
1981年 「Luna(火の鳥)」
1971年 Osanna 1st1972年 Osanna 2nd、3rd
1973年 Cervello 1st (チェルベロ唯一のアルバム)
1974年 Uno 1st (ウーノ唯一のアルバム)
Osannna 4th
1975年 Nova 1st (ノヴァ)
Citta Frontale 1st (チッタ・フロンターレ唯一のアルバム)
1976年 Nova 2nd
1977年 Nova 3rd
1978年 Nova 4th (ノヴァ ラスト・アルバム)
Osanna 5th (オザンナ ラスト・アルバム)
1981年 Luna 1st (結成は1979年。ルーナ唯一のアルバム)
オザンナは3rdアルバム「パレポリ」後の分裂で、中心人物の2人、ダニロ・ルステッチとエリオ・ダンナはロンドンに渡り、1974年アルバム「Uno(ウーノ)」を録音します。イタリアの音楽業界じゃ自分たちの音楽で生活はできない、イギリスで一旗あげたい、事実、1974年には石油危機が起こり、イタリア経済は破綻してしまいました。実は同じ1974年、オザンナは4thアルバム「Landscape of Life」を発売しています。もちろんダニロとエリオも参加して。同時期に発売されたウーノとオザンナ4th。ウーノもオザンナも中心人物はエリオとダニロの2人。どちらのグループに力を入れるかと言えば・・・ウーノのアルバムの方が評価は高いです。ウーノではオザンナ3rdで効果的だったメロトロンを多用し、女性スキャットを参加させています。前年の1973年に発売されたモンスター・アルバム ピンク・フロイド の「 狂気 」に参加していたLiza Strike(ライザ・ストライク)、「ウーノ」エンディング曲「Goodbye Friend」、狂気、ライザという前提を聞かなくても、一聴すればわかる声ですね。
そしてオザンナは4thアルバム発表後に一旦解散します。
オザンナの中心2人がイギリスに渡り、イタリアに残されたメンバーのうち、ヴォーカル&キーボードのリノ・ヴァイレッティとドラムのマッシモ・グァリーノは、6人編成でCitta Frontale(チッタ・フロンターレ)を結成し、1975年アルバム「El Tor」を発表しました。オザンナの静かな部分を抜き出したような、ほのぼのとした好アルバムでしたが、ダニロとエリオがイギリスに渡る必然性があったように、チッタ・フロンターレはセールス的にぱっとしなかったのでしょう。アルバム1枚で解散する事になりました。
イギリスに進出したダニロとエリオはウーノ発売後メンバーチェンジを経て、ジャズ・ロック・バンド「Nova(ノヴァ)」を結成しました。1stアルバム「Blink」は1975年発売、コンスタントに1年毎、1978年までに4枚のアルバムを発売して解散しました。一番有名なアルバムが1976年に発売された2ndアルバム「Vimana」には フィル・コリンズ 、 ブランドX の パーシー・ジョーンズ 、ジェフ・ベック「ワイアード」に参加した ナラダ・マイケル・ワーデン が参加し、ブランドX色の強い、素晴らしい演奏を繰り広げています。
イギリスでジャズ・ロック・バンドとして活躍していても、リードを取っているのは元イタリア・バンドのメンバーたち、「ノヴァ」結成にはもちろんダニロとエリオが中心になったのだけど、この時ダニロの弟Corrado Rustici(コルラド・ルステッチ)が参加していました。オザンナ3rdと4thが発売される間の年1973に発表されたCervello(チェルヴェロ)の「Melos(メロス)」、このバンドのリーダーがコルラドでした。前年に発売されたオザンナ3rd「パレポリ」は、古代ギリシアの大植民都市パレアポリスがテーマ、「メロス」はギリシアの古伝説に出てくる「メロス」がテーマになっています。ダニロとエリオの協力で作成された「メロス」、オザンナの音に近くなっていますが、叙情的という点では「メロス」軍配が上がると思います。たった一枚で解散してしまいましたが、イタリアン・ロック史上に残る名アルバムとなっています。
ノヴァは4枚のアルバムを発売しました。オザンナ、チェルヴェロの影はアルバム発売毎に衰退し、4thアルバムに至ってはUK市場をあきらめアメリカで録音しアメリカ盤のみの発売となりました。実はダニロはノヴァ1stアルバム発売後、弟コルラドを残してノヴァを脱退しています。エリオの方はノヴァラストアルバムとなる4枚目まで参加しています。
ノヴァを脱退したダニロは、ノヴァ4th発表と同じ年の1978年オザンナを再結成させ、5thアルバム「Suddance」を発売しています。もちろんノヴァにいたエリオもイギリスから呼び戻して。前述した通りこのアルバムはその年のレコード批評家賞を受賞しています。音的にはノヴァに近いジャズ・ロックで70年代前期のオザンナを期待すると裏切られますが、そこは技術者集団、高クオリティの作品となっています。
しかしオザンナの再結成もこの一枚だけ、リーダーのダニロは「Luna(ルーナ)」結成の為脱退、オザンナは再度休止します。「ルーナ」、音を聴いた事がありません。邦題は「火の鳥」、5曲目にストラビンスキーの「火の鳥」が入っているらしいのですが、全体としてはボーカル中心のポップサウンドらしいです。このアルバムもヨーロピアン・ロック・コレクションで紹介されジャケットはとても美しいのですが、購入までには至りませんでした。
オザンナ一派、たった10年の間に素晴らしいアルバムを数多く残しました。オザンナはダニロとエリオのグループ、しかし フォルムラ・トレ がそうだったように、オザンナもイタリアのバンドらしく歌心を大切にしているグループだと思う。1stアルバムから「L'amore vincerà di nuovo」、こういう素晴らしいバラードを歌う事にエンディングで恥ずかしそうに高笑いするメンバーが、とても印象的だった。