新年の挨拶。
今でも2人ほどは紙媒体でやりとりしている。
1人は1月上旬に届いたのだが
もう1人は今年は来ていなかった。
彼のメールアドレスも知らず、連絡は取れない。
2,3年届かない時期があったが
ここ数年はちゃんと連絡があり
今年はどうしたのだろう・・・・・・
と思っていたのだが、
今日、ポストを覗くと彼からの年賀状が届いていた。
消印の日付が見えない・・・
しかし文面から新年早々に書かれたものと推測される。
住所も間違っていないし・・・・・・

かつて地方都市に住んでいたとき、
日本へ定期購読している雑誌を注文していた。
あるとき、予定の日にちを過ぎても届かないことがあった。
出版社に連絡し、再度送ってもらっていただけたのだが
その半年後に行方不明になっていた雑誌が届いた
なんてこともあったっけ。

ま、タイの郵便事情なんて、こんなものです。
最近よく見る表現である。
全く、当事者にとっては余計なお世話なのだが
マスコミにとっては使いやすい表現なのだろう。

その一つ、若者の旅行離れ
20代の頃はとにかく海外をふらつきたかった、
という気持ちが強かった記憶がある。
単に勇気がなく、経済的なことを理由に
飛び出したときはすでに30才を過ぎていた。
最近、20代の日本人と話すと、
確かに以前の私のような海外志向は感じられない。
実際、タイに住んでいるのだから、同世代でも海外志向が強いはず。
しかし、それほど何が何でも、という気持ちが感じられなかった。

3月に入った。
卒業旅行シーズンである。
タイに住むようになって、
卒業シーズンだからといって
日本人、特に学生の旅行者が増えているようには
見えない気がしている。
生活のパターンが少し変わったからか
今年はいつもより学生っぽい日本人の姿や
日本語を耳にする機会が増えてきたようだ。

若い人が旅行している姿を見て
うらやましく感じてしまうのは、
自分が単に年を取った証拠なのだろうか。

BTSに乗ってふと思った次第。
現場を知らずして、あーだこーだという輩が多すぎる。

もっと現場に基づいた理論を知りたいし、読みたいなー

そんなここ数週間です。
9年前のこの日の夜。
日本から来た大学生と一緒に
チェンマイにあるワットウモーンへ行った。
僧侶の話を聞きに行ったのである。
もちろんタイ語。
当時は今でも考えられないくらいタイ語が理解できていた。
(あるいはできると勘違いしていた)
笑いのツボが面白いようにわかり
聴衆のタイ人と一緒に笑っていた。

説法?が終わった後、ウィアンティアンをやった。
今のところ、最初で最後である。

先日の鍵のトラブルでも係員にはタイ語が通じず
(というか、通じない理由は別の機会に改めて書きたい)
イライラした時間を過ごしたわけだが
まあ発音の悪さは今さらどうしようもないだろう。

そんなことを思い出した朝であった。
先日書いたときに書けばよかったが・・・

20年近く前、大学時代の友人がネパールに行ったときの話。
当時、ネパールでは民主化運動が始まり
首都カトマンズでもしばしばデモが発生していた。
カトマンズの目抜き通りでもあるニューロードを歩いていると
突然商店街のシャッターが降り始めた。
どうやらデモ隊を治安部隊が鎮圧し始めたらしい。

友人はなにがなんだかわからず、ただGHのほうへ走って行った。
帽子を落としてしまったが、とても取りに戻る勇気はなかった。

翌日、道路に土産物を並べて売っている店がある通りを歩いていると
見覚えのある帽子が並んでいた。

前日に落とした帽子である・・・・・・