日々迷う自分がいる
兎に角、暑い。
うちのような空調設備の整っていない倉庫店は、今夏営業すべきかどうか迷うところだ。
同じく空調設備のない店で古道具屋を営む知人は、8月末まで休業を決めたとの事。
うちはどうしたものかと思うのだが、日が暮れ出すとお得意さんたちがポツリポツリとやってくる。
ご近所さんとお話すると、今年は午前中も堪えるので、日暮れを待って買い物に出るのだそうだ。
そういう僕も日中はなるべく事務所にいる。
そんな中、骨董品の師匠がお越しになった。
「しかし、師匠、暑さも何ですが、こんな辺鄙な場所で店をやっていくなんてどうなんでしょう?」
と、僕は言った。いつもどこかにそんな事を考えている僕がいるのだ。
「そらあ地の利という事もあるやろうけど、人の利の方が勝るわな」
「なんですか?人の利って?」
「立地、価格は二の次。人徳で商売をしなはれ、というこっちゃ」
そうだよな。あの人がいるからあの店に行くっていうのは、冥利に尽きる。
他は変えられないが、自分は変えられる。
店の質を上げるというのは、自分が人としての徳を積むという事だよな。
気がつけば、うちの店は古本も扱う古道具屋といった不思議な店になっている。
本は本で面白いが、古道具には古道具好きの世界があり、これもまた面白い。
一口に古道具といっても多岐に渡り、コレクターさんのお話をお聞きしていると、あっという間に時間が過ぎる。
本当に色々な世界があるものだと感心する。
本を中心に扱っていた時は、あまり思わなかったが、人というのは思いの外、話し好きなようだ。
今のように取扱う本のジャンルをグッと絞り、売り場を小さ~くしてからの方が、本好きの方とお話をする機会も増えた。
話をすればするほど、人との繋がりもでき、人が人を紹介していくものだと、うっすらと分かりだしてもいる。
少しでも人の役に立てるという事がどんなに大切であるかも、今なら分かる。
新刊屋時代の僕は少々違った。
面白い売り場さえ作れば、お客は勝手にやって来ると思っていた。
そこには独りよがりの提案だけがあり、お客を人として見ていない自分があった。
モノを売ろうとしていたんだな。僕が見ていたのは、売上だけだった。
考えなくちゃいけないのは、人の心が喜ぶコトの提案なんだろう。
そして、僕がみなくちゃいけないのは売上ではなく人の笑顔なんだろう。
売上は勝手についてくる・・・そんなものだろうと、感じはする。
正直な所、ここがもう少しこましな立地なら、もっと面白いコトが出来るんじゃないかと、
思い通りにいかない事を他のせいにしたくなる時もある。
そして、今回のように、「師匠、こんな場所で・・・」と、弱い僕が顔を覗かせる。
そんな時、師匠は「迷いなさんな」と言って下さる。
まだまだ僕は商売の在り方が見え出したばかりで、自分を信じていない。
師匠は言う。「ここはいい場所だ」
そして、何人かのお得意さんも言う。「ここは、人がわざわざ訪ねてくる店になる」
お世辞でも、励ましでも嬉しい言葉だ。
それは、まず自分が信じないといけない事なのに、僕にはそれがまだ見えていない。
商売は牛の涎の如しというが、迷ってばかりいる弱い自分がいる。
ぐずぐずとした気持ちを書いたら、気持ちが少しすっきりした。
さて頑張るか!