もっとあっさりまとめて終えるつもりだったのに
自分の文章構成の不得手から、長々となってしまっているけれど
実はここからがこの本の見どころであるように思います。
私は、三人の子の親であり、養育しながらも 時には、人間性を育てることに
情熱を注ぐことだってあります。
毎月の子ども食堂も 未成年者や弱者への思いから始まったものでした。
実際、私も経験してきていることですが、
親はわが子のことをわかっているつもりではいても
実際に子供がどんな世界で生きているのか、そのなかで承認を失うことが
どれだけ耐えられないことかを深く洞察することが大切だと
この本では書かれています。
多くの子供にとって、学校は最も重要な「世間」であると。
この世間(クラスやグループ)で自分のキャラが受け入れられ、
自分が仲間の中でどう演じるべきか役割も定まってくるという。
子どもの世間におけるルールや掟は大人社会のそれとは尺度も重みも
大きくことなる。怖いのは いじめではなく、いじめられたからといって
助けをもとめられないこと。なぜなら、助けを求めること、
それは=「世間」での承認をすべて失うことになりかねないから。
いじめる側が悪い人間の集まりばかりかというとそうでもない
たとえ、そう(悪い人間)でなくても、集団の中で認められるには・・・・・
ここからが悩ましい‥‥あなたならどうすると思いますか?
私の答えは子供の時から一貫しています
いじめる側に立つか、見て見ぬふりをするか・・・・・
いあ、そうしなけらばならない場合があるんでしょうね。
個と個なら、分別のある個でいられるのに
集団の中では認められる必要があるから、結果的に被害者と加害者を
生んでしまうんですね。
似たようなことが男女関係でも起こると書かれている
恋愛は理性や打算を超えた感情そのもの
恋人や配偶者からDVを受けても耐え続け、外部からの介入に対しても
まるでかばうような行動をとる。
これこそ、パートナーからの承認を手放すことがいかに難しいを
物語っているんだとか。
Twitterでは、うつと虐待、DVにまつわる投稿が後を絶ちません
次は仕事を通じて うつや引きこもりになっていくケースについて
教育社会学者の本田由紀さんは働ぎすぎの一因として、仕事のなかで
自己実現しようとする心理を職場に埋め込んだ構造に注目し、
「やりがいの搾取」と呼んでいる。
つまりは、認められ、期待されることを意気に感じる心理を利用して
報酬とは不釣り合いな責任を持たせたり、貢献を引き出したりするのは
「承認欲求の搾取」と呼べるだろうと。
経営の常套手段かもしれない。
私は野球は見ないが、一つ思い出したことがあります。
プロ野球で有名な男気のある監督がいました。監督に花を持たせるため?
いまいち曖昧な意味解釈になるが「男にする」的な・・・・・
男の人ならこういった言葉や感情に一度はあこがれたり、好きな人もいるだろうに
話は戻るけれど、その監督に「頼んだぞ」と肩をたたかれたある投手、
勿論、監督に優勝をプレゼントしたくて
無理して異例の投球数を投げ続けて、結果 チームは優勝
その後、その選手は肩を壊したという・・・・・そんな話を思い出しました
お陰で翌シーズンは期待できるどころか、故障でメンバーにもなれなかったというお話
ま、心理的報酬はたっぷり与えられたんでしょうね
ですが、本来なら心理的報酬だけですませるのではなくて、
労働に対しては正当な対価が支払われること以外に
何もないんだということ 私たち日本の中でもきちんとわかっていれば
そしてそれを言える社会であったならば
仕事でのうつやら引きこもりの数は今とは全く違ったのではないでしょうか
今日はここまで
