以前の勤め先が運送屋だったせいか、
仕事で時間にルーズなのは、
かなりナーバスになる。

「キチンと丁寧にする」のと
「ノロノロ時間がかかる」のは違う。
決して「拙速」を薦める訳ではないが
「待たせない」ことはクオリティのひとつだし、
テンポアップして単位時間内の作業量が上がれば
総供給量も上がる。

評定も効率が良い人の方が
そうでない人よりも当然高い。

少なくとも
時間管理の見本を見せるべき立場の人は
然るべく振る舞わなければと思う。
自分で自分の時間の管理も出来ない人に、
他のスタッフや組織が管理出来るとは思えないし、
そう周囲から思われた時点で、
管理職としては失格だろう。

ましてや、
寝坊して職員から電話で起こされ、
遅刻して出勤とか。

私が人事権のある上司なら
降格させる。
3.11から5年。

今度は熊本に文字通りの激震が走った。
二回にわたって。

被害については報道されている通り。
復興へは
今から時間も手間も金も随分掛かるだろう。
上を向いて
少しずつ
歩いていかなければなるまい。

我が家や家族、その周辺についての記録は
フェイスブックやその写真で
時折触れている。
被害が皆無ではないが、
二回の揺れ以降も
自宅に住めたし
インフラも問題なかった。
職場や利用者、職員にも
一部大きな影響はあったものの
営業は続けられたので、
これで被災者と言ったら罰が当たる。
寧ろ
早々にチャリティライブを
開催出来る立場だったことを考えれば、
支援者側というべきだとも思う。

ただ、
物質的なものよりも
むしろ精神的に
少し影響しているようだ。

揺れが止まらぬ。
毎日必ず揺れる。
「前震」だの「本震」だの
後出しジャンケンみたいなことになり、
簡単に「余震」という言葉を使いたくない、
今一つ信用が置けないというところもある。

それ以外にも、
と言うよりも
こちらの方が大きいと思うのだが、
揺れる度に
「またあの大きいのかも」と思ってしまう。
それがいつだか分からないから
余計に不安になる。
しかし、
いつの間にかまた忘れて
日常を過ごしている。

考えると命や死も同じだ。
病いや事故は意外と近くに転がっているのに、
普段はそれを気に掛けずに生きている。
どんなに賢い人も偉い人も
それを予見も避けも出来ない点でも一緒。

メメント・モリ。
「ひとは死すべきもの」であり、
かつ「今を楽しめ」。
コインの表裏であり
真実を述べた言葉だなと。

そんなことを良く考えるようになった。
今までも漠然と思うことはあったけれど、
あれ以降切実さが一段落高くなった。

ルックスが良いでなく、
頭が良いでもなく、
身体が動くでもなく、
男気もない。
何処が良いのか
さっぱり判らん。

自分じゃ汗かかず、
泥もかぶらず、
相手をいたぶって
ふざけてるだけ。

お前が面白いんじゃなくて、
相手が面白いんだよそれは。

自分は笑わせるのが上手いって
完全に勘違い。
別に気が利いたコメントする訳でもなし、
自分が笑われるのは大っ嫌いじゃねえか。

他人を嘲笑って、
自分は蚊帳の外、
司会やジャッジだけしてるのが
何よりの証拠。

色々発言するが、
図に乗って言い散らかし、
文句つけられると、
腰据えて反論するなら兎も角、
腹や頭から出てない
口先だけの理屈だもんだから
直ぐにへらへら謝って納めようとするし。

親や先生に対しては
元気でユーモアがある生徒を装ってるが、
裏に回ると
弱いものいじめを
しかも自分じゃなく周りにやらせて
一番になって喜ぶタイプ。

最悪だよあれ。

好きな人もいるだろうし、
それを良いとは思わないけど、
とやかくは言わない。

だけど私は認めたくない。