レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -244ページ目

晩夏

「なんや不思議な店やなあ。こんな店、いつからあったの?」

と、そのご老人は店内をぐるっと一回りして言った。

以来、ご老人は月に数度はお越しになるようになった。

小一時間ほど事務所で過ごして行かれる事もある。

ところが、ここ一月ほど顔を見ない日が続き、少し心配になっていた。

お付き合い頂いて二年になるが、こんな事は初めてだった。

そんな所に事務所の扉をガラッと開け「久し振り」と、そのご老人が顔を覗かせた。

ご老人はニコニコとここ最近の話をなさい、ちょっとした骨董品をお買上になった。

その翌日もいらっしゃって、壺を買っていかれた。

ひょこっと昨夕もお越しになって、二品ほど売約をお入れになった。

「えらい散財ですね」と、笑うと

「欲しいものは、遠慮のう買っておこうと思ってな」と仰る。

「それは有難いですけど、奥様に叱られない程度に」と、僕は言った。

一瞬、間があって

「ワシ、もうなごうないと思うわ」と、ご老人が真顔で仰った。

「えっ?」

「実はな、ワシ3年前に大きな病をしてな。そいつが一年前に再発してもうてな」

僕は言葉をつまらせた。

「ええんや、ええんや。よう生かしてもろうた」

「急いて逝く事ありませんやん」

「いやいや、もう充分や。ほんでな、最後にワシが生きた証に、ワシが好きやった骨董を残していこうと思うんや」

「ちょっと待って下さいよ。まだ、死に土産にしたらあきませんで」

「ありがとうな。ワシの楽しみはこの店にふらりと寄る事なんや」

「ずっと、寄り続けたらよろしいがな」

「そやな。ワシの最後の楽しみを作ってくれて、あんたにはほんま感謝してんねん」

こんなでたらめな店に足繁く通って頂き・・・僕は何も言えなかった。

「すまんな。つまらん事、聞かせて。あんたには聞いてもらっといた方がいいような気がしてな」

ご老人はそう言って、僕の肩をポンと叩いた。

物事は淡々と起き、淡々と去っていく。

人の生き死には誰も抗う事は出来ない。

ましてや八〇も超えるほどの歳なら特に驚くような事でもない。

だけど、許されるのなら、このご老人をもう少し遊ばせてやって欲しい。

或いはもう少し、時の流れが緩やかであって欲しい。

ご家族の方たちはどのような思いでこのご老人との日々を過ごしていらっしゃるのだろう?

慈しむようにかみしめるような日々なのだと思う。

今日のこの日が、一日でも長く続きますようにと、祈るように願う日々なのだと思う。

僕はこのご老人から沢山の経験談をお聞きし、教えを頂いた。

もう少し、教えを頂きたい。

人はこの頼りなくも悲しい思いを何度経験すればよいのか。


今夜は遠くで雷鳴が聞こえる。

晩夏というのは、お祭り騒ぎの余韻のようにどこか寂しいものだ・・・