朝倉 勇の独りごと-21 2008年1月21日その2
こういう広告で、社会を騙しウソをついていた
2007年5月3日に日本経済新聞に掲載された全面広告があります。
広告主は
王子製紙 大王製紙 丸住製紙 日本製紙
讃州製紙 北越製紙 中越パルプ工業
の、7社。王子製紙がトップに一行で置かれ、その下に(順不同)
キャッチフレーズは、「解いて、結んで、再生紙。」
本文を読んでみましょう。全文を引用します。
捨てる習慣を
捨てましょう
紙リサイクル と小見出しで受けて、本文は
植物繊維で作られている紙。繰り返し使える繊維素材だからこそ、
紙から紙へのリサイクルはここまで普及してきました。
古紙の再生利用は一般的に三~五回といわれ、循環型社会構築に
むけて製紙業界が取り組む大きな柱となっています。
この活動は二〇〇五年度までに古紙再利用を六十%まで高める
目標を定めましたが、皆さんの古紙利用製品へのご理解もあり
二年前倒しで達成することができました。
しかし、紙のリサイクルはこれまで以上にこれからも未来に向けて
続けていかなければならない活動です。製紙業界では新たな目標を
設定し、二〇〇一年度までに古紙再生率を六二%へ高めようと
挑戦を続けています。
目標を達成するためには、リサイクルの第一歩となる分別回収が重要で、
古紙を同じ種類にまとめることを皆さんにお願いしています。
新聞、雑誌、段ボール、他。きちんと分別されていれば、古紙ごと違う
繊維の性質に合わせて、紙の原料として再利用が可能となります。
再生された古紙利用製品は、あちこちで活躍しており、身近なところで
トイレットペーパーや漫画や雑誌に。この新聞紙(この広告を掲載した
日本経済新聞のこと。朝倉註)にも、皆さんが使った紙が含まれています。
近頃では、製紙原料以外の分野でも利用されるようになり、
用途によってもとめられる綺麗さ、強さ、薄さ、といった品質の基準にも、
古紙利用製品はじゅうぶん応えられるようになりました。
私たちの二十一世紀が未来できちんと評価されるために。解いて結ぶ
紙再生、つづく。*数値は日本製紙連合会ホームページより
☆
立派なメッセージではありませんか。
紙の再生という、これからの日本に不可欠の事業と、
古紙再利用の意義が紹介され、読者(市民)は啓発されます。
また、紙の再生について確かな知識を得ることができます。
広告主たちが語りかけている事業を正しく実行していたのなら、
優良な広告だといえます。これら7社は見事に社会的貢献を
果たしている「優良企業」ということになります。
しかし、です。この語りも呼びかけも、実体とは違うウソであり
読者を始め日本のすべてを騙しでした。そして利益をあげていた。
社会悪を行っていたのです。優良企業など、とんでもないこと。
これは、「犯罪」になるのではないしょうか。
いま気づけば、文中の古紙利用製品の中にコピー用紙が
含まれていません。主要製品であるのに、です。
製紙会社は実は古紙を使わずにいたため、コピー用紙の記述を
文案から除外したのでしょう。しかし、だれも
コピー用紙を大量に購入している企業も、この広告から
そのような手の込んだ偽装には気づかなかったのです。
監督官庁も、新聞社もテレビ局も、広告代理店も。
しかし、真実を知っていた人がいたはずです。
☆
つづく と文末に書いてあります。次の広告でもこの調子で
きれいごとを述べていたことでしょう。続きも見たいのですが
残念ながら手元にありません。
(その3に続きます)
朝倉 勇の独りごと-21 2008年1月21日その3
騙しと嘘があたり前になっていく日本
建築設計の偽装に始まり、つぎつぎに明らかになる偽装。
去年は食をめぐる偽装が吹き荒れ、今年は年頭から紙の偽装。
いずれも市民の暮らしに密着したところで起こっています。
まだまだ、これらは氷山の一角ではないのかと、
多くの市民は生活感覚で受けとっていることでしょう。
嘘と騙しのビジネスが連鎖して、日本列島を
ぐるぐる巻きにしています。そして互いに不信が増していく。
この実状を、子どもたちにどう説明すればよいのでしょう。
親はもとより、小・中学校の先生方があまりにも気の毒です。
社会道徳は、このような悪い企業によって壊されていき、
社会そのものも、壊されていきます。
偽装企業は、日本と日本人を壊しているのです。
企業経営者はこのことを、どう考えているのでしょう。
これは、資本主義そのものの欠陥なのでしょうか。
市場主義経済システムは、もはや正常に機能できない。
そういう状況に陥っているのでしょうか。
であれば、健全な社会を形成する経済システムは
どこを探せば見いだせるのでしょうか。
偽装の製紙会社は、市民と社会に詫びていない
NHKテレビのニュースに映った製紙会社社長の
経済産業大臣に対する詫びのセリフはこうでした。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」。
だれに対して、「何を、どのように申し訳なく」思っているのか。
詫びのセリフは大臣の立場に対して迷惑をかけたという謝罪です。
「ウソをついて騙していた」悪事については一言も述べていません。
これでは詫びたことになりません。悪いことをしたという意識が
ないのではないか。責任感もないのではないか。
14年間も偽装を続けてきた業界と企業の歴代の社長たちには
社会に対する責任(CSR)の認識がなかったといえます。
法令を守るという基本さえしていない。
偽装問題で詫びる企業トップたちは、いつもこうです。
それがパターン化され、マニュアルにさえなってしまった。
約1分間、ふかく頭を下げたのち、ゆっくり頭を上げる儀式。
これで、ミソギは済んだと考えているフシが感じられます。
そのことを、騙されていた新聞社などメディアも、
なにもいいません。なにもかもすっかり狂ってしまった感覚。
常識も良識もなくなり、金もうけだけに熱心な社会。
それがいまの日本なのでしょうか。
(その4に続きます)
朝倉 勇の独りごと-21 2008年1月21日その4
マスコミにも責任があるのでは?
マスコミは新聞社もテレビ局も、広告に支えられて
経営が成り立っています。広告主である企業が
掲載する広告に頼っているわけです。
引用したのは、たまたま日本経済新聞社に載った広告ですが
他の新聞社もほぼ同じ状況下にあります。
ひょっとすると、いま新聞社は「ペンは広告より弱し」
という状況に陥る危険にさらされているのではないか。
そんな危惧をさえ感じる今日です。
なぜなら製紙企業の環境重視のまことしやかな広告を
ありがたく受け入れてきたのですから。
もし、メディアが、市民社会を安心・安全に守ろうという
良識の観点に立ち、「社会の公器」を自認するならば、
偽装や騙しを行う企業の広告は拒否しなければなりません。
掲載の前に厳しいチェックをしていないのでしょうか。
できないのでしょうか。したくないのでしょうか。
同罪なのは広告代理店です。得意企業である広告主のことを
日ごろもっと研究し実体を知る努力をする必要があるでしょう。
今回のように広告そのものが偽装になっていたことを考えると
新聞社も広告代理店も、広告制作者さえも連座することに
なってしまいます。金を支払う広告主に異議を唱え、
不正を諫めるメディアと広告代理店、制作者が育ってほしい。
そうならなければ、情報時代に市民は拠りどころを失います。
その基本から始めなければ健全な市民社会は育たないでしょう。
そもそも企業は、だれのものか ?
企業は株主のものだ、というのが米国的な考えだと
いわれます。日本でもその同調者が増えています。
ぼくはこの考えに反対です。
「企業は社会的存在である」、と考えているからです。
もし企業が、社会的な価値を生まないのなら、その企業は
必要ないでしょう。人と社会に、よいこと、よいものを
提供できてこそ、その企業は存在の価値があります。
企業が存続できるのは社会と市民(顧客)があってこそです。
反社会的な企業は、ない方がいいのではありませんか。
これからの企業経営者は社会と共にある、という
価値観をもっとつよく持ってほしいと思います。
労働組合は企業内にあって、社会的価値の創造という
観点からの活動にもっと力を入れるべきでしょう。
そして市民は企業に対する監視を強める必要があります。
☆
製紙会社の偽装からいろいろ思いをめぐらせると、
こんなことにまで及びました。日本のこれからは
ほんとうに大変なことになっていると思います。
だからこそ、私たちは基本に立ち返り、常識とも言える
人間社会の価値観を探らなければならないのだと思います。
子どもたちが希望をもてる社会を考えたいと思います。
朝倉 勇の独りごと—20 2008年1月11日
「地球が悲鳴をあげている」について
広告コピーに汚染されている? 新聞の見出し
「地球が悲鳴をあげている」というような見出し。
新聞などで見かけます。
このごろマスコミは、こういう表現が好きなようです。
スマートに地球温暖化の現状を言い当てている
と思うのでしょう。しかも警告も込めて、と。
読者はそうか、と思いがち。実は、記事の内容を詳しく
読む人は少ない。記者の真意は正しく伝わりません。
市民はこの手の表現に慣れ、感覚が麻痺しています。
つまり真意が伝わらないで終わってしまいがち。
大げさで、軽薄な広告コピーの言い回しの影響を、
ジャーナリストが受けつつあるのではないだろうか。
そんな感想をしばしば持ちます。
すり込み現象の恐さ。自分で考えない恐さ。
問題だと思うのは、メディアのこうした表現が、
そのまま生活者の意識に刷り込まれていくことです。
日本人は自分の意見や価値観が希薄とよく言われます。
現代人はメディアに「意見」や「判断」を頼りがちです。
その影響を受け、価値観が操作されやすい。
いわゆる「メディアの時代」です。
「メディアが権力」との意見は、このことへの批判でしょう。
メディアは顧客である市民を惹きつけようと、
センセーショナルな見出しに走りがちです。読者獲得の競争です。
「地球が悲鳴をあげている」という見出しも、
そうした傾向のひとつに思われます。姿勢が疑問ですし、
問題のすり替えのように思われます。
悲鳴をあげているのは「人間」
地球は、悲鳴などあげていないのではありませんか。
悲鳴をあげ始めているのは「人間」のほうでしょう。
地球は何万年もの間に、苛酷な気象変動をへて
いまも立派に生きています。私たちを生かしています。
その地球を壊しにかかっている人間が悲鳴をあげ始めている。
それが現代。60億人を超えすぎた「ヒト族」です。
とりわけ、金融万能・物質文明社会を率いている「先進国」の
人たちではないでしょうか。どうすれば自分たちに都合のよい
儲けを持続できるか、という課題に没頭しているからです。
いま、米国に端を発した底知れない金融不安と景気低迷。
その悲鳴が、世界中を駆けめぐっています。
なにを、どこに目を付けて考えるべきなのか
ほんとうに、人間が地球と共に生きる調和の社会を願うならば、
目の付けどころを考え直す必要があると思います。
まず自然を謙虚に見つめ、自然の声を聞くことでしょう。
自然の秩序と法則を知り、それとの合致を考えることです。
それには五感が大切です。物質文明社会のなかで、
私たちは、感覚をすっかり狂わせてしまいました。
かつて一年を二十四節気
の循環ととらえ、自然の変化を感じとり
その自然の掟に従い、寄り添って生きてきた日本人。
大切なことは感覚で悟ってきました。それが知恵でした。
全国一律の都会化が自然を壊し遠ざけ、逆襲を受けています。
感性の感度を上げる生き方が大切です。それには、
自然とのコミュニケーションが欠かせないと思います。
「人と人、人と自然のコミュニケーション」です。
そして、共に生きるという価値観を基本にすることでしょう。
勝田祥三さんの「年頭に当たって
」を読みましょう
NPO PLANT A TREE PLANT LOVEの理事長勝田祥三さんが
メールマガジンで「年頭に当たって」と題する感想を
掲げています。まさに「地球の悲鳴」表現についての考察です。
私たちが拠って立つ、基本の思考が述べられています。
www.plantatree.gr.jp/magazine/index.html
をどうぞ。
合わせて、インターネットテレビ「ともいき」www.tomoiki.tv/
で「ともいき暦
」をご覧下さい。自然を正しく観照した
真に科学的な暦と根本の価値観を考えるヒントに気づきます。
朝倉 勇の独りごと―19 2007年12月25日
なんと、302年前から続いている
大学の「日本語学科」で
プーチン大統領の娘が学んでいる!
ロシアの古都・サンクトペテルブルグ。
ピヨトール大帝が都に(1703年)定め
ロシア最高の文化を誇る都市として著名です。
ここにあるサンクトペテルブルグ大学には
1705年、いまから302年前に「日本語学科」が
創設されたといいます。そして、いま
プーチン大統領の令嬢が、この学科で
日本語と日本文化を学んでいるというのです。
1705年、日本はどういう時代だった?
時は元禄。将軍は5代目の徳川綱吉。
かの赤穂浪士の討ち入りは、3年前1702年です。
東京大学の創設(1877年=広辞苑)よりも
172年も前に、ロシアには大学があり
「日本語学科」が開設されたという。驚きました。
何に驚いたのか。
世界と時代を見る眼の広さに、です。
世界最大の産油国になったロシア
その目は地球全体を見、日本はその視野のひとつに。
日本語を学ぶ優秀な学生が増えているのも頷けます。
これは、その大学で講演をされた
財団法人日本総合研究所会長の寺島実郎氏が
NHKラジオで語ってくれました。
氏は、日本人は虚心に目を開いて世界の動きを、
21世紀の方向性で考えようと呼びかけています。
そのキーワードのひとつが「ユーラシア」。
一国でアジアとヨーロッパをつなぐ唯一の国ロシア。
その活力と動向を直視し発案すること。というのです。
6年前に訪れたモスクワは、交通渋滞!
所用で訪れたモスクワ。6年前のことでした。
片方向7車線もある大通りに、ぎっしりのクルマ。
信号システムなどインフラ整備の遅れも
原因の一つですが、生活の活気は驚くばかり。
日本車の評判は上々でした。しかし、当時
日本自動車メーカーの動きは鈍かったのではないか。
世界の動向を見る眼力の弱さを感じたものでした。
21世紀日本の基本的コンセプトと戦略は?
日本という国に、ほんとうの国家的戦略は
あるのだろうかと、ときどき考えます。
米国の子分役を演じ続ける日本の政府・官僚・財界。
目先のことに追われる国民性。大学や研究者。
いつから身に付いたDNA?なのでしょう。
☆
地球という生命体。そして循環回帰する生命と自然。
その秩序を感知し共に生きる「ともいき」という発想が
いま、いちばん大切なことだと感じます。
本質を感じとること。それは「五感」を磨くことだと。
www.plantatree.gr.jp
www.tomoiki.tv/
をご覧下さい。
☆
2007年・歳末の感想(独りごと?)です。
でも来年、日本は大きな変化の年となるでしょう。
「市民」が、声を上げ始めるからです。
市民社会への足音が聞こえ始めています。
朝倉 勇の独りごと-18 2007年12月18日
かぶと虫おじさん
をご存知ですか。
このおじさん(内田龍司・55歳)さんは、
30年もの間、かぶと虫を全国の子どもたちに
無償で贈りつづけてきたのです。
30年間ですよ。1967年から、毎年毎年。
その数、ざっと30万匹、という。
さらに子どもたちへのかぶと虫無料配布を
続行するために、政府に「カブトムシ特区」の
申請を行い、個人申請としては異例の
認可をとりつけたのでした。
かぶと虫に関する2つの報告会
この「かぶと虫おじさん」の報告会が、先ごろ
地元久留米市と東京で盛大に行われました。
題して『カブトムシ無償配布30周年・
及び カブトムシ特区事業報告会』。
ぼくは二つの報告会に出席し、参集する人々が
実に多岐にわたるのを実感しました。
かぶと虫がつないだ人間ネットワークです。
久留米での報告会の模様は、http://www.plantatree.gr.jp/
「小さな親切運動
PLANT LOVE
」でご覧ください。
食の安全・安心をつくる完全循環型農業へ
ここでは、「かぶと虫農法」ともいうべき
内田さん独自の農法についてご紹介しましょう。
それは自然の秩序の循環に従う知恵の農法でした。
どう循環するのか。こういう次第です。
①内田さんは酪農農家。乳牛を飼育している。
②牛のエサは近隣の米作り農家からの稲わら。
③その稲は減化学肥料と減農薬で育てている。
④乳牛の糞を堆肥に。まず3カ月の一次処理。
⑤一次処理して臭くないフンを畑に野積み。
⑥大自然の時間の中で順良な有機堆肥ができる。
⑦そこにかぶと虫が産卵にやってくる。
⑧なぜそこに? 安全を知る昆虫の感覚だ。
⑨その幼虫と成虫を子どもたちに無料で配る。
⑩堆肥はわらと交換で米づくり農家に還元。
⑪その堆肥でよい米・野菜・果物ができる。
◎かぶと虫が生息し食べ排泄する堆肥は、
特別に純良な有機の「かぶと虫堆肥」になる。
こうして、まったくの自然の力(摂理)によって
食の安心・安全な農作物を育てる農法が確立。
これが内田さんのほんとうの事業なのだった。
食の安心・安全は、循環型の農法から
2007年は、不祥事続発の年でした。
政府、官庁、企業、防衛、商社、建設、流通、
あらゆる組織での偽装、捏造。ウソのかずかず。
政官財の従来システムが腐敗した結果です。
そんな中で、「かぶと虫おじさん」の農業は
食の安心・安全への21世紀型の希望を
指し示すと言えるのではないでしょうか。
教えるとは希望を語ること。
学ぶとは真実を胸に刻むこと。
フランスの詩人ルイ・アラゴンの言葉です。
ときどき、この言葉が思い浮かびます。
希望を語るリーダーは日本にいるのだろうか。
いや、います。地道に30年間、子どもたちに
夢を届けつづけ、今後の農の指針を示している
「かぶと虫おじさん」のような人が、
「日本の希望」になるのだ、と思うのです。
朝倉 勇の独りごと-17 2007年11月21日
朝倉 勇の独りごと-17 2007年11月21日
地球の出・地球の入り
先週、ぼくたちは見事な映像を目にしました。
月探査衛星「かぐや」が送ってきた
ハイビジョンの映像です。そこには月の地平線に
昇り、沈む地球がくっきり映し出されました。
ゴツゴツと痛いほどの岩盤の月面。
その冷たく円い地平線に、姿を現す地球。
あの青い小さな地球。そこにぼくたちがいる。
60億の地球人と、全生物の運命を乗せて自転する星。
なにか危うさを思わせる愛おしい青い地球でした。
月が、生命を生んだのでは ?
地球の出と入りの映像を見ながら考えました。
月についての、ぼくなりの発見です。
月がなければ、人間も、あらゆる植物も動物も
生まれなかったのではないか、と。
だって生命は、海で生まれたのでしょう?
「水の星」と呼ばれるこの地球では
一日に二回ずつ、潮の満ち干が起こります。
それは月の引力です。海の水は絶え間なく動き
その波動が生命を生んだ。これがぼくの推理。
長い長い時間をかけて,生命は陸に上がり
さらに何億年かの後、人類の祖先が生まれ。
そうして、ついに人間が生また。
その海の波動は、月がつくっているのです。
月が起こす潮の満ち干、それは生命のゆりかご。
あなたは、どうお考えですか。
月への思いが変わる
太陽が父? 地球が母? それなら、月は?
そんなことも思いながら月を見上げると
風情とは別に、神秘的な宇宙が感じられます。
夜だけでなく、昼の白い月の姿も愛おしい。
19日の午後、昼の月は上弦の半月でした。
ところで、ご案内
ぼくが参加している
ホームページwww.tomoiki.tv./
では、
いま「ともいきスペシャル」の番組
『満月の夜を楽しみましょう
』が出ています。
また、「ともいき暦
」では、
毎月の、「満月情報」がご覧になれます。
月は、地球を写す鏡としてもぼくたち人間に
なにか大事なメッセージを語っているようです。
朝倉 勇の独りごと-16 2007年10月28日
鶴が、白い息を吐いている
タンチョウ鶴がくちばしを空に向けて息を吐く。
すると、その長いくちばしの先から
ポッと というか、フワッと というか
白い息が、空に向かって生まれ、すぐ消えます。
人間と同じだ、温かい血が流れているのですね。
鶴は純粋に「自然の掟」を守って生きています。
2羽のタンチョウ鶴は語りあうように
白い息を吐きあい、甲高い鳴き声を空に放ちます。
北海道の釧路湿原に厳しい冬がきたのです。
人間世界は、至るところで「掟」やぶり
ことし、その北海道では2つの不祥事が発覚。
「ミートホープ」と「白い恋人」です。
一見きれいな名前で社会を欺き、自分だけの
利益追求のために悪事を働いていました。
ミートホープは、新型挽肉機を自主開発。
雑多な肉や牛の血などを「上手に」混ぜる
「高性能」製品だったようです。これを
政府は表彰の対象に挙げていたといいます。
その後「赤福」「比内地鶏」と食品関係会社の
悪事、不祥事が告発されはじめています。
これに追い打ちをかけているのが防衛省の
隠蔽、偽装、汚職疑惑・・・・。
まだまだ、氷山の一角なのでしょうか。
とても、ふしぎな詫び方で済ませている
悪事の後の詫び方、ヘンだと思いませんか。
詫びるセリフの代表例は、ほとんど次の2タイプ。
①:「世間をお騒がせして申し訳ない」
②:「ご迷惑をお掛けして申し訳ない」
これで果たして詫び、謝罪と言えるでしょうか。
詫びるべき理由は「悪事を働いたこと」のはず。
「掟」に違反していたことのはず。
しかし、どの会社も、役所も、政治家も
「悪いことをして、申し訳ありませんでした」
とは、決していいません。世間を騒がせたことが
悪かったという。ぼくは、違うと思う。でも、
マスコミも識者も、それこそ「世間」も、
こんな無責任な詫びや謝罪を許しているようです。
外国の人々に笑われ、軽蔑されているに違いない。
学校の先生も、親も子どもに示しがつかない
どうして、日本という国や社会、マスコミは
こんな筋の通らない判断を通用させているのでしょう。
小中学校の先生方は、そして父兄たちは
きっと困っていることでしょう。説明がつかないし
謝る理由と表現が狂っているのですから。
森に囲まれた北国の湿地の朝、白い息を吐いて
向かい合うタンチョウ鶴。そのすがすがしい姿を
見た後で、暗いニュースを見聞きする日本です。
人と人がコミュニケートしにくい社会。
忙しさに追われて、基本を考えなくなった世間。
日本の常識は麻痺してしまっているようです。
朝倉 勇の独りごと—15 2007年10月13日(土)
少子化ではなく、「増子化」?
ブログを再開します。
なんと8月4日の後、2カ月あまり
ブログをさぼってしまいました。
怠惰を恥じています。
日本は少子化ではなく、「増子化」になっている
という、ショッキングなお話しです。
年齢配分では、もちろん日本は少子高齢化社会に突入中。
しかし、社会的に見るとどうも違うらしい。
ほんものの子どもたちとは別の、困った子どもたちが
増えているというのです。
それは、大人ではない大人、社会的に未成熟といえる
そういう大人が増えているのが現実だ、と。
例えば「モンスター・ペアレンツ」と呼ばれる親たちです。
「モンスター・ペアレンツ」(お化け親?)。
自分の子ども中心にしか、ものごとを考えない
身勝手な親たちをいうらしい。このモンスターが
教育の現場を荒らしているらしいのです。
一例。生徒が描いた絵を教室に貼りだしたとします。
すると「どうしてウチの子の絵を隅っこに貼るのか」と
先生に文句を言いにくる。一事が万事、そのような
自己中心の親たちが増えているというのです。
「信じられない」状況の日本です。
そういう親たちが、高学歴であったりする。
しかも、就職して社会人の経験を積んでいるはず。
なのに、わが子が入学するとエゴ丸出しになる。
市民社会の一員としての公の礼儀や配慮が
「わが子」という点で蒸発してしまうのでしょうか。
社会的に見て未成熟、困った子どもだというわけです。
久しぶりに友人の藤原和博さんと話をして
この学校の実状を知りました。
藤原さんは東京都杉並区立和田中学校の校長です。
民間企業の幹部から転職したことでも知られ
多くの著書をあらわしています。
藤原さんは笑いながら話してくれましたが、
先生たちの苦労は想像以上であろうと胸が痛みました。
結局、経済と効率優先で突っ走ってきた日本が
たどり着いた、「不都合な現実」なのでしょう。
「人間、一人一人が変わらない限り、
地域も社会も国も環境問題も良くはならない」とは、
ぼくが参加しているNPO理事長が
日ごろ語っていること。そのことを思います。
ブログをさぼった反省をこめて書きました。
朝倉 勇の独りごと—14 2007年8月4日(土)
どうしたら お客さんが喜ぶか、
何を求めているかさえ わかっていれば・・・
先週行われた参議院選挙。それは最近日本に起こっている
新しい変化の兆しを示しているのではないでしょうか。
自民党の歴史的大敗、与野党の議席数逆転。
だれもの予想を遙かに超えた、出来事だったと思います。
これが示している底流の真意を、政治家や官僚たちは
また、財界は正しく把握しているのでしょうか。
知恵が語る、味わい深い言葉
ぼくは、三つの言葉を思い出しました。
① 江戸小紋染師・小宮康孝さん(81歳)。
----よい物をつくるには何が重要ですか、
という質問に、小宮さんは次のように言うのです。
「使う人のためを思って、いい物をなるべく安く
作れるように今のやり方を改良することだね。
それが物を作る人間の使命だと思っている」。
「どうしたらお客さんが喜ぶか、お客さんが
何を求めているかさえわかっていれば・・・」
これは8月2日朝日新聞夕刊『人生の贈りもの』
という訪問記事からの引用です。
今の政治に当てはめると、じつに名言ではありませんか。
お客さんとは、市民であり国民です。そのお客さんが
何を求めているかが、まったくわかっていない政治が
この選挙で惨敗したのです。当然のことが起きたのでした。
本物の職人さんは名言をさりげなくおっしゃいますね。
②「町のどんな出来事も、政治につながっている」
ジャン・ジャック・ルソー(18世紀フランスの作家で
啓蒙思想家1712~1778)の言葉です。ぼくは22歳のころ
ルソーが自らの人生を赤裸々に語った「告白」で
この言葉に出会いました。なるほど、生活とは、政治とは
そういう関係にあったのか、と目を開かせられました。
ルソーは、『人間平等起源論』などの著書で民主主義理論を
唱え、フランス革命の先駆をなしたと言われています。
日本の社会科教育では、このような社会生活の実相を
教えているでしょうか。恐らくノーでしょう。
文部科学省がもっとも恐れる、真実を学ぶことだからです。
③歴史って、ある日、あっという間に変わるんだね
「ベルリンの壁」が崩壊したあと、先輩詩人の山田今次さんは
そうつぶやきました。1989年暮れのことです。
いつまで続くか見当もつかなかた東西冷戦。それが
ベルリンの壁の崩壊をきっかけに、たちまち東西ドイツ統一へ。
やがてソ連邦の崩壊。そして冷戦終結へ。
表面は動きが見えないようでも、市民生活は深いところで
動きと変化を続けている。それが、ある時、一気に噴き出す。
火山の爆発に似ています。そして、
決して元には戻らない。それが歴史というもの。
参議院選挙の結果はマグマの噴出だったと思われます。
変わる歴史のひとつの表情に違いありません。
草の根の活動に意味があるのは、こうした
歴史の性格を信じられるからではないでしょうか。
希望は決してすててはいけないのだと思います。
