と東北の復興を密接に結びつけようとする意図が窺え、東日本大震災が常に物語に影を落としています。亜弓と美波が故郷を離れ、川崎に移り住んだのも、東日本大震災がきっかけですし、勝男の妻は震災によって亡くなっています。美波が転校した学校でいじめに遭う原因も、福島第一原発の事故による放射能性物質の拡散から来ています。

 

ただし、作り手の意図は窺えても、効果的に演出されていたかというと、それはまた別の話。東北人を代表する勝男に、郁男ほどのだめんずの歴史を見せていれば、郁男と東北の再生が身近に感じられ、物語が大きなうねりを見せて、更に観客の胸に響くものになったのではないでしょうか。

国立映画アーカイブ

映画監督 深作欣二 より

 

製作:東映

監督:深作欣二

脚本:神波史男 田中陽造 深作欣二

撮影:中島徹

美術:富田治郎

音楽:津島利章

出演:渡瀬恒彦 杉本美樹 室田日出男 川谷拓三 三谷昇

     風戸祐介 小林稔侍 渡辺やよい 林彰太郎 潮健児

1976年2月28日公開

 

バーテンの山中高志(渡瀬恒彦)は、仲間の関光男(小林稔侍)と組んで、銀行強盗を続けていました。山中は盗んだ金でブラジルに渡ることを夢みており、ひょんなきっかけから一緒に暮らすようになった混血の元モデル・緑川ミチ(杉本美樹)をどうするか考えます。そんな折、神戸の銀行を襲った際、逃走中に光男が車にはねられて死んでしまいます。

 

山中は何とか逃げ切ったものの、光男の身元が警察に割れたため、山中も危うくなります。折も折、光男の兄・勝男(室田日出男)が、山中と光男が銀行強盗をしていた事を知り、二人が強奪した金を狙い始めます。

 

一方、指命手配の山中を追う警官の一人畠野(川谷拓三)は、上役の新田刑事(曽根晴美)からこき使われ、仕事にも身が入らず、婦人警官の愛子(渡辺やよい)とSEXばかりしていました。また、自動車の整備工場で働く益夫(風戸祐介)は、客から預かったスポーツカーに傷をつける癖があり、客の一人である兼光(林彰太郎)に気づかれてしまった末、取り返しのつかぬことを仕出かします。

 

山中はラブホテルで眠るミチを残してブラジルに旅立とうするものの、勝男が空港に現れ現金を奪おうとします。警備員が駆けつけたために、山中は現金の入ったバッグを空港に残して逃走します。山中が再びラブホに戻ると、睡眠薬を飲み浴室で倒れているミチを発見。意識を取り戻したミチに、山中はパスポートを燃やし、海外に逃亡しない意思表示をします。

 

無一文になった山中は、単独で梅田の銀行を襲撃し、彼の行動を見張っていた勝男や、近くにいた畠野のパトカーに追われます。そして、追跡は道路に停車していた車まで巻き込んでいき、次第にエスカレートしていきます・・・。

 

山中とミチを軸にして話は進められていきますが、登場人物それぞれにドラマのある群像劇になっています。畠野は同期の新田に出世競争で水をあけられている上に、後輩の巡査に付き合っている婦人警官を寝取られ鬱屈を抱えています。かつてミチの情夫だった小沢(三谷昇)は、彼女の色香に溺れ、別れた後もつきまとっています。

 

勝男は光男の兄貴で、弟の死を悲しむより、山中と弟が銀行強盗で手に入れた金を何とか奪おうとします。小沢がミチの居所を知っていると聞き、勝男が連れて来られた場所が、マネキンの散乱するスタジオ。ミチの引き延ばした写真にうっとりする小沢にキレる勝男の場面は、小沢を演じる三谷昇の変態芝居と相まって、怖いと言うより笑いたくなります。

 

益夫は整備工で、自分の整備した車に傷をつける性癖があり、車のオーナーにそのことを知られ、男色を強いられた挙句、殺してしまいます。彼に関しては、山中やミチとは無関係に見えながら思わぬところで絡んできて、警察官の畠野と新田を二人のもとに引き寄せてしまいます。

 

それとNHKならぬMHKのアナウンサー(潮健児)。ヤラセ臭い暴走族へのインタビュー中に、銀行強盗犯と警察その他の追跡劇に巻き込まれ、自身も暴走し始めるのが頗る愉快。

 

とにかく、山中とミチが警察と勝男に追われる話が、一気に周囲を巻き込んでのカーチェイスへと転換していく構図が鮮やかで、黒澤明監督の「天国と地獄」における、密室劇からこだまの身代金引き渡しの場面に転じるほどの開放感が味わえます。

 

また、このカーチェイスが秀逸なの。派手なクラッシュも然ることながら、警察車両や勝男のみならず、暴走族、テレビ中継車、配達車、一般車両までも追いかけるアナーキーな展開が最高!最早、追いかける理由すら分からなくなるほど突き抜けていて、ヤケクソなほどのヤリ過ぎ感にガン上がりします。

 

それにしても、当時は実在する銀行(住友銀行・第一勧業銀行)を強盗することに、銀行側から映画会社にクレームは来なかったのでしょうか?尤も、現在よりもコンプライアンスはユルく、おおらかな時代だったからこそ、なし得た芸当かもしれませんね。

 

暴走するカーチェイスならばこちらも負けてはおりません

池袋 新文芸坐

追悼 内田裕也 スクリーン上のロックンロール より

 

製作:日活

監督:小原宏裕

脚本:金子成人

原作:橋本治

撮影:森勝

美術:林隆

音楽:長戸大幸

出演:竹田かほり 亜湖 高橋淳 片桐夕子 内田裕也 一谷伸江 野上裕二 岸部シロー

1978年4月29日公開

 

高校生のレナ(竹田かほり)は、不本意な形で処女を失ったのみならず、生理が来なくて焦っていました。一方、クラスメートの裕子(亜湖)は、奥手で消極的な女の子にも関わらず、相思相愛の相手と結ばれ大人の女の仲間入りを済ませます。ところが、些細な事から二人は仲違いをして、春休みに入ると、裕子は親に無断で旅に出てしまいます。

 

彼女の母親から事情を聞いたレナは責任を感じ、裕子の行き先は信濃であると直感して現地へ向かいます。しかし、裕子は金沢に旅立った後でした。レナは金沢に向かう車中で、刑務所を出所したばかりの仙一(内田裕也)と時江(片桐夕子)夫妻と知り合います。春休みで宿の取れないレナは、夫婦のアパートに厄介になります。

 

レナは、仙一の弟分の石田健(遠山牛)の案内で内灘の海岸へ出かけると、そこで裕子を見つけます。ところが、仙一が愛人を刺して再び逮捕されたため、レナは時江の仕事である売春を手伝う羽目になります。しかし、レナが裕子に時江の仕事を知らせていなかったために、裕子は癇癪を起して京都に旅立ってしまいます。レナは裕子を探すため、京都まで赴き、偶然クラスメートの木川田源一(高橋淳)と先輩の滝上(野上裕二)に会うのですが・・・。

 

性に多感な女子高生のアバンチュールを描いた青春映画ですが、同時にロードムービーにもなっています。レナは性に関しては耳年増な反面、実際の性行為となると意外と身持ちが固いです。卒業した先輩にホテルに誘われた際に、成り行きでついて行ったにせよ、金沢まで車で送ろうと提案してきた男に対しては、ヤラれそうになると抵抗をした挙句、雪の中にほっぽり出されます。

 

レナは金沢に向かう列車の中で、赤ん坊を連れた夫婦と知り合います。観客は夫が出所したばかりであることに気づくと、この赤ん坊の父親は?という疑惑にとらわれます。刑期にも依るでしょうが、仙一が時江にビンタを食らわせたのを目にすると、益々不穏な空気になります。やがて、列車のトイレで夫婦の交尾が始まり、赤ん坊の世話を頼まれたレナは、いいツラの皮(笑)。この父親問題は、仙一が逮捕された後に、当座の生活費を稼ぐために、時江が売春をすることで腑に落ちてきます。仙一がクズであることを抜きにしても、切ないものがありますなぁ・・・。

 

潔癖症の裕子は、売春を不潔と見なし、レナとの対立が始まります。その挙句、京都に旅立ってしまい、再びレナは裕子を探さなければならなくなります。仙一の舎弟の健が結構いい奴で、レナをバス停で見送る際に、彼女からキスしてもいいよと誘われます。健がおでこにキスしようとするのを、レナが強引に唇に持っていくのにキュンとなりますわ。

 

京都に着いてから、レナは手掛かりを求め、ホテルのフロントマネジャー、喫茶店のウェイターに彼女の行方を尋ねていきます。岸部シロー、原作者の橋本治が扮していて、いずれも持ち味を発揮しています。また、レナが好意を抱いているクラスメートの木川田や、先輩の滝上と偶然に逢い、行動を共にしていきます。

 

木川田と滝上はホテルの同じ部屋に泊まるなど、傍目にはホモセクシャルの関係にしか見えません。ただし、木川田はともかく、滝上にはその自覚があまり見られません。橋本治の原作を読んでいないので、映画を観る限りでは木川田の一方的な片想いにしか見えないのですが、単なる先輩後輩の関係でなく、女子高生の性体験の話に、BL要素を持ってきたあたりに、作り手のセンスが感じられます。

 

よくよく考えてみると、レナは終始裕子に振り回されっぱなし。親友を探すために、信州、金沢、京都へと足を運んでいるのは勿論、潔癖症だった裕子が、京都ではちゃっかり売春でお金を稼ぐ切り替えの早さには、レナならずとも頭を抱えたくなります。しかも、裕子の性体験は、なかなか充実しているのです。初体験の相手は好きな男の子とでしたし、売春にしても金持ちの爺さんに開発されて性の喜びを味わえるおまけつき。

 

それに比べると、レナは好きでもない相手となし崩しにヴァージンを奪われた上に、相手が避妊しなかったことから、妊娠の心配をしなければならなくなります。しかも、初体験の先輩や、木川田に頼まれて滝上といたした時のいずれも、相手が短時間で撃沈し、性の喜びを知らないまま。これでは、いくら何でも割に合いませんよね。レナは辛うじてホモセクシャルの相手とセックスをしたことで、裕子より優位に立っていると思い込もうとしています。でも、如何にもイタい感じがします。

 

一応、本作はロマンポルノの範疇に入ってはいるものの、主役が竹田かほりと言うこともあり、至ってライトな作り。片岡夕子が専ら濃厚な濡れ場を演じ、亜湖もそれなりの見せ場を作っています。二人に比べると竹田は裸体を晒し、セックスシーンもあるのですが、短時間で切り上げています。尤も、相手が瞬殺される分、余程いいモノをお持ちなのだろうと妄想は脹らみ、是非ともお手合わせ願いたいと、ボンクラ野郎のスケベ心に火をつける効用はあるでしょう。

キネカ大森

キネカのはらわた より

 

製作年:1970年

製作:アメリカ

監督・脚本:デヴィッド・ダーストン

撮影:ジャック・デマレコーウ

音楽:クレイ・ピッツ

出演:バスカー ジャディーン・ウォン ロンダ・フルツ ジョージ・パターソン

1978年7月22日公開

 

当時のヒッピー・ムーブメントに乗じたホラー映画なのでしょうが、色々とツッコミどころはありつつも、楽しめる作品になっています。そもそもの発端は、悪魔崇拝しているカルト集団の儀式を、地元の若い娘シルヴィア(アイリス・ブルックス)が木陰から覗き見したことから起きています。しかも、彼女は集団のメンバーの一人アンディ(タイド・キーニー)と知り合いで、彼が面白いものが見られるからと誘った節が見受けられます。

 

更に、その後の二人の描写から、単なる知り合いではなく、恋人に近い関係だったことも分かってきます。好きな女を、そんな危険な場所に呼ぶなよぉ・・・。集団のリーダーであるホレス・ボーンズ(バスカー)は、見せしめにシルヴィアを輪姦し悪徳を誇示します。翌朝、フラフラ歩いている彼女を、ベイカリーの女店主ミルドレッド(エリザベス・マーナー・ブルックス)と、シルヴィアの弟ピート(ライリー・ミルズ)が保護します。

 

シルヴィアの祖父ドック(リチャード・ボウラー)は、孫娘がカルト集団の慰み者にされたことを知ると、猟銃を持って連中が塒にしている空き家のホテルに乗り込んで行きます。しかし、ドックはあっさり銃を奪われた挙句、LSDを飲まされ、ラリった末に若いお姉ちゃんにムフフな事までしてもらいます。良かったね、お爺ちゃん(違)。空き家の外で待機していたピートは、事情が分からないものの、祖父が辱められたことだけは感じ取ります。

 

ピートはカルト集団に復讐しようと、夜中に銃を持ち出して、彼らが住んでいる空き家に向かいます。て言うか、子供が容易に持ち出せるような場所に、銃を保管しちゃダメでしょ。ところが、空き家に向かう途中に狂犬に遭遇し、やむなく射殺します。家に戻ったピートは、姉に問い詰められ、狂犬を射殺したことは黙って、銃を撃って追い返したと嘘をつきます。

 

ピートは狂犬の血を抜き取ることを思いつき、再び死骸の場所に行きます。何しろ祖父は獣医をしているので道具はバッチリ揃っています。彼は血を抜き取ると、カルト集団がベイカリーにパイを購入することを見越し、焼き立てのパイに狂犬の血を混入させて、彼らに食わそうと企てます。カルト集団より、この少年のほうが余程悪魔的(笑)。それとは別に、たった40人の村でベイカリーの経営が成り立っているのも不思議に思えます。

 

ピートの目論見はまんまと当たり、パイを食べた集団は気が狂い、仲間内で殺し合いを始めます。改めて考えると、この集団はパイを食べるまで、道徳に反することはしても、人を殺すまでには至っていないのですよ。腰が引けていると言うか、歯止めがかかっています。それだけに少年のした行為は罪が重いのですが・・・。

 

被害は内輪だけに留まらず、ダム工事の関係者にまで及びます。工事の現場監督でもあるロジャー(ジョン・デイモン)は、ミルドレッドと恋人関係にあり、彼女が無事でいるか確かめるため、作業員たちを空き家のホテルやベイカリーに向かわせます。狂犬病に感染したヒッピーのお姉ちゃんと性交渉を行なったために、作業員たちも病気を移され、被害が拡大されます。いくらいい体をしているお姉ちゃんだからと言って、どこの馬の骨かも分からない娘相手に、複数プレイするのは如何なものかと・・・。

 

一方、パイを食べなかったアンディは、シルヴィアの自宅に逃げ込んで来ます。おめぇよぉ、どのツラ下げて彼女に会いに行けるんだよ。その厚かましさに驚いていたら、シルヴィアが容易に受け入れるので、余計吃驚!バカップル・・・。そんな二人の許にも魔の手は伸びて、ピートと3人で村から脱出しようとします。

 

危険な目に遭いながらも、狂犬病感染者が水を怖れる習性を利用して、何度もピンチを脱し、ようやくミルドレッドと合流できます。その間にも祖父は殺され、アンディも首チョンパされます。シルヴィア、ピート、ミルドレッドの三人は車で脱出しようとするものの、エンジンがなかなかかからず、乗っていた車をひっくり返されてしまいます。この最大の危機を、自力で局面を打開できたら拍手喝采だったのですが、ちょっと拍子抜けの結末に残念無念。正義感の強い少年ほど一番怖いと言うのが、この映画を観た率直な感想でした。

角川シネマ 有楽町

cinefil より

 

「卒業」は今までスクリーンで観たことがなく

今回4Kデジタル修復版でリバイバル上映されたこともあり

劇場まで足を運びました。

 

製作:アメリカ

監督:マイク・ニコルズ

脚本:バック・ヘンリー カルダー・ウィリンガム

原作:チャールズ・ウェッブ

撮影:ロバート・サーティース

音楽:ポール・サイモン デイヴ・グルーシン

出演:ダスティン・ホフマン アン・バンクロフト キャサリン・ロス

1968年6月8日公開

 

ベンジャミン(ダスティン・ホフマン)は学問でもスポーツでも優秀な成績を収めて大学を卒業しましたが、それが何に役立つのか疑問を感じ、将来への不安で苛立っていました。そんなベンジャミンの心も知らず、両親は盛大なパーティーを催し、空虚な気持ちのまま、ベンジャミンは自分の部屋に逃げ込みます。パーティーに来ていたロビンソン夫人(アン・バンクロフト)は、強引にベンジャミンを家まで送らせ、彼の前で裸になって挑発します。

 

幸い、ロビンソン氏が帰ってきたため、その場は事なきを得ますが、数日後、ベンジャミンは自分の方から夫人をホテルに誘い、二人はしばしばホテルで逢瀬を重ねるようになります。ところが、ロビンソンの娘エレーン(キャサリン・ロス)が帰省したことによって、ベンジャミンとロビンソン夫人との関係に変化がもたらされます。彼は両親の勧めで、渋々エレーンとつき合いますが、彼女の清純さに打たれ、次第に本気で愛するようになります。

 

ロビンソン夫人はベンジャミンの心変わりに気づき、彼に自分との関係をバラすと脅迫します。しかし、この脅迫は逆効果になり、ベンジャミンは自ら夫人との仲をエレーンに告白。エレーンはショックを受け、学校へ戻ってしまいます。ベンジャミンは彼女の後を追い、接触を試みるものの、彼女自身気持ちの整理がつかず、医学生のカールとの結婚話が進められます。ベンジャミンはエレーンとカールの挙式する教会を突き止め、結婚を阻止しようとするのですが・・・。

 

一口に言うと、燃え尽き症候群の童貞野郎が、生意気にも親子どんぶりしちゃう話です。正確を期すと、劇中では娘のほうとはヤッていないものの、あのラストの流れからすれば、それも時間の問題でしょう。そう言えば、以前ロードショー誌で、ロバート・レッドフォードが「卒業」のオファーを断った話を思い出しました。

 

自分が女を知らない男には見えないからという理由らしいですが、それを言えば、ダスティン・ホフマンだって同じことで、そこを芝居でリアリティのあるように見せるのが役者の努めでもあり、その意識の差が、片や二度のアカデミー賞の主演男優賞を受賞した俳優と、俳優として賞に縁のない役者に分かれたのではないでしょうか?監督のレッドフォードは高く買っているんですがね・・・。

 

それはともかく、序盤は童貞のベンジャミンが、百戦錬磨の熟女ロビンソン夫人に振り回されるのが見ものです。彼女は最初から主導権を握っていて、有無を言わさずベンジャミンを支配します。彼も夫人に気がなければ、彼女を自宅まで送って、さっさと帰宅すればいいものを、なまじ下心があったために深入りする羽目になります。

 

ベンジャミンが初めてロビンソン夫人とホテルに泊まる場面では、そのキョドり方が面白いです。更に、いつも同じホテルを使うため、ベンジャミンがエレーンとホテルのバーに行こうとした際に、ホテルのスタッフや宿泊客に声を掛けられ(しかも偽名で)、エレーンが怪訝な顔をするのには笑ってしまいました。

 

ロビンソン夫人の事情に照らし合わせると、デキ婚、セックスレス、不倫、セフレという単語が浮かび上がり、ベンジャミンにしてもエレーンにしつこくつきまとう行為は完全にストーカー。昔も今もやっていることは大して変わらず、インモラル満載のソープオペラの様相を呈しています。

 

そして、今でも語り草となっている教会のシーン。30年前に知り合いの女性と「卒業」の話になった際、彼女はベンジャミンが花嫁姿のエレーンを奪って逃げ去る描写に感激したと話したので、えらく驚いたことがあります。私は取り残された新郎と家族のことを思うと、無邪気に喜べず、その思いは今でも変わりません。その証拠に、ベンとエレーンが無理矢理乗り込んだバスの乗客の視線が、冷たく二人に突き刺さっています。単に指定された場所から乗って来ていない迷惑な客という意識だけかもしれませんが。

 

今回再見して、サイモン&ガーファンクルの音楽の貢献度の高さに気づかされました。間の持ちそうにない場面を、巧みに彼らの音楽で埋めていたからです。使用された曲は、「サウンド・オブ・サイレンス」「4月になれば彼女は」「スカボロフェア」「ミセス・ロビンソン」の4曲だけなのですが、繰り返し使われることによって、クロード・ルルーシュの「男と女」における映像と音楽の対等な関係が感じられました。

ラピュタ阿佐ヶ谷

錦之助 映画祭り より

 

製作:東映

監督:河野寿一

脚本:結束信二

原作:山岡荘八

撮影:坪井誠

美術:吉村晟

音楽:富永三郎

出演:中村錦之助 香川京子 中村賀津雄 中村歌昇 片岡栄二郎

        戸上城太郎 柳永二郎 進藤英太郎 月形龍之介

1959年10月25日公開

 

織田信秀が没し、万松寺で葬礼が行なわれました。子の信長(中村錦之助)は、焼香の時刻になっても姿を見せず、ようやく荒縄を腰に巻いた姿で現れます。しかし、彼は抹香を父の位牌に投げつけ、参列者は眉を顰めます。だが、妻の濃姫(香川京子)は頬に光る涙を目にし、夫の哀しみを受け止めました。

 

世は戦国時代で、多くの実力者が覇権を争い、群雄割拠の様相を呈していました。濃姫の実父・斎藤道三(進藤英太郎)ですらも、信長の尾張国を狙うものの一人でした。道三はこの機を逃さず、使者を送り信長との会見を申入れます。しかし、信長は少しも関心を示さず、武術の稽古に励みます。信長には天下統一の野望があり、家臣すら欺こうとうつけ者の振りをしていたのです。

 

唯一人、家老・平手政秀(月形龍之介)は、信長の真意を理解しており、道三との会見を自分に任せようとする信長に対し、己の死でもって、信長自身が会見に臨むことを促します。信長は心から信頼していた臣を失ったことを悲しみつつ、正徳寺での道三との会見に応じます。道三は信長を暗殺するための準備をしていましたが、信長はその罠を見越して、尋常でない兵力をひき連れ、道三を脅かします。

 

その一方で、会見の場では礼装に早変りし、道三を心理的に揺さぶります。道三も信長の機転の利く対応に感心し、手の掌を返すように歓待しました。彼の帰りを予期しなかった濃姫は、夫の無事を喜びます。その頃、今川四万の大軍が、尾張領に進撃を開始します。今川義元(柳永二郎)の目的は上洛にありました。

 

信長の手勢は今川軍に比べて、10分の1の兵力しかありません。尾張の前衛は次々に撃破され、信長のいる清州城に迫ります。信長は十倍の敵に対応する作戦を思案中に、濃姫のもらした言葉から活路を見出します。信長は濃姫に鼓をうたせ、“敦盛”を静かに舞います。そして舞を終えると、すぐさま出陣を命じ、今川軍が休息をとっている桶狭間に向かいます。

 

錦之助御大が若き日の信長を、風格ある芝居で見せる一編です。織田信長役は既に「紅顔の若武者 織田信長」でも演じており、旧作は斎藤道三との会見まで描かれています。それに対して本作は、桶狭間の合戦で今川義元の首を持ち帰るまでを描いています。気性の荒い一方、父親の死への哀しみ、平手政秀に対する心配りを、錦之助御大は豪快さと繊細さを使い分けながら、信長を演じています。

 

斎藤道三、今川義元という老獪な相手に対して、信長も一筋縄で行かぬ天才的な戦術で対抗します。信長を巧みに罠に嵌めたつもりの道三が、逆に信長にしてやられる爽快感。圧倒的に不利な状況を、濃姫の言葉をヒントにして奇襲を仕掛ける閃き。信長が偉大であるほど、平手政秀、木下藤吉郎以外の家臣が凡人に見えてくるのが、やや辛いところでもあります。

 

信長は天才ゆえに、凡人に一々説明するのを面倒臭がる面があり、それを補足していたのが平手でした。信長は平手に全幅の信頼を置いており、道三との会見も彼に丸投げしようとします。平手は信長が家老に頼ってばかりいては為にならぬと考え、己の命と引き換えに一軍の将としての覚悟を問います。このあたり、戦国武将の気骨ある精神が窺え、我々現代人の感覚では理解できない部分かもしれません。

 

そして雨の中、今川軍を急襲する場面は、この映画の一番の見どころ。大勢の馬が疾走し両軍が斬り合う絵は、自然と昂揚感をもたらします。ただし、意外と戦闘場面は短く切り上げて、今川義元が討たれる描写もありません。勝利を収めたものの、平手を失ったことにより、信長が弱さを見せる相手は濃姫しかいなくなったことを示して、映画は幕を閉じます。