末っ子 隼人(中学生)の話

先週末 一歩も家から出なかった彼は

ひたすらオンラインゲームに明け暮れた


日曜の夜には 咳が出だしてとまらなくなった

声枯れして

すっかり風邪を引いてしまった


月 火 水と学校を休んだ.....なんと、

土日からの五連休...羨ましい...


特に無理はさせていない!

ただ、ゲームをしていただけで


既に思春期に入った彼との会話が

去年のそれとは全く違ったものになって

きていることを、彼も私も気付きながら


なんとなくタイミングを見つけては

自分が思うさりげなさを更に100倍にした感じで

思い切って本人に聞いてみた


その前に、彼は中学で部活をしていたが

顧問の先生が

「次 休んだら、退部や」と言った言葉を

真に受けすぎて、それから二度と部活に

行かなくなってしまった


当時、私はなんとかしてやりたいと思ったが

彼の父親は、その程度の気持ちなんだろうと

本当にやりたいことなら、誰が何を言おうと

行くだろうと、、、、

本人が行きたくないと言うなら

放っておけと、、、そう言った


一理あると思った私は、それ以来部活の

話はしていない

そして、隼人は部活を辞めた



今、その部活のメンバーに嫌味を 

言われるんだとか

学校で数名の生徒から嫌味を言われることが

嫌なんだとか


だから、行きたくないんだと


だから、休んだんだ


その為に 風邪を引いたんだ

無意識は、ちゃんとこの子が欲しい結果を

持ってくる


木曜日の今日 私は隼人に学校に行くように言った


私は誰より早くに家をでた

予感はあったが余計なことだと言わなかったことが一つ

久々の学校、外出!

鍵を忘れないように!と。

言いたかったが、あえて言わなかった


夕方 帰宅した私に、隼人から

鍵を忘れて兄が家に戻るまで 玄関先で待つこと3時間


猫に午後のご飯をあげたいのに、中に入れず

猫が死んでしまわないかと考えたら悲しく泣いて過ごしたんだと



泣いたのかぁ.....


涙が出た本当の理由は 

無意識に尋ねてみないとわからないなぁ

なんてことを思いながら   

一切、小言を言うことなく ねぎらった

隼人よ、よく頑張りました







もっとあっさりまとめて終えるつもりだったのに

 

自分の文章構成の不得手から、長々となってしまっているけれど

 

実はここからがこの本の見どころであるように思います。

 

 

私は、三人の子の親であり、養育しながらも  時には、人間性を育てることに

 

情熱を注ぐことだってあります。

 

毎月の子ども食堂も 未成年者や弱者への思いから始まったものでした。

 

 

実際、私も経験してきていることですが、

 

親はわが子のことをわかっているつもりではいても

 

実際に子供がどんな世界で生きているのか、そのなかで承認を失うことが

 

どれだけ耐えられないことかを深く洞察することが大切だ

 

この本では書かれています。

 

多くの子供にとって、学校は最も重要な「世間」であると。

 

この世間(クラスやグループ)で自分のキャラが受け入れられ、

 

自分が仲間の中でどう演じるべきか役割も定まってくるという。

 

子どもの世間におけるルールや掟は大人社会のそれとは尺度も重みも

 

大きくことなる。怖いのは いじめではなく、いじめられたからといって

 

助けをもとめられないこと。なぜなら、助けを求めること、

 

それは=「世間」での承認をすべて失うことになりかねないから

 

いじめる側が悪い人間の集まりばかりかというとそうでもない

 

たとえ、そう(悪い人間)でなくても、集団の中で認められるには・・・・・

 

ここからが悩ましい‥‥あなたならどうすると思いますか?

 

私の答えは子供の時から一貫しています

 

いじめる側に立つか、見て見ぬふりをするか・・・・・

 

いあ、そうしなけらばならない場合があるんでしょうね。

 

個と個なら、分別のある個でいられるのに

 

集団の中では認められる必要があるから、結果的に被害者と加害者を

 

生んでしまうんですね。

 

 

似たようなことが男女関係でも起こると書かれている

 

 

恋愛は理性や打算を超えた感情そのもの

 

恋人や配偶者からDVを受けても耐え続け、外部からの介入に対しても

 

まるでかばうような行動をとる。

 

これこそ、パートナーからの承認を手放すことがいかに難しいを

 

物語っているんだとか。

 

Twitterでは、うつと虐待、DVにまつわる投稿が後を絶ちません

 

 

次は仕事を通じて うつや引きこもりになっていくケースについて

 

教育社会学者の本田由紀さんは働ぎすぎの一因として、仕事のなかで

 

自己実現しようとする心理を職場に埋め込んだ構造に注目し、

 

「やりがいの搾取」と呼んでいる。

 

つまりは、認められ、期待されることを意気に感じる心理を利用して

 

報酬とは不釣り合いな責任を持たせたり、貢献を引き出したりするのは

 

「承認欲求の搾取」と呼べるだろうと。

 

経営の常套手段かもしれない。

 

私は野球は見ないが、一つ思い出したことがあります。

 

プロ野球で有名な男気のある監督がいました。監督に花を持たせるため?

 

いまいち曖昧な意味解釈になるが「男にする」的な・・・・・

 

男の人ならこういった言葉や感情に一度はあこがれたり、好きな人もいるだろうに

 

話は戻るけれど、その監督に「頼んだぞ」と肩をたたかれたある投手、

 

勿論、監督に優勝をプレゼントしたくて

 

 

無理して異例の投球数を投げ続けて、結果 チームは優勝

 

その後、その選手は肩を壊したという・・・・・そんな話を思い出しました

 

お陰で翌シーズンは期待できるどころか、故障でメンバーにもなれなかったというお話

 

ま、心理的報酬はたっぷり与えられたんでしょうね

 

ですが、本来なら心理的報酬だけですませるのではなくて、

 

労働に対しては正当な対価が支払われること以外に

 

何もないんだということ 私たち日本の中でもきちんとわかっていれば

 

そしてそれを言える社会であったならば

 

仕事でのうつやら引きこもりの数は今とは全く違ったのではないでしょうか

 

今日はここまで

 

日本でも若者による無謀な交通事故はある。
 
発達心理学者のローレンス スタインバーグの実験から若者は友達が周囲にいるときと、いないときでは車の運転に違いが生じるというのがわかっている

ひとりだと冷静な運転も、友達に見られていると2倍のリスクを冒すようになるとか

ちなみに、これは大人にはあてはまらない


さて、認められたら危ない???というお話

認められたいが いつの間にか認められねば
に変わっていくとき

SNS なんかで見られる承認依存に陥ってしまうとき

初めは褒められたり、認められたりしてとても嬉しいし興奮気味になるが

次第に精神的に負担になってきたり
失敗したらどうしようとか
いつのまにかプレッシャーの方が大きく膨れ上がってしまってる状態のことである

優秀で真面目で将来が約束されたような人が就職した途端、急に出社できなくなったり

あるいは、有名大学に進学した途端、全く出てこなくなったなんていう例は多数ある

なんとも認められた人の不幸である

当たり前だけど 
承認によって得られるものもあるわけで
承認が得られなくなったら それらも失うことになる

承認によって、一体どれほどのものが得られるんでしょうか

ちなみに
人は、新たなものを手に入れる不安より、今あるものを失う不安の方がはるか大きいことがわかっている

それには、私も納得です
なぜなら、今会社で役職についているあなただって実際のところ、好きでやってはいないかもしれない

にもかかわらず、その地位を奪われるとなると抵抗しませんか?

一旦手に入れたらその承認は手放すのは難しいということですよね


つづく