KING CRIMSON (ビル・ブルフォード) | pulsar21

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              '73.3.23「太陽と戦慄」

YESデビュー当時からのドラマーであったビル・ブラフォード。4年間のYES生活でもたらされたものは、地位、名声、金・・・。 5枚目「危機」の録音が完了した時点で脱退 し、「危機」発表を待たずにクリムゾンのメンバーとなる。

YESはブルフォードの後釜として、アラン・ホワイトが参加した。正味一週間のリハーサルでYESのナンバーを習得した、との事だったが、実際はブルフォード脱退を予想して準備されていたという話もある。アラン・ホワイト交代時に、クリムゾンの第一期ドラマーであるマイケル・ジャイルズの名前も挙がったが、クリムゾン脱退時と同じ理由でYES加入を断った。
(マイケル・ジャイルズ クリムゾン脱退時の記事はこちら)
http://blogs.yahoo.co.jp/pulsar_halloween/11617527.html

1972年1月 クリムゾン解散声明時には、アラン・ホワイトの加入が噂された事もあった。
(クリムゾン解散声明)
http://blogs.yahoo.co.jp/pulsar_halloween/13973880.html

ビル・ブルフォードは、クリムゾン前座YESメインの72年3月27日ボストンでの共演で、ロバート・フリップの音楽観に心底共鳴したと言われている。「もし私が将来一緒に仕事をしたい人がいるとすれば、それはフリップひとりだけだ」とジョン・アンダーソンに告げていた。

「危機」の録音を控えた72年5月の事。ブルフォードはメンバー達と離れ、ドーセットにドライブへ向かった日があった。道に迷い、道を尋ねるためにみすぼらしいコテージを見つけ、ドアを叩いた。
やぁ、君の来るのを待っていたよ。
コテージから出てきたのは、フリップ本人だったという。そこでフリップはクリムゾンへの参加を誘い、ブルフォードもこれで決断した。本当に?と思いたくなるような話だが、真実らしい。

当時22歳のビル・ブルフォードが、キング・クリムゾン加入にあたり、抱負を語っている。
「キング・クリムゾンで仕事をすることに関して不安のようなものはない。あるとすれば、私のミュージシャンとしての信条や力量がバンドに見合わないかも・・・という恐れかな。しかしこの事に関しては真剣に検討した。
(中略)
生きていくのが再び危なっかしくなるかもしれない。これは私にとっての大手術でもあり、また受けるに足る試練だ。 イエスにいた三年と数ヶ月の間、誰も私をだめなドラマーだとは言わなかった。しかしそれは人間が進歩するにはあまりいいことじゃない。

その後のブルフォードの活躍は、皆が知るところである。