レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -418ページ目

握れば指のあひだより落つ

早朝、まどろむように夢と現を行き来していた。

懐かしい風景や人物が現れては消える。

川を遡るように過去を遡っていく自分がいる。

目が覚めてからも、妙な寂しさがついてまわる。

こういう日は、どうもいけない。

僕はパソコンを開き、子ども時代によく遊んだ田舎をYouTubeで検索した。

観光地という事もあり、それは容易に見つかった。

懐かしさがこみ上げてきて、よせばいいのに、

今度は友や知人はどうしているかと、

久しぶりにその運営サイトやFacebookを開いてみた。

みんな地道に自分の道を歩き或いは走っていた。


この所、僕はといえば、どうにも手さぐり以前の自分があり、

その不甲斐なさをひしひしと感じている。

どこまでも弱い自分がいる。

まるで石川啄木の詩歌を、一つ一つ実証するように歩いている気分だ。

「友がみな我よりえらくみゆる日よ・・・」と、いうやつだ。

更には「いのちなき砂のかなしさよ、さらさらと、握れば指のあひだより落つ」が頭をよぎる。

『日本国語大辞典』は、このかなしさを

「努力してもどうにもならない、本質的なことによる限界を感じる悲しみである」

と解説している。

更には更には「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる」なんて詩が・・・



余談になるが、その詩歌から石川啄木という人物を想像するとどうも違うような所がある。

氏は困窮を極め、か細く、世に出ぬまま悲運に倒れた才気の人という印象がある。

確かに困窮の極みにいたが、時には懐に入る金銭は遊興費にあてられていたようだ。

親友であった金田一京助氏は我が家財を売り払ってまで、氏を援助したという。

それなりに職に就くも、かなり勘のきつい性格が災いしたのか、長くは続かない。

或いは、元々生活の為の腰掛程度にしか考えていなかったのだろうか。

そこには危うい弱さはない。・・・と、僕は思っている。

それでいて、これだけ人の儚さ、悲しさを表現できる人といのは、

やはりその才は卓越したものだったのだろう。

その生意気ともいえる性格を一枚めくると、

人への愛情、憂いが同居していたのかも知れない。

現に、氏は様々な所で研究され、作品も出版され、その才能を称えられている。

勿論、氏と自分を比べるような愚かなな事はしない。


(石川啄木像に詳しい方、この素人評をお許し下さい)



走れど走れど、光の見えぬ自分をもてあましている。

そして、すくえどすくえど掴みたいものは、指の間よりさらさらとこぼれ落ちる。