日本で予約した宿を後にした。

これからが本当の一人旅。


当時の友人が2年前にネパールに来ていた。

出発前、彼からその時に知り合ったネパール人に

辞書を持って行ってくれと頼まれていた。

そのネパリとはあるゲストハウスで知り合ったそうだ。

片言の日本語を話し、きっと旅行の手助けをしてくれるだろうと

友人は話してくれた。


初めての異国の地……

前日カトマンズに着いたのは19時過ぎだったため

すでに暗くなっており、街並みを見ることはほとんどできなかった。

確か、食事もしなかった……

そのため、見るもの全てが新鮮で

足取りが非常に軽かったと記憶している。


「地球の歩き方」の地図を見ながら

友人に教えられたGHに向かっていたが

やはり道に自信がなく、

何度も何度も立ち止まりながらガイドブックを見ていた。

そんなときあるネパリが声をかけてくれた。

そして目的地を伝えると、そこまで案内してくれると言う。

お言葉に甘えて、このネパリと一緒に目的地に向かった。


GHに到着すると、案内してくれた男性は

宿の従業員に何かを伝え、そのまま去っていった。

ネパリの優しさに感謝である。


泊まりたいことと友人の友人に会いたい旨を伝えると

目的のネパリは現在夜勤をしており、

17時にならないとGHに来ないと言う。

部屋は空いているということなので

チェックインだけして街をふらつくことにした。


とにかく見るもの全てが驚き……


牛がごく自然と街中を歩いているし

乞食も街並みに溶け込んでいる。


日本との違いに驚きつつも

でもなんだかそれがうれしくて

夢中になって歩き回った。


夕方になり宿に戻ると

日中、フロントにいた男性が一人のネパリを紹介してくれた。

彼こそ友人が紹介してくれたLであった。

東洋のベニスと言われたのはいつの時代までだったか……

バンコクは運河が蜘蛛の巣のように張り巡らされており、

その運河を使ってボートによる交通網が発達している。


チャオプラヤー川を結んでいるチャオプラヤーエクスプレスと違い

運河を結んでいるボートは狭くて臭く、

外国人にとっては快適な移動手段とはいえない。


バンコクに旅行者として訪れている時は

ホワランポーン駅近くにある宿を定宿としていた。

駅の横を流れているクルンカセーム運河

カオサン通り近くまでボートが走っていて

当時はよく利用したのだが、

いつのまにかこの路線は廃止されてしまった。

現在利用する路線は

カオサン近くからのセンセーブ路線

実際にはプラトゥーナムからスクムビットの目的地までしか乗ったことがない。


ボートに乗り込み、とりあえず座る。

この路線、いつも混んでいて座るスペースがないときもある。

そんなときは後方のスペースで立ち続けることになる。

座れたとしても、容赦なく汚水の水しぶきが襲ってくる。


臭いなんてものではない……ががん


乗り込むと同時に、車掌が集金にやってくる。

走り続けるボートの端を歩きながら集金する彼らは


一種の職人ビックリだ。


集金だけではなく、船着場に着くたびにロープを結び、船を安定させる。

なかなかのハードワークだ。


船着場のアナウンスはないに等しい。

だから初めての船着場では周りをよく見ることが必要。

何度かタイミングを逸したことがある。

下りる時も運河に落ちないように気をつけなければならない。

(チャオプラヤーエクスプレスでは危うく落ちかけたことがある)


そんな感じで決して快適な移動手段とはいえないが

BTSで移動しにくい場所へ行く際には

渋滞に巻き込まれないというメリットはある。


チャオプラヤーエクスプレスは、これと比べるとずっと快適。

日本から来た友人知人を乗せると

ほとんどの方が喜んでくれる。

風景もよく、風が心地よい程度に感じるのだろうか……


運河ボートはモノ好きな旅行者しかお勧めできないが

チャオプラヤーエクスプレスは一度は乗って欲しい。


今日は久々に運河ボートに乗った。

バンコクに住みつつも、行くところは限定されており

たまにはローカル路線に乗って

郊外を旅してみたいと思った次第である。

カンボジアやチャイントンの話を書いていると

昔の旅の話が書きたくなった。

そんなわけで、「過去の旅」というテーマを加えて

ボチボチと昔の旅のことを書いていこうと思う。


私にとって初めての海外旅行はネパールである。

まあ、多くの人はこれを聞くと目が点になる。

大学時代、多少なりとも山に関わっていたこと、

当時の友人がすでに行ったことがあり情報を得ていたこと

が理由なのだが……


チケットはAI+RA(45日OPEN)という組み合わせで

13万円前後だったと記憶している。

物価を考えると、今よりはるかに高い。

初めての海外ということで緊張しまくり。

しかも初めての飛行機というおまけ付き。

飛行機のスケジュール上、

バンコクに1泊する必要があったのだが

このときはバンコクの宿と迎えを頼んでおいた。


しかし、チケットを受け取りに行った際、

当初は1泊の予定だったのだが

RAのスケジュールが変更となり

バンコクに2泊することになったことを知らされる。

今なら、散々抗議すると思うが

当時は格安チケットだからこんなものか……

と思い、素直に聞き入れた。


ただ、バンコクの1泊目の宿はちょっと高かったので

2泊目は安いところを手配するようには

タイ側の受け入れ先には伝えた。

そのため2泊目は別の宿に移ったのだが

実は今でもこのとき泊まった宿がどこだったのか、

わかっていない(2軒ともスクムビットだったのは確かだが)。

そして、この宿の移動以外、

初めてのバンコクはホテルから一歩も外に出ていないのだ。


それは、一人で歩くのが怖かったからである……(((( ;°Д°))))


その間、部屋にあるものも水以外手をつけず


非常食として

日本から持って来ていた食料を食べる始末……(((( ;°Д°))))


その後、カトマンズトリブヴァン空港に到着。

ここでも最初の1泊は日本で宿と迎えを手配してあったのだが

それらしき人物が見つからない……

空港にはゲストハウスの客引きが凄まじく多かったのだが

彼らの一人に事情を説明すると

空港内にあるフリーで国内通話できる電話を教えてくれた。

そこでネパール側の受け入れ先に電話を入れると


「昨日の飛行機で来ると聞いていたのだが、

来なかったのでキャンセルだと思ったよ」え゛!


と言われた。


結局、しばらくしてこのガイドが迎えに来て

当初の予定通りのホテルへ連れて行ってくれた。


こうして初めての海外旅行が始まった……

この時期、御大曰くの山の妖精

民族衣装を身にまとい、

あちらこちらの村で踊っている姿を

目にすることができる。

過去の祭り巡りについては

ここ に書いていたので

興味のある方はどうぞ。


チャイントンで見かけたラフのお祭りほどではないが

チェンライ某所で遭遇したのもかなりの規模のものだった。

場所は御大との約束で非公開だが

道のりはそれほど困難ではない。


規模もそうだが

面白かったのが、ラフだけではなく

リスアカといった他民族の衣装も一緒に見られること。

いや、ここまでだったら珍しくもない。

踊る時にこれらの民族が一緒になって踊るのだ!

これまで見たのは

結局一緒に踊るのは同じ民族同士というものばかりだった。


しかし、ここではラフの音楽で

リスやアカが一緒に踊るという場面に遭遇できた。


それも大人数で!


さらにうれしいことに、この会場では、

若い、年頃の娘が

民族衣装を身につけている比率が非常に高かったのだ。


実はこのときの写真はあるのだけど

やっぱり御大にアップしてもらうのを待つとする。

でも、あれは写真よりも映像の方がいいなあ……

ミャンマー国境の某リス村で遭遇したのに

勝るとも劣らない規模のお祭り。

(あれだけの規模でなぜ旅行者がいないのだ?)


御大の情報だと、会場が変わっている可能性が高いらしい。

今日か明日、やっていると思うけど

さて、今年はどうだろう?

今日の行動範囲では特に旧正月の行事には遭遇しなかった。


チャイントン郊外では

旧正月初日にラフ族の大きなイベントが行われているはず。

1回は自分で確認。

もう1回はガイドに確認したので

まず日程には間違いはなかろう。

毎年かどうかとなると自信はないけれど

白人の団体旅行者は結構行っているようだ。


民族衣装をまとったこれだけ多くのラフ族を

タイ国内では見たことがない。

それだけ大きな規模だ。


写真を撮っているときに

一人気になる女性がいた。

私の脳内では勝手にミスチャイントンと名づけている。

たまたまこのときのガイドが


「ああ、彼女、幼馴染」


などのたまうので、少し話す機会を作ってもらった。

ラフタイヤイのハーフ。

翌年にその時の写真を持って行き喜んでもらえた。

しかし、その数ヵ月後からヤンゴンの学校で学ぶ予定と聞いた。


あの娘、今は幸せにしているかな……