予想外の行動をとるのは、人間の方であって、決して計算通りには動かないとか
その点においては、AIが人間にとってかわることなどできないとか
予想外の行動をとるのは、人間の方であって、決して計算通りには動かないとか
その点においては、AIが人間にとってかわることなどできないとか
仕事をさぼって ネットサーフィンをしていたらこんなものに出会いました
ご存知の人は多いのかしら? 私は存じ上げなかったんですがね
「 時間と無駄の科学 」 大前 研一(著) プレジデント社
随分年数は経っているようですがまだ著書は読んでいません
Amazonで発注しましたので数日で届くでしょうね
内容は
人間が変わる方法は3つしかない
1番目は時間配分を変える
2番目は住む場所を変える
3番目はつきあう人を変える
この3つの要素でしか人間は変わらない
最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだ
なんだか、しばらく違和感がありました
え、そこ?ってなりました あるいは、なんやそんなことか・・・・と思ったんです
しばらくしてすっーと、自分の中に落ちてきました
1~3番目まで日常生活そのものですよね
当たり前にありふれていて、むしろ盲点になりやすい気がしました
そして、ここ
最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだ
皆さんはどう思われましたか?
私はもっとこの著者の言い分を聞いてみたいという気になりました
人が何かを決意することは 年々難しいもののように感じられるように
仕組まれているとお思いませんか?
ですがよくよく考えてみると、決意を新たにするだけなら、とても簡単だとわかります
人は 時に一大決心をして何かしらの行動に出ることがありますが
なるほど、行動を伴わない決意は確かに無意味なのかもですね
良かったら一緒に考えてみてください

夏休みも終わりに近づき、親にも宿題があったことを思い出す
慌てて配布物を確認すると 一枚、人権教育らしいプリントが目に留まった
校長が書いたものだった
今年の4月~6月にかけて、自動車事故や事件が連続してあったことは
まだまだ記憶に新しい。子どもたちが傷つき、命を落とした子もいる・・・・・
その後、ご存じだろうか、自分の息子が子どもたちを傷つけるんじゃないかと
心配した親が息子を手にかけたことも・・・・・
この息子さんは 「ひきこもり」だったとか
そして、その親御さんは 「高齢者」だった
その後も、色んな批判や噂や注意を促す呼びかけが、あちらこちらで
聞かれましたね
SNSでは、事故現場や運転手の画像まで出てきてにぎやかでした
ここで、校長注が注意を促してるのは、決して事故や事件ではなく
「高齢者=危険運転予備軍」、「ひきこもり=殺人予備群」といった風潮を
作り出してはいけないというメッセージでした
高齢者はみな同じではないし 当然、ひきこもりになるまでに至った経緯はみな違う
高齢者、ひきこもり、被災者、他にどんな表現があるだろう?
母子家庭、無職の、先生、、、、、、など
これはすべて記号であって、便利ではあるし、伝えやすい
しかしながら、人間は基本的に個であるということを忘れてはいけないとか
続く~