悲劇への秒読み
なのに・・・
Cuatroで放送されたダイジェスト番組より。
未だ信じがたいデポル降格を実感したいというアナタに。
昨シーズンはバジャドリ、
今シーズンはデポル。
思い出深いクラブが続々降格している私。
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悲劇を呼んだ「汚名払拭」
長かった10/11シーズン。
最後の地獄を見たのは、
まさか
まさかの
デポルティボ・ラ・コルーニャでした。
試合後、報道カメラに囲まれたフアン・カルロス・バレロンが
『出来得ることは全てやりつくした。
これ以上、何ができたというのだ?
チャンスは作ったし、トライもした。
しかし、ボールはゴールラインを割ることを拒んだ。
サポーターに対しては、
来年この場に昇格の祝いに戻るということ
を告げるだけだ。』
と語ると、デポルにおけるもうひとりの重鎮
マヌエル・パブロは
『我々ができるサッカーを前面に出した。
我々にはそれができることを確信していたが、
決定力に欠けた。
バレンシアのGKも凄まじかった。』
という言葉で名残惜しいプリメラに別れを告げつつ、
バレンシアのベテラン、セサル・サンチェスを賞賛しています。
『1994年5月14日』 『2011年5月21日』
17年と7日という月日が過ぎ去ったリアソルスタジアム。
ただの偶然とは思えぬくらいの、この巡り合わせは、
その試合に対し、何のモティベーションもないはずの
バレンシアは、デポルから再び【夢】を奪い去りました。
94年の試合で主役となったのは当時の守護神
ホセ・ルイス・ゴンサレス。
彼は、決まればリーが制覇が決定的だった
ジュキッチのPKを見事にセービング。
あまりに見事だったその阻止は、
バルセロナに優勝のタイトルを委譲させたのでした。
そして、2011年。
昨晩の試合で意地を見せたのが40歳のセサル先生。
MARCA紙は、プロフェッショナルを突き通し、
手を抜くことをしなかったバレンシアにおいて、
とりわけ、冷静かつ大胆な飛び出しによる
的確なセービングでリキやシスコによる決定機を
阻止したセサルの技量とプロ意識を絶賛しています。
「セサル VS デポル」
彼の脳裏からは離れないであろうこの対戦とは、
当時彼がマドリーの正GKであった2002年3月6日。
マドリー有利とされた国王杯決勝で、痛恨の2点を献上し、
'Centenariazo' という歴史を作ってしまったあの日のことを
彼が忘れているはずもなく。
彼を良く知る僕にすれば、セサルにとって、
この試合は「あの出来事」から長年抱えた
汚点を払拭する大チャンスであったに違いないのです。
屈辱を晴らした大ベテラン、セサルあっぱれ。
そして、夢にも描かなかったであろう【2部降格】という
とんでもない現実を叩きつけられながらも、
スタジアムを離れようとしなかったリアソルのサポーター達の
毅然とした態度も素晴らしい。
試合後もおよそ一時間、誇り高きクラブの名を叫び
いかなる境遇にも「讃える」ことを怠らない彼ら。
そんなサポーターの鏡といえる彼らなら
20年ぶりに直面する厳しすぎる現実にも屈することなく
立ち向かってくれるはず。
男達のプライドがぶつかる戦場には
悲劇のドラマが付きもの。
しかし、時に燃え尽きた彼らが生む涙は、
その汗と共に輝いて見えます。
Animo DEPOR
seguro que el año próximo estareis de nuevo en primera
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天国か?それとも地獄か?
いよいよ今晩、天国に残る4チームと
地獄に落ちる1チームが決定します。
1部と2部では、クラブの収益だけに留まらず、
その町全体の収益構造さえも様変わりしてしまうことが明白。
今晩の試合は運命を決するといっても過言ではないでしょう。
やはり個人的には、かつて自分が留学した土地
ガリシアの”雄”には残留して欲しい!!
地元紙DEPOR SPORTは、
【困った時のバレロン頼み】といわんばかりの
バレロン1面。
嫌な緊張感が漂うこの場面。
レンドイロ会長はこのタイミングで大ベテランである
マヌエル・パブロの契約延長を発表するなど、
必要な環境を整えてくれています。
相手はすでに3位が確定しているバレンシア。
奇しくも17年前、デポルが優勝を掛けた最終戦で対したのも
このバレンシアでございました。
あの時はジュキッチがPKを外し悪夢を見たデポルですが、
今回はそんな過去の悪夢さえも払拭してくれると
信じています。
しかし、
こんな大切な試合において、バレンシアの先発GKには
我らがセサル先生が起用される模様。
恐らくこれがバレンシアの選手として最後の試合
となるでしょう。
なんとも心境複雑な最終戦。
WOWOWさんにはこの試合を放送して欲しかった。
さらば、"lo Pelat"
当ブログ記事『苦悩に揺れるかつてのカリスマ 』にて
復活に懸けるイバン・デラペーニャを取り上げたのは
今年3月のこと。
あれから2ヶ月足らず・・・
本日、デラペーニャは涙溢れる会見にて「引退」を表明しました。
『このクラブはとても偉大だ。
いかなる形であってもクラブの成長のために出来得る
ことをしなければならい。
自分自身、この数年間プレーすることへの熱意を抱いてきたが
それは叶わぬ夢であった。
現実と未来を考えるべきであったが、
遂にその時がきたのだ。
私の頭はプレーを望んだが、
私の体は、いい加減にしろと嘆いていた。』
逃れられない現実と向き合ったデラペーニャは、
サッカー選手として、最後の選択を余儀なくされましたが
『現時点で監督業などの道は考えていないが、
この世界とは繋がっていたいと考えている。
家族は僕との時間を望んでいるけどね。』
とサッカー界にその身を置くことを明言しています。
イバン・デ・ラ・ペーニャ 35歳。
その鮮烈なデビューは95/96シーズン、
クライフ率いるバルサにて。
そのシーズン、41試合に出場し、9ゴールを挙げ
『リトル・ブッダ』の愛称で親しまれた彼でした。
あの当時のデ・ラ・ペーニャとグアルディオラが
形成する中盤は、現在のイニエスタ、シャビの中盤を
思わせるものでしたよね。
・・・なんて考えてしまいます)
その後、イタリア・ラツィオに活躍の場を移すと、
02/03シーズンにエスパニョールへ移籍。
当時監督であったハビエル・クレメンテ氏の信頼厚く、
あっという間にスペインサッカー界における
屈指の選手へと返り咲いたのでした。
しかし、その後の活躍の裏で故障と戦い続けたイバン。
今シーズンの試合出場は、ビジャレアル戦の31分間に
留まっていました。
バルサのリトルブッダから、
いつしかエスパニョールの"lo Pelat"(丸坊主)へ・・・
彼がスペインサッカー界に残した足跡は
常に語り継がれることでしょう。
DE LA PEÑA EL MAS GRANDE
デラペーニャは偉大なり。
怪我に泣いた同年代の選手の引退は、
実に寂しいものです。
あの人がグランドに帰ってきた。
昨日行われたレアルマドリードの被災地ロルカ訪問。
市役所訪問から慈善試合まで大盛況におわったようですね。
ちなみに、ゲームは2-2の引き分け。
ムルシア自治州選抜を率いたカマーチョが
『私はこんな素晴らしい行いができる
スペインサッカー界を誇りに思う』
と語ったように、彼らだからできる・・・
いや彼らにしかできない行いにより、
多くの人々に勇気を与えたに違いありません。
それから、この試合において、試合終了7分前、
現在はチームスタッフながら、かつてのマドリーのcapitanであり、
ムルシアを出身地とするチェンドがグランドに登場しました。
往年の背番号2を背負って4度ボールタッチしたそうな。
97-98のセプティマを陰で支えた彼も、
もう49歳ですか。
年はとっても実に凛々しい彼のユニフォーム姿に
感動しつつ、彼らの粋な計らいに心を動かされました。























