Osanna (オザンナ) イタリア (1 of 2) | pulsar21

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1972年 2nd「Milano Calibro 9」    1973年 3rd「Palepoli」

1971年9月、「L'uomo(ルモオ)」でアルバムデビューした イタリアのキング・クリムゾン とも呼ばれるオザンナ。70年代に5枚のオリジナル・アルバムを発売して解散、2000年代に再結成し2枚のアルバムを発売して、2010年の今年は 来日 まで果たしました。オザンナの結成は地中海に面した世界的な観光都市 ナポリ でCittà Frontale(チッタ・フロンターレ)というグループを率いていた ギター&キーボード Danilo Rustici(ダニロ・ルステッチ) と、 フルート&サックス Elio Danna(エリオ・ダンナ) との出会いから始まりました。まだレコードデビューしていないチッタ・フロンターレをオザンナと改名し、メンバー5人でイタリアの音楽産業中心都市となっている ミラノ でデビューしました。デビューアルバム「L'uomo(ルモオ)」が発売された1971年、イタリアでは New Trolls(ニュー・トロルス) が「 Concert Grosso Per 1(コンチェルト・グロッソ 1) 」を大ヒットさせていました。このアルバムは半分が映画のサントラ、作曲を担当したLuis Enriquez Bacalov(ルイス・エンリケス・バカロフ)が次に目を付けたグループが、このオザンナでした。

1972年2ndアルバム「Milano Calibro 9(ミラノ・カリブロ・ノヴァ)」を発売。デビューから現在まで、オザンナの ヴォーカル&キーボード は、ずっと Lino Vairetti(リノ・ヴァイレッティ) 。イタリアのロック界では 超一流のヴォーカリスト と言われています。2ndアルバムエンディング曲の「Canzona(カンツオーナ)」です。

http://www.youtube.com/watch?v=yAsQb53Eim4 画像は動きません。

「ミラノ・カリブロ・9」は「コンチェルト・グロッソ Ⅰ」同様、映画のサントラだという事は聞いていたのですが、一体何の映画?監督はフェルナンド・ディオレ?出だしの10分を見れる動画を発見しました。「ミラノ・カリブロ・9」の曲が多少アレンジ変更はあるけれど、よく知っているメロディが流れています。最初の10分間、何でこんな事をやっているのかわからないけれど、暴力シーンあり・・・床屋で髭剃りしている時に、剃刀で頬を傷つけるなど・・・あげくの果ては3人を縛って岩場の影に入れ、ダイナマイトで吹き飛ばす。イタリアといえばシチリア、シチリアといえばマフィア、きっとその手の映画なのだと思う。


「ミラノ・カリブロ・9」はキング・レコードのヨーロピアン・ロック・コレクション・パートⅠでオザンナの1枚目(1stアルバムという意味ではなく)として紹介されました。サントラとして発売されましたが、オリジナルと言っても良い様なオザンナの魅力満載のアルバムです。ただ全てオリジナルという意味では、次作を待つ必要がありました。

ローマ帝国成立以前のイタリア半島を支配していた古代ギリシアの手による大植民都市パレアポリス、これが1973年に発売された3rdアルバム「パレポリ」のテーマとなっています。


1.熱い時(Oro Caldo)~スタンツァ・チタ(Stanza Citta) 20:22
2.すばやい獣たち(Animale Senza Respiro) 21:34

約1年かけて作られたこのコンセプト・アルバムは、恐らくイタリアン・ロック史上5本の指に入ると思われる程、高いアルバム完成度となっています。哀愁を帯びたリノ・ヴァイレッティのヴォーカルは相変わらず素晴らしく、静の部分では繊細で切なくほっと一息つけるが、動の部分はエリオ・ダンナのフルート&サックスとダニロ・ルスティチのギターがこれでもかこれでもかと襲いかかり、抜け出せないオザンナの世界に引きずり込まれてしまうようです。このアルバムから導入されたメロトロンが効果的に使われ、その音が何かの儀式で祈りを捧げている、そんな風にも聴こえます。1曲目の「熱い時~スタンツァ・チタ」はまだ明るい、2曲目の「すばやい獣たち」で真っ暗闇の中へ。このアルバムは呪術的なオジー&ブラック・サバスの邪悪さどころではない。オザンナはとんでもないアルバムを作ってしまった。

3rd「パレポリ」でエネルギーを使い果たしてしまったのか、その後オザンナは分裂・合体を繰り返します。オザンナの暗闇は3rdアルバムを持って完全になくなってしまい、安心して聴けるシンフォニック・ロック、ジャズ・ロックへと移行してしまいました。しかしメンバーはテクニシャン揃い、その後の活動が良くないかと言われると、 オザンナの5thがレコード批評家賞を取った 事からもわかるように、上質の作品を作り続けました。オザンナ一派と言われるように、Cervello(チェルベロ)、Uno(ウーノ)、Città Frontale(チッタ・フロンターレ)、Nova(ノヴァ)、Luna(ルーナ)と、グループを統廃合しながらアルバムを発売し」、1981年「Luna」の発売をもって、約10年間のオザンナ一派活動に終止符が打たれます。

※チェルヴェロはオザンナが協力したバンドであり、後日ノヴァに合流します。
※ウーノはグループ名として存在していたかどうかは不明です。
※チッタ・フロンターレの「フロンターレ」は、サッカーJリーグで使われている名前と同じです。