sabaiさんからの質問にレスをつけようと
気合を入れて書いたら
なぜか消えてしまった。
ショックが大きかったので、
ここで書き直します。
Part2としたのは
Part1をここ で書いているからです。
山なみさんがレスをしているように
チェンライではPart1で書いたような
組織ぐるみの乞食はほとんどいないと思う。
バンコクでは、さる組織が車で乞食を指定した場所へ送り込み
時間になると迎えに来る。
稼ぎの大半は組織のものとなる。
タイ人に言わせると、
乞食をしているものはほとんど近隣諸国の人々であり
タイ人はいないそうだ。
実際、カンボジアから連れて来られて(あるいは自主的にやってきて)
乞食をしているものたちが
一斉に取り締まりに遭い、
強制送還されたというニュースは
私も知っている。
また、乞食の親子というのもいるが
これも本当の親子関係ではないそうだ。
孤児などを、レンタルしているだけらしい。
その方が同情を買えるということだろう。
バンコクの乞食は大半がタイ人のタンブンの精神を逆手に取った
ビジネスであると言っていいと思う。
身体障害者については、
組織が背後にあるのか、
それとも他に生活の糧がなく仕方なくやっているのか
私にはなんとも言えない。
ただ、乞食を行う上で同情を買うために
幼少の頃、体の一部を故意に切断すると言うことは
都市伝説に過ぎないと考えている。
ただし、病気になっても治療費がなく
結果として、身体障害者になってしまうことは十分に考えられる。
チェンライでは中央市場周辺で見たことがあるけれど
恐らく山地民がやっているのではないか、と考えている。
ここで書いた乞食と言うもの、
もしかしたら上手く伝わっていない可能性があるので
念のために書いておくと
信号待ちをしている車に近づき
窓ガラスを拭いて金を請求するようなものは
含んでいない。
あくまでも路上に座り込み、物乞いをしている人々や
金をせびりながら近づいてくる人々を指す
チェンライではないけれど、
メーサイ-タチレク国境橋では、子供達がしつこく付きまとってくる。
あれもタイ人に言わせると、大人たちがやらせているんだ……
ということになるが、私も同感。
旅行者相手にけっこうな稼ぎになるようだ。
まとまりのない文章になってしまったけど、こんなところで。
最近は一日の話を書くことが多い。
ブログを始めた当初は
「人に見せてもいいような文章を毎日書く」
というのが目標だったが、
そろそろこの目標は達成できたような気がするので
次のステップに移ってもいいのではないか、
と思うようになった。
1日の出来事ではなく、エッセイ風のもの。
ただ、このコンセプトでは1日1つ書くのは難しいと思う。
いや、それが私の弱さなのだろうか……
今でもエッセイ風のものを書く努力はしているのだが
正直、ネタが思いつかないことも多く、
そうした日は1日の行動を
毎日書くという目標を達成するためにだけ
羅列して書いているような気がする。
無理してでも毎日書くのがいいのか、
少し厳選して書いたほうがいいのか、
つまらない悩みを抱えながら寝るとしよう……
BTSのある駅に行く。
改札を出てある建物へと繋がっている連絡通路を歩く。
すると、ある白人がバッグを横において
通路に座っているのが目に入った。
バッグの横には
お金をなくしてしまいました。
母国に帰る費用がありません。
どうか……
という趣旨の言葉が書かれた紙が置いてあった。
実はこの白人、
かなり前にもこの駅ともう1つ別の駅で
このような振る舞いを行っているのを何度も見ている。
どこかの掲示板でも話題になっていた記憶がある。
所持金がなくなるまで
バックパッカースタイルで旅行を続けたのだろうか……
私としては所持金全てがなくなるまで
旅行を続けるという神経は信じられないのだが
まあ、中にはそういう旅行者もいるのだろう。
しかし、その場合、
現地で職を探す(厳密には違法行為かもしれないが)か
送金してもらうか
帰国するか(帰国チケットを持っていないケースもあるだろうが)
という選択肢が一般的だと思う。
送金をしてもらうあてのない旅行者もいるだろう。
しかし、乞食をやるというのは
タイ人に対しても失礼なことだと思う。
彼の母国がどこのなのかはわからないが、
母国に帰れば平均的なタイ人よりは
収入を得ることができるであろう。
この白人の場合、
かなり以前から(少なくとも)2箇所でこうした行為をしていることから
本当に所持金がないわけではないと思う。
最悪の場合でも、大使館に保護を求めることも可能なはずだ。
(大使館がどういう応対をするか、定かではないにしても)
そうしたことをせずに
母国よりもはるかに貧しいこの国で
乞食と言う行為に走るこの白人には
いかなる事情があろうとも
同情することはできない。
なんてことを書いてみたが
以前聞いたチェンライに現れた日本人の乞食のことを思い出した。
彼はなぜ日本に帰らないのだろう……
「なんか中途半端なんだよね」
最近、何度も聞かされている言葉である。
私が持つ能力の一部は、
人より多少はマシなものであるかもしれないが
生業にするまでには至っていないもののようだ。
すなわち、中途半端なものばかりなのだ。
対策としては
・この能力にさらに磨きをかける
・この能力に+αになるような能力をつける
ことが挙げられる。
いずれにせよ、ハードルは高いことに変わりはない。
時間の流れとともに年齢と言うハンディが加わる。
早くこうしたスキルを身につける必要があると思いつつ
時は過ぎ去って行くばかりだ。
焦るばかりで何もはかどらずに、時間が過ぎ去っていく。
選択肢は限られている。決断のときだ。
できないことを「できる」と言えない性格は直ることはないだろう。
しかし、人生にはそう言わねばならないときもある。
これが私の弱さであることは承知しているが
直せたら苦労しないとも思っている。
3年前の5月25日。
この日は私にとって一生忘れられない日だ。
人生で最も不幸な1日であると同時に
人生の転機となったかもしれない出来事が起きた日だ。
どうもこの日は私にとって縁起のいい日ではないのだな、
と思いながら、帰路についた。