懐かしい声
6/18昼遅く従弟から電話が入った。
互いに忙しくて、ここ2年ほど連絡を取り合っていなかった。
てっきり叔母の具合が宜しくないのだと思った。
店を休む段取りやら母にどう伝えるかなど、目まぐるしく鶏のような頭が回転した。
従弟は開口一番「こちらはみんな元気だで」と。
ふっと、力が抜けた。
「そっちは南大阪だし、大丈夫だと思うけど、地震の被害はないか?」と、従弟が続けた。
他愛のない話をする内に、ゆるりゆるりと心が温まっていくのを感じた。
従弟と僕は物心のつく頃から兄弟のように育てられた。
僕は大阪に育ち、従弟は母の実家である山陰の小さな温泉街に育った。
実家は少し面白い家系で、江戸期には角界に関係していた。
温泉街というのは当然観光地でもあり、街の観光案内には、力士塚としてうちのご先祖様が案内されている。・・・そんなもの地図に載せても仕方ないのに。
母から聞いた話では、ご先祖様は力士ではなくお城勤めサラリーマンだったらしい。
それがどうして角界と関係があり、先祖が力士塚の筆頭として祀られているのかは分からない。
学生時代はちょっとした休みがあると、この故郷ともいえる田舎町に向かった。
社会に出てからもそれは続いた。家庭を持ってからも。
だけど、僕が独立をしてからはどうにも時間が取れなくなった。
毎年、叔母は梨が採れたといっては送ってくれ、米が出来たといっては送ってくれる。
盆だ正月だと、色とりどりの楽しみを送ってくれる。
そして、おさな子に送るように必ず菓子が同梱されている。
僕にとっては母が二人居るようなものだ。
叔母はこれまでに何度か体調を崩しているので、いつも心のどこかで気になっている。
従弟は、兎に角一度帰って来いと言う。
「帰って来い」・・・「遊びに来い」ではないのだな、そうか、そうなんだな。
そして、昔のように野山に遊び、飲み食いしようと。
ここは、昔と何も変わっていないと。
きっと従弟の目には家裏の谷川ではしゃぐ少年たちが映っているのだろう。
曲がりくねった山道の角から大きなスイカを抱えた少年たちがひょこっと現れる気がするのだろう。
みんなキラキラと光っている。
追い立てられるような日々で気が付かないが、鏡に映る僕は、随分草臥れているに違いない。
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ふと思う。温泉街なら僕のような商売も人目を引くかも知れない。
人口1万数千人の小さな町だけど、800年代に開湯された温泉だ。
何代も続く家がゴロゴロある。どんなお宝が眠っているか分からない。
何か勝手に想像が膨らんでいく・・・この考えのあまさが実に僕らしい・・・
何にしてもお宝探しを兼ねて懐かしい顔に会いに行くか。