ご訪問ありがとうございます
とうとうパリオリンピックが閉会 してしまいましたね 毎日ハラハラドキドキ、疑惑の判定に憤ったり、はたまた歓喜したり、 落胆したり、涙したり |
とにかく オリンピックでしか味わえ ない、たくさんの感情にまみれた 19日間でした
|
スポーツこそが、世界を平和に導いてくれるのではないか、と本気で思うのでした |
70歳のお祝いにパリへ
さて、そのパリに私は大切な思い出 があります その数年前から約束 母の行きたい 所に連れていく、と そして母の70歳のお祝いに母娘2人で訪れたのです |
さかのぼること10数年前
私にとっても初めてのパリだったにも関わらず、パックツアーではなく全て自分で手配しての旅行 移動のしやすさやを考え1週間の日程で2人ともリュックサック1つ バックパッカーか?ってな軽装 |
さらに日本人はスリに狙われやすい と聞き、貧相な服装で乗り込んだの でした 元々高そうな服は持ってませんが |
定番のルーブルやオルセー美術館も 素晴らしかったですが、 何といっても街歩きが楽しかった 特にサンジェルマン! 2人で街並みがキレイね~なんて キョロキョロしながら名も無い教会 に入ったり 公園のベンチで買って きたパンを食べたり 地下鉄は雰囲気が怖かったのでバス に乗りエッフェル棟にも行きました |
こちらはセーヌ川
ホテルの窓から母と眺めた朝焼け ノートルダム寺院が遠くに見えます ダブルベッドで私の寝相の悪さに母寝不足のようでした |
既に認知症の兆候が?
当時は全く気付きませんでしたが 今から思えば、既に母に認知症の 兆候が現れていたように思います |
例えばこんな違和感が 食事中、自分で選んだというのに そっちがいいわ と私のものを欲しがるように
|
そして写真が撮れなくなっていました
|
たった1枚のツーショット
ただベルサイユ宮殿で遭遇した日本人観光客とお互い撮り合った母との ツーショット写真が1枚残っていて |
あの時は、そんな事思いもしなかったけれど、これは私の生涯の宝物 |
これが、母との最後の海外旅行に なったのです 行けるうちに行っておいて良かった |
その翌年、母は認知症との診断を 受けたのでした |
さて、次回は連日お届けてして参りました”母の転居先探し”を総括します |
本日も長くなりましたが、最後まで
お読み下さりありがとうございました
あなた様のフォロー、いいね そして
温かいコメントが励みになっています