【Archives2010】CB不良の原因は…。
問題になっていた
謎のCBの「燃料カット」…。
あとやる事は、やると高額な
「エンジンオーバーホール」かと思ったとき
神奈川の兄貴が「案外こういうのって、単純にハイテンションケーブルとかぢゃ?」と
物は試しに、交換してみる事に…。

開けてみたら、すぐ不具合が分かった…。
NGKのハイテンションケーブルは
写真の黒い部品を使って、車輌既存のケーブルと
途中から交換するのだが

その黒い部品から、水が入っていたのか
なんかリークしたような、緑の色に変色している…。
なんとなく、コレが原因のような気がしてきた。

さっそく、新品を買ってきて
今度は、黒い「途中から替える」部品を使わず
イグニッション・コイルから、しっかり新品の
青いハイテンションケーブルを、付け直す!

そして、いざ
ナップス幸浦へ!
結果は、「謎の燃料カット」は
消えた!!
前にも言ったが、やはり
まめに、バイクの健康診断は
受けておくべきだと、改めて思うのでした。
で、3度もシャシ台で
チェックして貰った、ナップス幸浦のNさん
ありがとうございました。
謎のCBの「燃料カット」…。
あとやる事は、やると高額な
「エンジンオーバーホール」かと思ったとき
神奈川の兄貴が「案外こういうのって、単純にハイテンションケーブルとかぢゃ?」と
物は試しに、交換してみる事に…。

開けてみたら、すぐ不具合が分かった…。
NGKのハイテンションケーブルは
写真の黒い部品を使って、車輌既存のケーブルと
途中から交換するのだが

その黒い部品から、水が入っていたのか
なんかリークしたような、緑の色に変色している…。
なんとなく、コレが原因のような気がしてきた。

さっそく、新品を買ってきて
今度は、黒い「途中から替える」部品を使わず
イグニッション・コイルから、しっかり新品の
青いハイテンションケーブルを、付け直す!

そして、いざ
ナップス幸浦へ!
結果は、「謎の燃料カット」は
消えた!!
前にも言ったが、やはり
まめに、バイクの健康診断は
受けておくべきだと、改めて思うのでした。
で、3度もシャシ台で
チェックして貰った、ナップス幸浦のNさん
ありがとうございました。
【Archives2010】西伊豆マーガレットツー

KSBの「ピーター・フォーク」こと(笑)
バイクと人生の”お師匠様”と
二人で軽く、西伊豆を回るツーをする事に

大きな地図で見る
下田まで、伊豆スカで下り
あとは、西伊豆の海岸線を
回るだけの、ツーリング。

即興で考えて、走った割には
結構お腹いっぱい、楽しめた。
最後は、戸田の遠洋漁業へ向かう船を見送って
帰投。
また、季節の良いとき
走ってみたい、道です。
【Archives2010】気さくなチャンプ
・あ!?なまらやばくねぇ (鎌田学さん、ブログ)
・CBR1000RR PV
2005年に、初めて鈴鹿8耐で
お会いしましたが、気さくなチャンプは
「よく、ここまできましたねぇ~♪」と、ずっと笑顔だった。
記念撮影にも、気軽に応じてくれて
この2003年の、8耐チャンプ2人は
私の中では、どんなバイクの偉人より
身近に尊敬する、ライダーである。
訃報は、一ヶ月遅れのMOTO NAVIで知った…。
5月13日、お別れ会が開かれたので
私も参列した。
亡くなった人の集いなのに
どこかのモーターショーに負けない位の
バイクとトロフィー等のアイテムが展示されていた。
そして、喪主というか発起人は
MOTO NAVIの編集長の河西さんが
生前バカ騒ぎが好きだった、学さんのために
”楽しく”進行していった。
無事、会は”楽しそうに”終わる事が出来た。
ただ、こころの奥底では
号泣したくて、仕方なかった。
正直、世界で一番難しい
お葬式だったと思う…。
そこは、頑張っていた河西編集長とまわりの方々の
ご尽力のおかげです。
ありがとう、学さん。
・CBR1000RR PV
2005年に、初めて鈴鹿8耐で
お会いしましたが、気さくなチャンプは
「よく、ここまできましたねぇ~♪」と、ずっと笑顔だった。
記念撮影にも、気軽に応じてくれて
この2003年の、8耐チャンプ2人は
私の中では、どんなバイクの偉人より
身近に尊敬する、ライダーである。
訃報は、一ヶ月遅れのMOTO NAVIで知った…。
5月13日、お別れ会が開かれたので
私も参列した。
亡くなった人の集いなのに
どこかのモーターショーに負けない位の
バイクとトロフィー等のアイテムが展示されていた。
そして、喪主というか発起人は
MOTO NAVIの編集長の河西さんが
生前バカ騒ぎが好きだった、学さんのために
”楽しく”進行していった。
無事、会は”楽しそうに”終わる事が出来た。
ただ、こころの奥底では
号泣したくて、仕方なかった。
正直、世界で一番難しい
お葬式だったと思う…。
そこは、頑張っていた河西編集長とまわりの方々の
ご尽力のおかげです。
ありがとう、学さん。





