母
昼過ぎ、母のいる施設から電話が入った。
あまりよい事ではないだろうと思いながら、電話に出た。
案の定、母が救急搬送されたという内容だった。
もういつ何があってもおかしくない年齢だ。
僕と家内は急ぎ身支度をして、病院に向かった。
力なくベッドに横たわる母は、僕の姿を確認し、小さく頷いた。
僕には少し落ち着いているように見えた。
医師にお話を聞くと、結論から言うと、原因不明。
検査結果は高熱で炎症反応が出ているが、血液検査もCTも異常は見つからない。
明日、もう少し詳しく検査をしてみましょう、という事だ。
母はこの8月にも同じような事で入院している。
この時は尿路感染症という事だった。
医師に「容態が急変した際はどうしましょう?」と、問われたので、
「延命治療は不要です。それが母の意思でもあります」と、答えた。
でも、出来ることならもう少し、母をこの世に留まらせてほしいと思う。
看護師さんから、「診療情報に痴呆症とありますが、本当ですか?」と。
家内が「痴呆の症状は無いに等しいですが、そんな診断が出ています」と、答えると、
「そうですか。受け答えがとてもしっかりされているので、痴呆症とは思えないですね」と。
実は、今月中に母には僕の住む堺に移住してもらう事になっている。
母がやっと、重い腰をあげてくれる事になった矢先に、こんな面倒が起きるとは思いもしなかった。
先ほども書いたが、母は痴呆症と診断されているが、それは年齢なりのものという気もする。
痴呆症と診断された2年前は、父が亡くなり混乱していたのかも知れない。
或いは、グループホームでの生活が母の症状を抑えてくれているのかも知れない。
ただ、今の施設はかなり痴呆の進んだ方々が生活なさっている。
その中での生活は、かなりのストレスだと思う。
僕の住まいからも遠い。
うちは共働きなので、同居は現実的ではない。
考えた末、僕の住まいの近くに来てほしいと母に話をした。
で、探しだしたのが、高齢者向サービス付マンションと言われるもの。
看護師、介護スタッフも常駐している。
勿論、食事もついているが、部屋にはキッチンもある。
何よりも自宅からも店からも近い。
これで、一安心出来るはず。
母には何一つ、孝行らしい事をしてあげれていない。
身を挺して僕を育ててくれたのに、今は離れた地で心細く暮らしている。
そんな寂しい老後があってなるものか。
先日、ひょんな事で知り合いになった看護師さんが言っていた。
「沢山、人の死を見て来ますとね、その人の生き様が見えてくるのです。
優しさを持って生きた人ほど、安らかに眠りにつく事が多い。本当ですよ。
大切なのはモノの豊かさよりも心の豊かさです。私はそういう生き方をしたいです」
人の死とは実に呆気なく訪れる。
僕は妹を若くして亡くした。父も突然逝った。
それを思うと、家族が愛おしい。
何の力になれる訳でもないが、今日、接する人に出来るだけの事をしてあげたい。
自分自身、明日を思い悩むより、今日を懸命に生きよう。
そう思う。