レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -240ページ目

内にあるもの

急いでいた。

買取りに伺う時間が迫っている。

僕は車に走りより、ドアアウタハンドル(要は取っ手)を勢いよく引き上げた。

と、何かが宙に舞ったような。

「なんだ?」と、まわりを見渡したが、分からない。

僕はもう一度、取っ手に手を掛けようとした。

んっ?・・・ない!

取っ手がない!

さっき、宙を舞ったように思えたのは、取っ手だったのか!

今一度、まわりを見渡すと、お向かいの畑の上に、

銀色に光る物体が転がっていた。

「ええ~!!ウソやろ~!ちょっと待ってくれ~!」と、僕は心の中で叫んだ。

近付いてみると、それは紛れもなく車の取っ手だった。

何十年車に乗っているが、こんな事は初めてだ。

兎に角、買取りに向かわなくちゃ。

僕はかなしく残された根元の突起を引っ張りドアを開けた。

運転しながら、それが妙に可笑しくて、僕はふき出した。

その後、知人の車屋さんに来てもらったら、こういったケースは時折あるとの事だった。

知人は車をざっと見て言った。

「それよりkenさん、タイヤの方が怖い」と。

・・・更に何かあるのか?

「えっ?なに?」と聞くと、

「溝が減っていると言うより、もう坊主じゃないですか。よくパンクしなかった事ですよ」と。

「そんなの気にした事ないで。ヤバい状態なの?」と、聞くと

「こんなので高速を走ると、事故になりますよ」

「ほんまかいな。先日来、高速、走りまくってるで」

「よくバーストしなかったものです。まさに奇跡ですよ」と、知人は真面目に言った。

そんなに危なかったのか。

取っ手が折れていなかったら、そのまま乗り続けていた。

これも何かの知らせだったのだな。

不運な事に思えても、それが起こるには何か意味があるのだ。

「そんなもの、とってつけた理屈だ。たまたまやがな」と、いう方も多いと思う。

だけどね、物事は考え方一つで良くも悪くもなる。

少し話が逸れるが、僕は願いが形をつくりだすと思っている。

今、僕がここにこうしていて、こんな仕事をしていて、あなたと繋がっている。

偶然なんかじゃない。

願いが物事を引き寄せるんですよ、人と人を繋ぐのですよ、と思う。

大層に考える事はない。

人は知らず知らずの間に、あなたの本心があなたを導いている。

本心が疑心暗鬼では、どこにも進まない。

僕も「そんなに上手くいくはずがない」と思う時と、

何の確証もないのに「上手くいく」と思う時がある。

殆どの場合、その通りになる。

あれは何なのだろう?

神がかった啓示がある訳でもなく、予知能力がある訳でもない。

それこそ深層にある本心が、僕を導いているのだろう。

という事は、まず自分を信じなさいということなのだよな。

目の前の問題が壁になるか、小石になるかは自分次第なんだな。