不思議な紳士
前回の続きである。少し長くなる。
カウンターには上質な衣服を身に纏った紳士が立っておられた。
紳士は「突然申し訳ないです。どこからどうお話してよいのか分かりませんが、少しご相談がしたいのです」
と、とても丁重に話を切り出された。
うちの店から駅に向かう途中にあるご実家を、少しばかり片付けているのだそうだ。
先日、お祖父様がお亡くなりになり、故人の品々を整理なさる事になった。
その中に、故水木しげる氏の肉筆画があるのだと。
お祖父様は、水木氏と親交のあった方で、水木氏も何度かそのお宅を訪ねてらっしゃるらしい。
水彩画の入手先は判然としないが、デパートの外商部が関わっていたと思うとの事。
お祖父様が亡くなられた今、お祖母様がその水彩画を大切にして下さる方に譲りたいと。
水彩画は二枚あり、一枚はお付き合いの続いているデパートが引き受けてくれる事になったそうだ。
残った一枚の託し先はないものか?
紳士はそんな事をお友達に相談なさった。
そのお友達が「それなら、成穂堂に相談するのがよろしかろう」と、うちを推薦くださった。
何故、朽ち果てたようなうちの店を推薦して下さったのかは難解だが、それは限りなく有難いお話だ。
「勿論、お受けできます。いずれにしましても、どのような品かを確かめたく思います。数時間でもお預かりしたいのですが」と、僕は言った。
「ごもっともです。それでは後ほど持参します」と。
帰り際、うちにある16角テーブルをみつけ、
「これはイギリスかオランダ、ドイツあたりの家具ですね」と、天板を撫でながら紳士は仰った。
僕は「オランダ製のアンティーク品です。ヨーロッパオークの無垢です」と、答えた。
「やはりそうですか。うちに同じような作りのテーブルがあります」と。
「日本でお買い求めになったのですか?」と、僕は尋ねた。
「実は100年ほど前、うちは貿易商だったそうです。知人の勧めだったという事ですが、それを機に繊維メーカーに転身しました。
うちの家具類はその貿易商時代にイギリスで買い付けたものなのです」と、紳士。
僕は「ほぅ~」と、頷いた。
「まあそんなことで、このテーブルの仲間がうちにあるのです」
「なるほど」
「滅多に出会わないですよね。気になりますね、これ」
「ご検討下さい」と、僕は言った。
「かみさんに相談します」と、紳士は笑って、店を出ていかれた。
諸々の紳士のお話から、その繊維メーカーというのは、
全国規模を誇っていたか、今も誇っていると想像がつく。
そして、そのメーカーをお父様だかご自身が継がれている。
どうやら、すこ~し様子の違う世界にお住まいの方のようだ。
お友達がうちを紹介して下ったにしても、
この倉庫を目の前にした時 、少なからずたじろいだだろうな。
面白いお話だが、こういったケースは、大概途中で身内や知人の手に落ちるものだ。
或いは、落ち着いて然るべき店をあたる。
絵を持って来られる確率は半分にも満たないだろう。
僕は、家内にこのやり取りの概要を説明し、「約束の時間なので、◯△さんちに行ってくる」と言った。
家内は空になったカップヌードルを指差して、「食べる?」と。
「話、聞いてた?」
「聞いてる、聞いてる」と、家内。
だめだな、こりゃ・・・
それから小一時間後、店に戻ると本当にその絵が届いていた。
びっくりした。
検分の方法はいくつかある。
結果、水木氏の肉筆と断定。
添付されていた資料から、同じ構図の絵を何枚か製作している事も分かった。
紳士は日が暮れてからやって来た。
僕は「水木氏直筆の水彩画に間違いないですね。譲って頂けるとしますと、金額は◯△円です」と伝えた。
紳士はにっこりと頷いて仰た。
「はい、充分です。実は祖母は金額よりも、どんなお店に引き受けて貰えるのかを問題にしております」
紳士によると、品物を預けに来た時点で、うちに引き受けて欲しく思っていたそうだ。
紳士が実家に戻られて、祖母にあたる方やご家族にどのように説明なさったのかは分からない。
怪しさからいけば、うちはナンバーワンだったと思う。
話は少しずれるが、ご実家を片付けるという場合、
殆どの場合、他にもあれこれと品が出てくる。
会話からそれを読み取って、初回は高額な査定をする業者もいる。
二度目はご想像の通りだ。
決められた買値率がある訳ではないので、詐欺ではないのだろうが、
そういうやり方は僕には出来ない。
話を戻す。
紳士は続けた。「それとですね。他にも昭和初期以前の品があれこれとあるのですが、見て頂く事は出来ますか?」
「有難いお話です」
「日本刀の大小もありますが」
「扱えますよ、登録証とお時間さえ頂ければ」と、僕は答えた。
「登録証はあります。では、夏休みに入ってからになりますが、宜しくお願いします」
僕は「はい」と頷いた。
日本刀は江戸期に山形城主より拝賜した品だそうだ。
刀剣類の買取りとなると、師匠に登場して貰わないといけない。
紳士は出口に向かいかけて、ふと立ち止まった。
そして「ここは何屋といえばよいのでしょう?」と言って、笑った。
「さあ?」と、僕も笑った。
紳士は「友達に礼を言わないといけません。では今日はこれで」
と小さく会釈して、店をあとにされた。
紳士のお住まいは阪神間にあり、師匠の住居のほん近くだった事にも驚いた。
何処か不思議な方だった。
ご縁がある事を願う。
・・・肉筆画は、数日間店に飾ってあっただけで、あっという間に買い手がついた・・・