レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -292ページ目

脚下照顧

「おとーさん、明日の朝7時って起きてる?」と、三男が言った。

「分からんな」

「起きてたら、起こしてほしいねんな」

「起きていなかったら?」と、僕が尋ねると

「んん~、どうしよ。おかーさんは、自分で起きなさいって言うてるしな」

困ったような困っていないような表情だ。

「大体、何で日曜日にそんな早よ起きるねんな?」と、聞くと

「剣道。クラブやねん」と。

「何時から?」

「9時から」

「2時間も早よ起きるんかいな」

「いや、8時過ぎに学校に行って、あれこれ準備するように言われてるねん」

「練習試合でもあるのか?」と、聞くと

先輩が稽古に来ると言う。

さらに「誰が来るのか?」と、聞くと

「知らん。けど、厳しい人らしいで。面倒くさいわ」と。

僕は「まあ、何でもいいから、稽古つけてもらい」

と言って、自室に引き上げた。

残念ながら、翌朝、目が覚めたのは8時半だった。

すでに三男の姿はなく、無事、学校に向かったようだ。

洗面所に行くと、二男が歯を磨いていた。

「どうした?日曜日に」と、言うと

「中学校に稽古に行ってくるわ」と。

「えっ?中学校って、三男の?」

「そやで、ゆうべ三男にも言うておいたで」

「先輩が来るとは言うてたけど、誰かは知らんて」

三男は万事がこんな調子だ。

大概の事に、びっくりするほど頓着がない。

二男はFちゃんと一緒に稽古に行く事になっていると言う。

二男は一昨年の部長。

Fちゃんというのは、去年の部長である。

祖父が剣道の師範であり、幼少の頃から相当に鍛えられている。

中学校のクラブでは、その二人が稽古に出向いて来るというので、

それなりの準備をしないといけないらしい。

そんな大層なものか。

たかが高校生で、爪の先ほどの先輩じゃないか。

とは言うものの、

生きていくうえで、「礼節」というのは、とても大切な事だ。

そして、人にとって「驕り」ほど厄介なものはない。


二男が中学校に出向くのには少し理由がある。

二男は高校の剣道部を辞め、本格的に勉強に取り組んでいる。

かと言って、剣道をやめたいわけではない。

Fちゃんは、剣道、勉学共にスランプに陥り、

高校受験ではそれが足を引っ張る結果となった。

所謂、燃え尽き症候群と言うやつのようだ。

実力は充分あるのに、人の心とは何とも頼りないものだ。

現在通う高校ではクラブに入らず、猛烈に勉強をしている。

Fちゃんもまた剣道が嫌になった訳ではない。

そんな事で、二人とも体が剣道を忘れないよう、

剣道の場を中学校に求めようという事らしい。

僕も二男の高校で竹刀を振るはずが、

虚しく空をきる結果となっていた。

それなら僕を含め、Fちゃんの祖父の道場にいけばよいのだろうが、

道場には道場の方針があり、そう思うようにはいかない。



しかし、中学校という手があったか。なるほど・・・



三男からすると、兄と父親が竹刀を片手にクラブにやって来るというのは、

あまり歓迎すべきものではないかも知れない。




ところで、クラブを終えて自宅に戻ってきた三男は、

二男にこんこんと説教をされていた。

稽古中の態度、姿勢がなっていない。

一年坊主は人の倍、動けと。

甘々に育っている三男は、

耳に蓋をし、ふて寝を決め込んだ。

誰しもどこかで、ケジメというもの、覚悟というものを学ばねばならない。

三男よ、二男の言う事はもっともだ。

人の倍ほど気を回し、人の倍ほど動け。

体で覚えていかないといけない事だってある。

書きながら、自分にもそう言い聞かせている。


今は亡き少林寺の師匠によく言われた言葉がある。



脚下照顧!


理屈を並べる前に、我が足元をみよ。

驕ることなく、自分をみつめよ。



ペタしてね