レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -304ページ目

師匠の奇妙な行動

何がご縁だったかは思い出せない。

いつの頃からか、僕は本業の傍ら師匠の店を手伝うようになった。

そこには、見慣れぬおかしなものが無造作に置かれていた。

何か凄そうだと感じるものもあるし、

そこらのゴミと変わらないものもある。

骨董品や我楽多品、単なるリユース品を

ごちゃ混ぜにしたその店は、何とも魅力的だった。

今日の僕があるのはそんな店を持つ師匠のお陰だ。

最近、その師匠がちょこちょこと仕事道具を下さる。

「困らないのですか?」と聞くと、

「大丈夫、余分があるから」と仰る。

そう言えば、この間はふいに陳列棚を2本運んで来られた。

何か怪しい。




昨日、師匠から預かっていた総花梨の座卓が売れたので、

一緒に配達に行って頂いた。



余談だが、花梨という木は、見事な色艶を出すが、兎に角、重い。

売買値も一般的な座卓より一桁重い。

一生ものと言ってもいいが、

今どきこんな座卓を使うお宅があるのかと、少し驚きもする。


配達から戻り、お茶をすすりながら、

「師匠、やっぱり軽トラは必需品ですよね」と言うと

「もうしばらく辛抱し。ワシの軽トラ、使こうたらええさかい」

と、師匠がぽろっと言った。

僕は「どういう事です?」と、師匠に詰め寄った。

「いやいや、実はな息子が足腰が立つうちに

そのなんだ、え~、近くに越して来ないかちゅうもんやから、

そのなんだ、え~、家内と話しおうて、そのなんだ・・・」

「師匠、この間は足腰が立つ間は

この地は離れんて言うてはったやないですか」

「まあ、そのつもりやったんやけど、

そのなんだ、え~、息子の仕事が余りにも忙しいんで、

そのなんだ、え~、少しは孫どもの世話を手伝わんとですな・・・」

「師匠、ご子息の近所言うたかて、

あの町は坂ばかりで、暮らすにはしんどいですよ」

「せやから、少し坂の緩やかな所にしてんがな」

「えっ、してんがなって?」

「もう、こうてもた」

僕は呆気にとられた。

ご子息が暮らす一角は、阪神間の閑静な住宅地。

六甲の麓に位置するので、基本が坂道なのだ。
 
「師匠、百歩譲って坂道は大丈夫としましょう。

ですけど師匠、スーパーにさえつっかけで行けませんで。

百姓家から野菜を買う訳にもいきませんで。

軽トラは言うに及ばず、ちんけな車にも乗れませんで。

耐えられますか?」

「大丈夫やろ。すぐに慣れるわな」

いくら僕が言った所で、すでに住居の手配も終わっているし、

今更、どうしょうもない。

この所の行動がおかしかった訳である。

「では、隠居なさるのですか?」と、僕が真顔で聞くと

「それとこれとは別や。大きな品を扱わんだけや。

得意先もみな堺におるんで、こちらには頻繁に来るで。

勿論、kenさん所にも寄るわな」

僕は暫く黙りこんだ。そして、ぼそりと言った。

「仕方ない。その軽トラ、譲り受けましょ」


師匠と出会ってかれこれ20年が経つ。

いい加減な僕に商売の考え方、

商品の知識を根気よく教えて下さった。

懐の深い方で、僕にとって我が父のような存在だ。

これからも教わる事は山ほどある。

いやこれからが本番と言っていい。


師匠は懐をごそごそとし、

「ほらっ、ワシもスマホデビューや。LiNEも入れてるで。

取りあえず、分からんものを買い取る時は、画像を送っといで」

と、笑った。

スーパーじいさんだと、ホトホト感心する。

ご子息からは、予々隠居してゆっくり暮らして欲しいと言われているようだが、

師匠は暇があれば、商売の事を考えてらっしゃる。

師匠にとって商売は仕事ではないのだろう。

趣味が高じて商売になっただけである。

僕も似たようなものだから、それがよく分かる。

ご子息さん、師匠の健康を気遣うなら、

もうしばらく好きなように遊ばせてやっておくれ。

今、隠居されたらおいらも困る。