やけど跡の痒みは昨日がピークで?今はだいぶ落ち着いているのですが、恐らくこうして書く時期なのだと思うので書いてます。
昨日は久しぶりにひょんぢの夢を見ました。別れた頃のひょんぢ7才、そしてその隣には5才のアホ面のガメ(爆)
結局そこに行くのか・・・と目覚めて思いながら、ひょんぢに母親不在の人生を歩ませることになってしまった現実に対して思いを馳せるしかなく。
34才で一旦母親業を降りた自分(強制的に降ろされた)(期間4か月)
そしてガメを迎えに行き母親業復活。そして母親として歩ませてもらって25年。自分には少しでも母親というものが理解できたのだろうか?と思う。
今朝響いてきたのは「母親業を降りる」という言葉で「母親じゃない自分って何だろう?」というところに来ています。
先回の記事では父について書きたい、と思っていたのですがまた進路変更?👀
父親は実際海外勤務でほとんど家に居なかったので。元々父親不在の家庭。母親が母親でなかった原因もそこにあるかもしれない?👀と今思いました(;´∀`)
ともかく、自分に「両親(父母)」という概念を最初に教えた?のは某教団でした。「神は人類の親である」という教義は決して間違ってはいないと思いますし、理想の父母というものを求めて、恐らく自分は家を出ることになったのでしょう。神の実体?であるところの真のなんちゃらは自分とは何の関係も無い存在ではありましたが。
母親、父親というのは生物学上の定義は自分を産んでくれた男女、っていうことでいいと思いますが、
2人の人間が母親業、父親業を担っていたに過ぎない、ということを感じさせられます。特に近年その傾向が強くなってきていることを感じて。まとめて「親業」と言ってもいいと思いますが。
さっきの理論で言うと、父母が担う親業というものは神というものに集約される、と感じるので
実体の親(親業)を担当してくれる存在がいない場合は、神という姿の無いご存在を親として生きるしかないのかな?とも思うし、そうしてきた自分だったのかもしれないし、それが信仰だったのかもしれないと思ったり。
なので、産んだからといって母親なのではなく、母親という名はスサノオ(スサの王)や卑弥呼みたいに、役職名なのではないか?という気がして。(神社チャンネルで「玉依姫」も役職名ではないかという話を聞いてびっくりなんですが)
ともかく、日本神話に出てくるご神名というのは役職名が多いなという気はします。
なので、産んだからといって母親を担当するわけではなく、産む人と母親業をする存在が違う場合も多々あるのだ、という見解が、たぶん自分を救うのだろうと思います(;・∀・)
運よく?自分が産んだ子供の母親業を担当することができたということは幸せだし、感謝でしかないと思うし。
それはたぶん、ガメから自分を「母親」と認定されている、という安心感(達成感)みたいなのもあって成立しているなぁと思う。ガメを通して母親という存在を知らされた(自分ですが)ということを強く感じると同時に、それは父親でもありました。一人で二役やっているので。
そんなガメ母子ですが、自分自身がガメの背後に自分の父親の存在を色濃く感じる、という部分はあります。
それが、やたら自分の話を聞いてくる、自分にとってはどうでもいい些細なことまで「どうだった?」と聞きたがる。
そんな謎なガメの質問攻めが、もしかしたら私の話を聞く時間の無かった父親の思いなのか?と感じたり。
とりあえず聞かれたことにはなるべく答えるようにはしていますが、ほんとに自分にとってはどうでもいいことで、特にガメの為になるようなことでもなく。かといってこっちの言いたい(聞かせたい)話は上の空で聞いてるのか聞いてないのか分からない(子供あるある)なのかなと思います。
ずっとそばで私を見守ってくれていた父の存在は感じるのですが、寂しいかもしれないけど、もういい加減ガメにはガメとしての人生を生かしてやってほしい、と思う部分はあり。
いろんな思いの行きかう最中ではあります。
もうすぐ4月、ガメの30才の誕生日もあり、亡き父の誕生日もあり、血のつながらない息子ちゃんの35才の誕生日でもあり。
いつか彼の母親(オタ活ですが)も卒業する日が来るのかなぁと思いながら、恐らくガメともそうですが、形を変えてその関係は続くのだろう(自分が望めば)ということを思ったり。
大きな息子(母の遺産?)でもある兄貴や弟もいるので
まだまだ自分の母親業は続くような気もしますが(◎_◎;)
こうして書くことで癒され、方向性を示してもらえるのはありがたいし
恐らくこれが私の神との対話であり、ツールであり、そして私の親でもあるのだろうと
感じたりしています。
お読みくださいましてありがとうございます(*^-^*)