心斎橋商店街人の海です(・∀・)



大阪生まれのあたしでも、


『祭りか?』

と思う。




写真とりたいくらい。





そんななか昼のバイト探して私は面接二件行って来ました。



昼の飲食店バイト探してるんですが、本当になかなか目当てな感じが見つからない。

誰か





やとてー泣





ここで歩聞きした観光客の会話1


『ちょっとお前、カバンには気をつけろよ、大阪はする人いっぱいいるから』



最近そんな人見てませんが。




観光客の会話2


『ポッキーのあれ何だった?ポッキーのあれ』



グリコの人やろ。ポッキー関係ないし。





観光客の会話3



『さっきのあの橋のとこでナンパされちゃったよおー』



キャッチだよ!おまい壷売られるぞ。








てかあんたたち!





田舎に帰んなさいよ(・∀・)







旅行行きなさいよ(・∀・)



あー




人がいっぱいだぁ。




午前さま


ただ自分を客観視して嫌になるのをこじらすと


詩的な言葉さえ茶番に思え


何にも浸れない


よって創り出せない



すぐに過ぎ行く嵐と知っていようと


四角い部屋にはもっと陰湿な湿り気で


潔癖な口癖はどこへやら


切ないメロディも愛せない




滑稽な思いを隠す泣き笑い


涙を隠す私の怒り火よ


嫌悪は何にもごませないの?





私はどんな風に笑っていたか


怒り、泣き、話していたか



自分に確信等無いのに


いちいち遡って思い出せないよ




そこかしこの反応に左右され

何よりも臆病になる時に
涙等出るわけ無いでしょう

違いますか






怯えもせず


それこそ逆に強い確信を持って


嫌になる時に


やり過ごすには甘すぎて。



結局、何か捕まえないと


ここに戻ってくる。




異国情緒溢れる歌でごまかしても。





何を求めていたのでしょう

今は遠くて解らない

ここは昔の谷間のようで

寂しさによく似合う




って松任谷由美も歌っていましたよ。




だって人の心は読めないから

未来のこと等解らないから



なんて脆い異国にいたのかと


ただ驚くばかり。
数字は振る舞う。

考える。



フェルマーの最終定理、から導き出された言葉らしいけど、


数学が全く駄目な私は何が何だか解らない。





ある数式を延々とといていくと、数字が感情を持ったように都合のいいように並ぶとか、○○にならないような数式になる、とかそんな理論だったと思うんだけど、


ああ、やっぱりうまく説明できない。



ある夜飲み屋でその話して、凄い興味を持った。

数字が振る舞う、ていう理論が数式で証明されるのが新鮮で。



もちろんパソコンも無いし
IQも無いし

ましてやその人の話もうろ覚えだから



フェルマーの最終定理という本を立ち読みしてみた。





あー!なるほど(・∀・)





全っっっっ然解らない。



一ページも理解出来ない。



そらそうだ。




だって私分数の計算もままに出来ないもん。


人間の言葉の前の猿同様。






昔から勉強は嫌いで、数学どころか算数も出来なくて、


けど、活字は好きだった。





しかし活字から飛び越えれる数学にも限度があるらしい。




必要な事は身を持って学ぶし、考えるし、勉強出来なくて困ったことなんて無いけど、



苦手分野なんて作らなければよかった。。





経済学なんてほとんど哲学だし、


文字で読めばなんとなし理解出来る。




けど数式は無理だ。







たくさん理解したいことが出てきてる。



政治、情勢、宗教、金策、経営、
フェルマーの最終定理。





自分が知りたいと思うことの、基本を作るのに、勉強は必要だった。




私は忍耐の訓練かなにかだと思ってたよ(笑)



カ行変格活用とか、すいへいりいべーぼくのふね(原子記号の覚え方)とか、あほくさ~と思ってた。





私は知りたい。


何故数字が振る舞うのか知りたい。



それが色んな自分の感情の動きや、
はたまた恋愛感や倫理観にだって影響する甘い蜜だと知ってしまったから。





知りたいことを解れない時、聞ける大人がいるのは本当に幸せ。




そんな人達を音楽やお酒やタバコで調達してきたんだから、


やっぱり馬鹿も使い用かもしれない。





数字が振る舞って数式を作るように、



私も無意識に振る舞って、自分の得れる範囲の甘い蜜は吸いたい。



どんな時も。