6月2日 木曜日 くもり
昨晩、満腹で早々に寝てしまい、4時半に起床。折しもマヤ文明で最大の建造物がみつかったニュースもあった。時間もあるので、本日は休みとして、御帰宅して読書の続き。私服イベントでもある。
とりあえず要約と感想をおく。原題は英語で「食人族と王 文化の起源」、邦訳が「ヒトはなぜヒトを食べたのか」と刺戟的な感じ。
著者いわく、太古の人類は動物を食べ尽くし植物食にもなり、農耕と牧畜が始まり、結果、余剰カロリーと富の蓄積によって、文化として「戦争」を開発。戦争に最適化する過程で女系社会を経由して、部族やバンドを超える国家をつくり、結果さらに国家が生まれた。
国家は、動物を供給するために、宗教に食の可否を正当化させた。事例としてアブラハムの宗教の「豚」、インドの「牛」禁忌があげられる。
これら、ユーラシア大陸では、それでも家畜が食えたけれど、中南米では大型の哺乳類が洪積世(約258万年前から約1万年前まで、だいたい氷河期)には絶滅していた。結果、中米アステカ文明(1428-1521)のころには、食える家畜がおらず、アステカでは食人が国家と宗教によって制度化された。
つまり、「人類の営み=文化は、環境に規定される」というのが著者の主張。
後半、著者は、同じ観点から、治水技術の有無から始めて、産業革命や民主主義への文化進化の必然性を説く。
いちおう、最低辺でも、ぼくは人文学者なので、後半あたりは、さすがに無理があると思った。著者マーヴィン・ハリスは、調べるとアメリカ人類学会でも賛否両論、毀誉褒貶ある学者だったよう。とはいえ、マルクス主義史観、マルサス人口論ベースに基づいた文化論的仮説としては楽しく刺激的だった。
研究者としては著者の人文学の素養不足を感じ、ツッコミどころはあったけど、それでも、それを超えて楽しいと本だった!ということで、興味あれば、一読をオススメできる本だと思う。
せっかくなので、引用しておく。
再生産の圧力、生産の強化、環境資源の枯渇が、家族組織、財産関係、政治経済、食事の嗜好や食物禁忌を含む宗教的信仰などの進化を理解する鍵となるように思われる…食人習俗、愛と慈悲の宗教、菜食生活、嬰児殺し、生産のコスト=ベネフィットのあいだに私が指摘する因果関係…
諸文化は概して、生産、再生産、生産強化、資源枯渇の諸過程についての知識をもってすれば大体予測できる、同方向に収斂してゆく経路に沿って進化してきた
ということで、私服イベントの最中、こんな本を読んでいた。物騒なタイトルなのでメイドさん方も気になっていたようなので、何度か声をかけられた。ということで、内容は、上記のようなものでした。
私服イベント、どうやらメイドさんが多かったようで、ぼくがいた時点で11名だった。だんだんと日常が戻ってくる気がしてうれしい。あと、新たな怪談本を買った。北海道のご当地怪談である。気になる。りりさん、やくも氏、またひこにゃんあたりは、どう思うのだろう。感想を聞いてみたい。ちなみに、ぼくは沖縄の怪談を愛している。
あらためて私服でメイドさん方をみると、お給仕以外で近づくと、こちらがただの不審者になり、通報・冤罪・死刑不可避の可憐な女性方である、当然といえば、当然なのだけど。それとツインテの皆さん、可愛かったです(小声)
帰り道、FTに立ち寄って、のあさんの顔をみて帰洛。
【ぼくが視認したお給仕ズ】
ちぃ
鈴蘭
るりか
えみ
ほとり
ぐみ
せな
さりー
ひより
ゆゆ
りり
そあ
(敬称略・順不同)