レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -237ページ目

昼過ぎ、母のいる施設から電話が入った。

 

あまりよい事ではないだろうと思いながら、電話に出た。

 

案の定、母が救急搬送されたという内容だった。

 

もういつ何があってもおかしくない年齢だ。

 

僕と家内は急ぎ身支度をして、病院に向かった。

 

力なくベッドに横たわる母は、僕の姿を確認し、小さく頷いた。

 

僕には少し落ち着いているように見えた。

 

医師にお話を聞くと、結論から言うと、原因不明。

 

検査結果は高熱で炎症反応が出ているが、血液検査もCTも異常は見つからない。

 

明日、もう少し詳しく検査をしてみましょう、という事だ。

 

母はこの8月にも同じような事で入院している。

 

この時は尿路感染症という事だった。

 

医師に「容態が急変した際はどうしましょう?」と、問われたので、

 

「延命治療は不要です。それが母の意思でもあります」と、答えた。

 

でも、出来ることならもう少し、母をこの世に留まらせてほしいと思う。

 

 

看護師さんから、「診療情報に痴呆症とありますが、本当ですか?」と。

 

家内が「痴呆の症状は無いに等しいですが、そんな診断が出ています」と、答えると、

 

「そうですか。受け答えがとてもしっかりされているので、痴呆症とは思えないですね」と。

 


実は、今月中に母には僕の住む堺に移住してもらう事になっている。

 

母がやっと、重い腰をあげてくれる事になった矢先に、こんな面倒が起きるとは思いもしなかった。

 

先ほども書いたが、母は痴呆症と診断されているが、それは年齢なりのものという気もする。

 

痴呆症と診断された2年前は、父が亡くなり混乱していたのかも知れない。

 

或いは、グループホームでの生活が母の症状を抑えてくれているのかも知れない。

 

ただ、今の施設はかなり痴呆の進んだ方々が生活なさっている。

 

その中での生活は、かなりのストレスだと思う。

 

僕の住まいからも遠い。

 

うちは共働きなので、同居は現実的ではない。

 

考えた末、僕の住まいの近くに来てほしいと母に話をした。

 

で、探しだしたのが、高齢者向サービス付マンションと言われるもの。

 

看護師、介護スタッフも常駐している。

 

勿論、食事もついているが、部屋にはキッチンもある。

 

何よりも自宅からも店からも近い。

 

これで、一安心出来るはず。

 

母には何一つ、孝行らしい事をしてあげれていない。

 

身を挺して僕を育ててくれたのに、今は離れた地で心細く暮らしている。

 

そんな寂しい老後があってなるものか。

 

 

 

先日、ひょんな事で知り合いになった看護師さんが言っていた。

 

「沢山、人の死を見て来ますとね、その人の生き様が見えてくるのです。

 

優しさを持って生きた人ほど、安らかに眠りにつく事が多い。本当ですよ。

 

大切なのはモノの豊かさよりも心の豊かさです。私はそういう生き方をしたいです」

 

 


人の死とは実に呆気なく訪れる。

 

僕は妹を若くして亡くした。父も突然逝った。

 

それを思うと、家族が愛おしい。

 

何の力になれる訳でもないが、今日、接する人に出来るだけの事をしてあげたい。

 

自分自身、明日を思い悩むより、今日を懸命に生きよう。

 

そう思う。